第45話 のぞき見系女子マリーベル

「で、できましたよ!? 今、見てました!?」


「うんうん、ちゃんと見てたぞ」


「私、逆上がりができちゃいましたよ!? すごいです! だって私が逆上がりできたんですよ!? 信じられません!」


 よほど嬉しかったのだろう。

 リュカが目を見開いて、目の前で見ていた俺に『報告』をしてくれる。


「さすがはリュカ。やっぱりお勉強は得意だったな」

「まさかこんなに簡単に逆上がりができちゃうなんて、信じられません……」


 リュカの声には切実な思いがこもっていた。

 それは長年積み重ねてきた、運動が苦手という負の記憶から来るものに違いない。


「リュカは本当に運動が苦手なんだと思う。だから絶対的な運動能力の差は多分、これからも埋められない」

「そう……でしょうね」


「だけど運動は、運動能力が全てじゃない。その根底には科学があるんだ。知識で補えることは山ほどある。今日はそれを知って欲しくてさ」


「はい。今日の講義のおかげで、自分の中でなんとなくですが、実感として理解できた気がします。といっても、すぐにアレコレできるようになるのは無理かもしれないですけど」


「なーに、焦る必要はないさ。長年の苦手意識だ。立ち止まったり、時には後ろに戻ったりもすると思う。でも少しずつでいいから苦手意識を払拭して、前に進んでいこうな」


 子供の成長を見守る父親のように、俺が優しく語り聞かせると、


「はい!」

 リュカは元気よく頷いて、逆上がりの練習を再開した。


 さっきの成功でよほど自信が付いたのだろう。

 俺が支えてあげなくても、2回に1回は成功している。

 その姿も最初の頃の不格好な姿とは違って、けっこうさまになってきた。


「うんうん、いい感じじゃないか」

 リュカの逆上がりを満足げに見つめていると、校舎の陰からこちらの様子を覗いている人物がいることに、俺は気が付いた。


 俺が軽く手を上げながら、笑顔でゆっくりと近づいていくと、その人物は――マリーベルはビクッとしたように肩を跳ねさせると、バツが悪そうな顔をしながら隠れるのを止めた。


「そんな隠れて見ていなくても、こっちに来て堂々と見てりゃいいのに。同じチームなんだしさ」

「別に見ていたわけじゃないし……廊下を歩いていたらたまたま見えたから、ちょっと顔出してみただけだから」


 最近のマリーベルはこんな感じで時々、俺たちに興味を示してくれて、少しくらいの会話ならしてくれるようになった。

 実に大きな進歩だ。


「そっか」


 だからと言って、深くは追求しない。

 意識的に『少しくらいの会話』にとどめ置く。


 せっかく開きつつあるマリーベルの心扉を、また閉ざしてしまうわけにはいかないからな。

 まだまだ先は長い。

 時間をかけてじっくりとコミュニケーションを深めていこう。


「それにしてもさすがの手腕ね。筋金入りの運動音痴だったリュカが、『鉄棒は科学』なんて怪しい言葉だけで、逆上がりをできるようになるなんて」


 やっぱりしっかり見聞きしていたか。


「苦手意識――つまりメンタルはフィジカルに影響する。メンタルとフィジカルは密接に関係しあっているからな。だからフィジカルトレーニングで効果が出ないなら、メンタルの改善を提案するのは、いたって普通のことさ」


 俺は今回の『逆上がり攻略作戦』について、簡潔に説明した。


「ヤマトさんってさ、結構すごいよね」

「どうした急に? お世辞か? 子供はそんなことやる必要はないぞ」


「お世辞じゃないわよ。ただちょっと疑問に思っただけ」

「疑問ってのは?」


「だってそうでしょ? こんなにすごいのに、どうして開幕直前になってフレースヴェルグをクビにされたのかなって」


 マリーベルが少し俺の顔色を窺うように尋ねてきた。

 おおっ!?

 これはもしかして興味を持ってくれたのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る