第43話 リュカの逆上がり

 その日。

 俺はリュカに鉄棒の逆上がりを教えるべく、朝から演習場――つまりは小学校の校庭なのだが――に足を運んだ。


 遊びではない。

 バランス感覚と体幹を鍛えるためのトレーニングの一環だ。


 リュカの二つ名でもある、フェンリルを使った不動戦術『絶対要塞─アブソリュート・フォートレス─』で戦うなら、身体を動かすトレーニングはさして必要ない。


 だけどこの先、それが攻略される可能性も見据えて、リュカの最大の弱点である運動能力を向上させておいて損はなかった。


 ただ、リュカはこれまでも運動能力を上げるトレーニングを受けていたものの、あまり成果が見られなかったということで、その辺りも俺なりの方法で改善できるなら改善しようと思っている。


 そのために選んだのが『逆上がり』だ。


 子供の頃からずっとできなかった逆上がりができるようになるのは、分かりやすい成功体験だからな。


 そしてリュカには言っていないが、リュカの中にある『運動に対する負の成功体験』を綺麗さっぱり上書きするのも、俺の狙いの1つだった。


「逆上がりができないってのは聞いているんだけど、実際にどれくらいできないんだ? 出来なさの確認のために、試しに逆上がりをやってみてくれるかな?」


「分かりました」


 体操服姿のリュカがこくんと頷いた。


 体操服は学生時代のものらしく、少しサイズが小さいからか、元々かなり大きいリュカの胸の膨らみが強調されていて、なんとも目のやり場に困ってしまう。


 さっきまでしていた準備運動の時も、リュカの胸はかなり際どく揺れていた。


 もちろん俺はいい大人だ。

 そういうことに興味津々な10代男子ではないので、露骨にガン見したりはしないが。


 ガン見したりはしない。

 ガン見したりはしないんだ。

 こほん。


 それはそれとして。


 よほどいい思い出がないのだろう。

 リュカは悲壮感すら感じさせる表情で鉄棒に向かっていく。


「別に取って食おうってわけじゃないんだから、気楽にな。ただの現状確認だからさ。むしろありのままを見せてくれた方が、今後の方針も立てやすい」


 その背中に俺は優しい言葉をかける。

 リュカの様子を見ている感じ、そんな言葉程度邪効果はあまりなさそうだけど。


「じゃあ行きます。えいっ……えいっ……えいっ……」


 リュカがさっそく逆上がりに挑戦する。

 しかし20回ほど挑戦したものの、リュカは1度たりとも逆上がりをすることができなかった。


 しかも回れそうな気配がまったくない。

 このままだと何回挑戦しても無理だろう。


 ちなみに逆上がり用の『蹴り上げ補助板』も使っている。

 こういうのが当たり前のように置いてあるのは、元・小学校のいいところだよな。


「うう……鉄棒は苦手なんですけど、特に逆上がりは昔から本当に一度もできたことがなくて……私は本当に運動音痴なんです……」


 逆上がりを完遂できなかったリュカが、しょんぼりとした顔をしながら肩を落とした。


「なるほど。本当に全くできないんだな」

「ううっ、すみません……」


「ははっ、謝る必要はないよ。それにこれなら全然なんとかなりそうだし」

「え?」


 しょんぼりと下を向いていたリュカが、俺の言葉を聞いて驚いたように顔を上げた。


「頭を地面に向けるのが怖いとか、そういう精神的なものが原因だと時間がかかっただろうけど、どうやら問題は技術的なところにありそうだからさ」


「……そうですね。特に怖いと感じることはないです。相手が本気で攻撃してくる姫騎士デュエルのほうが、よっぽど怖いですから」


「ははっ、それはそうだよな。じゃあリュカ、今から少しだけ講義をしよう」

「講義ですか?」


 俺の言葉に、リュカが不思議そうに小首をかしげる。


「ああ、講義だ。逆上がりのな」

「ふふっ、講義なんて言うと、逆上がりの練習なのになんだかお勉強みたいですね」


 リュカは可笑おかしそうに笑うが――。


「そう、そうなんだよ」

「え?」


 まずはリュカの中にある逆上がりに関する認識を変える。

 話はそこからだ。

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