第8話 リュカと深夜のコーヒーを。
日付が変わるころ。
俺は割り当てられた部屋で──というか多目的ルーム、映像機材があったので俺の私室兼、分析ルームにしてもらった──リュカのデータを深掘りしながら、頭を抱えていた。
特に映像で残っているリュカの実戦データは、それはもう酷いものだった。
去年の24敗のうち、どのデュエルもリュカはほとんど一方的に負けている。
距離が離れている時はまだなんとかなっているが、一度近接戦闘に持ち込まれて攻められたら、リュカは全く対処できないのだ。
それどころか、さっきみたいに自分からコケている試合がいくつもある。
「運動神経が壊滅的だもんなぁ。近づかれたらマジでどうしようもない」
それはデータにも如実に表れている。
全試合、近接戦闘に持ち込まれてから30秒も持たずに、リュカはガードアウト負けしていた。
さすがに負けるのが速すぎる。
リュカのことを知らなければ、わざと負けているのかと八百長を疑うレベルだ。
しかしさっきのミューレとリュカの模擬戦を見せられていたので、それにも納得はできていた。
「なにせ考え事をしながら歩くだけで、つまづくんだもんな。接近戦なんてとても無理だ」
ちなみにリュカが勝った1試合は、砲撃タイプの姫騎士と、開幕からお互いに足を止めた派手な撃ち合いをして、見事に撃ち勝っていた。
「この勝利のシーンだけ見たら、たしかにゴッド・オブ・ブレイビアでも通用しそうではあるんだけどなぁ」
リュカの魔力量は間違いなく世界一だ。
それも断トツの世界一。
馬力だけは文句なしにある。
そこだけ見れば、間違いなくゴッド・オブ・ブレイビアでも通用する。
「だけど接近されたらその時点でジ・エンドか。正直、このままだと厳しいな」
運動神経や反射神経を向上させるためのトレーニングを提案したとしても、一朝一夕で効果は出ない。
今シーズンにはとても間に合わない。
(しかもリュカ本人は、身体を動かすトレーニングに既に取り組んでいると言っていた。全く効果が出ていないところを見ると、改善ができないほどの先天的な運動音痴なのかもしれない……)
なによりリュカのシーズン初戦は3日後なのだ。
いや、もう日付が変わるから2日後か。
「俺が対戦相手の姫騎士だったら、遠距離戦で少々被弾しても構わないから最速で近づく。近づきさえすれば、それだけでデュエルに勝てるからな」
加えてリュカが使うのが水魔法というのがデメリットだった。
水魔法は本来、防御・回復向きの魔法属性だ。
近年では魔法の研究が進んで、水魔法でもかなり戦えるようになったのと、無属性魔法へと変換するマジックウェポンなどの開発もあって、そのデメリットはかなり減ってはいる。
だが、決してデメリットがゼロというわけではない。
例えば、強力な攻撃魔法がずらりと並ぶ炎魔法と比べれば、その差は歴然だ。
そういった水魔法のデメリットを補うだけの能力をリュカがもっているかと問われると、現状ではノーと言わざるを得なかった。
「正攻法じゃだめだ。発想の転換をしないと……」
そんなことを思っていると、
コンコン。
遠慮がちなノックの音がして、
「ヤマトさん。コーヒーをお持ちしました。よかったらどうぞ」
リュカがお盆にコーヒーを載せて入ってきた。
「サンキュー。よかったら少し話していかないか?」
俺はリュカの人となりを知るためと、ついでに気分転換も兼ねて、リュカをトークに誘う。
それにお盆の上にはコーヒーが2つあったからな。
リュカも俺と話をしに来たんじゃないかなと思ったのだ。
「お仕事のお邪魔じゃありませんか?」
「ちょうど気分転換をしようと思っていたところだから、話し相手になってくれると嬉しい」
「ではお言葉に甘えて」
リュカは嬉しそうに笑うと、空いていた椅子に座った。
まずはリュカの入れてくれたコーヒーを一口、含む。
「お、美味いな。疲れた身体にコーヒーの香りが染みわたるよ」
「えへへ、ありがとうございます」
「リュカは料理は得意だし、コーヒーを入れるのも上手だし、将来はいいお嫁さんになりそうだ」
「多分、姫騎士よりもそっちの方が向いていますよね」
おっと、そう取ったか。
他意はなく、純粋に褒めたつもりだったんだけども。
「そんなことはないさ」
もちろん俺は顔色一つ変えずに否定する。
開幕直前の大事な時期に、チームの姫騎士のモチベを下げるような裏方がいたら、そいつは間違いなくクビだ。
俺でも即日クビにする。
「いいえ、自分でも分かっているんです。私は身体を動かすことが苦手ですし、目立つのもあまり好きじゃありません。姫騎士デュエルには向いていないんだろうなって、自分でも思います」
「それなのにリュカは、姫騎士デュエルに参加してるんだよな?」
まだ知り合ったばかりなのに、この質問をするの踏み込み過ぎかなと思わなくもない。
だけどリュカの方から振ってきた話題だし、ギリギリ許容範囲だろう。
それにもしかしたらリュカはリュカで、そういうことを誰かに話したかったのかもしれないから。
こういうことは、チーム運営に必死なミューレには言いにくいだろうしな。
俺の想像した通りだったのか、
「うちの家は、えっとフリージア家は、実は姫騎士の名門なんですよ」
「そうなのか? その割には俺、今まで全然聞いたことがなかったんだけど。フリージアって名字の選手、リュカ以外にいたかなぁ?」
「姫騎士デュエルではなく、魔法研究なんかの学者系の家系なので、姫騎士デュエルの世界ではあまり知られていないんです。でも昔、リューネ・フリージアっていうものすごい姫騎士がいたことがあって」
両手の平で抱えるように持ったコーヒーカップを膝に置くと、リュカが静かに語り始めた。
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