第39話 酔っ払いアスナちゃん

 その帰り道。


「ミューレさんごめん、忘れ物しちゃったから戻って取ってくる」


 マリーベルがハッと何かに気付いたように言った。


「さっきのお店かい?」

「うん、そうだと思う」


「帰る前に気付いて良かったね。じゃあ取りに行こうか」


「ううん、私一人で大丈夫だから。ミューレさんお酒飲んでるでしょ。早く帰って寝ちゃってよ」


「そうかい。ならそうさせてもらおうおかな。実を言うと結構、足がふらふらでね」

「ふふっ、いつになく飲んでいたもんね。じゃあまた後で。こけたりしないでね」


 そう言い残して、マリーベルは来た道を足早に戻っていった。


「夜も遅いですし、マリーベルさん1人で大丈夫でしょうか?」

 と、マリーベルを見送りながらリュカが心配そうにつぶやいた。


「マリーベルなら特に問題ないんじゃないか?」


 か弱い女の子ならいざ知らず、現役の姫騎士なら仮に暴漢に襲われたとしても簡単に返り討ちにできてしまう。


 姫騎士は、姫騎士デュエル以外での積極的な魔法の行使は認めらていない。

 が、しかし。

 正当防衛ならその強大な力を――適正な範囲であれば――行使することは認められている。

 とても一般人が太刀打ちできるような相手ではない。


「それでもやっぱり女の子ですし……」

 しかし心優しいリュカは、マリーベルのことがどうにも心配のようだ。


「じゃあ俺がちょっと見てくるよ。みんなは先に帰っていてくれ」

「だったら私も行きます」


「悪いんだけど、リュカにはそこの酔っ払い2人を、無事に連れ帰って欲しいんだ。むしろそっちの方が心配だからさ」


 2人とはもちろんアスナとミューレを指している。

 2人とも気持ちよく飲んで、気持ちよく酔っぱらっていた。


 特にアスナは酷かった。


「えへへー、ぜんぜん酔っぱらってないってばぁ……ほんとほんと。ゆくぞー、あすなー、てすとはひゃくてん~」


 へべれけに酔っぱらって、自作のアスナちゃんソングまで歌っている。

 恥ずかしいから本っっっっ当にやめて欲しい。

 しかも本人は覚えていないであろうことが、最高に救いようがなかった。


 ミューレは一応、姫騎士ではあるものの、魔力齟齬そごという病気を抱えているし、それこそアスナはか弱い一般女性だ。


 マリーベルとどちらが心配かと問われたら、俺としてはこっちの2人の方がよっぽど心配だった。


 俺とリュカのどちらかが、2人を安全に連れて帰る必要がある。

 そして俺よりもリュカの方が強い。


 リュカが接近戦で弱いのは、あくまで姫騎士同士のデュエルでのこと。

 防御加護を展開した時点で、一般人はリュカにダメージを与えることができなくなる。


 だから役割分担としてはこれがベストなはずだ。


「分かりました」


 リュカはわずかに逡巡しゅんじゅんした後、俺と同じ考えにたどり着いたのだろう、こくんと頷いてくれた。


「じゃあまた後でな。2人を頼んだぞ」

「はい、頼まれました」


 俺はリュカたちと別れると、マリーベルの後を追って焼き肉屋への道を戻り始めた。


 しばらく行くとすぐにマリーベルを発見する。

 すぐに声をかけようとして、思いとどまった。


 マリーベルの前に、小さな女の子がいたからだ。


「あれは迷子……っぽいよな?」


 迷子と思しき女の子が不安そうな顔でマリーベルを見上げていて、マリーベルはどうしたらいいか分からずに困っているようだ。


 迷子の女の子を放ってはおけなくて、だけど上手く接することができないで困っている――そんな状況だろうか。


 俺はそう当たりをつけると、2人から少し離れたところから声をかけた。


「マリーベル、どうしたんだ? 迷子か?」


 その場でしゃがんで笑顔を作ると、ゆっくりと優しい声でまずは状況を確認する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る