第74話 お節介なミューレ

 マリーベルは勝利を確認すると、湧き上がる会場を軽く見渡しながら横髪をサラリとかき上げた。

 顔こそすまし顔だが、俺にはそれが、アリッサではなく自分こそが最強なのだとここにいる全ての人間に見せつけているように思えた。


 新たな王者の誕生に会場中が湧き上がる中、

「お待たせ」

 ミューレが今頃になってセコンド・エリアにいる俺たちに合流してきた。


「遅かったなミューレ。歴史に残るレベルの神デュエルだったのに、まさか見ていなかったのか?」

 さすがにそれはないとは思うが、一応念のために確認するように声をかけると、


「いいや、VIP席で見ていたよ」

 ミューレからはそんな答えが返って来た。


「VIP席で? 誰か偉い人に呼ばれていたのか?」


 今のミューレは人気チームのオーナーということもあって、業界内外の有名人や実力者、支援して頂いているスポンサー様などから頻繁に会合を求められる時の人だ。

 出来高契約をクリアしたことで金銭的には一気に楽になったものの、ミューレは前にも増して忙しい日々を送っている。


「偉いといえばとても偉い相手だね。2人のご両親――ローゼンベルク夫妻と会っていたのさ」


「ローゼンベルク夫妻と? このタイミングでか? 何を話してきたんだ――って、ああいや。悪い。俺が詮索することじゃないな」


 さすがにこれを聞くのは深入りし過ぎだ。

 デュエル・アナリストの職務を逸脱している。

 俺はそう判断したのだが、ミューレは特に気にした様子もなく言葉を続けた。


「いやなに、大した話じゃないよ。マリーベルに謝って欲しいと脅してきただけだから」

「脅す? お願いじゃなくて?」


 想定していなかった言葉が出てきて、俺は思わず聞き返してしまう。


「そうさ。脅してきたんだ。ローゼンベルクの人間は気位が高すぎて、どうにも素直になれないところがあるからね。今日を逃したらこじれた仲を修復する機会は2度とありませんよ、それでもいいんですか、と脅してきたのさ」


「脅すってそういう意味かよ。ミューレはほんとお節介焼きだよな。そんなことしても、別に自分の得にはならないだろうに」


 むしろローゼンベルクとマリーベルが和解し、マリーベルがバーニング・ライガーに移籍でもしたら、ミューレは最強エースを失うという大損をすることになってしまう。


「親子が仲良くするチャンスがあるのに、自分の利益のためだけに見てみぬ振りはできないだろう? 親子仲良くが一番さ」


 一片の迷いも見せずに言い切るミューレ。


「ほんとお人よしが過ぎるよ、ミューレは」

「お人よしという点では、ヤマトもたいがいだと思うけどね」


「ミューレがお人よしだから、俺もお人よしになっちゃうんだよ。古今東西、下の人間は上の人間をよく見ているもんだ」


「ま、そう言うことにしておこうか。ただ、このことはマリーベルには内緒にしていて欲しいんだ」

「ああうん、そうだよな。マリーベルはマリーベルで大の意地っ張りだもんな」


 俺はすぐにその意図を察する。


「これはリュカとアスナにもお願いしたいんだ。私が頼んだからローゼンベルクが頭を下げた──なんてマリーベルが知ったら、あの子は絶対に受け入れないだろうからね」


「なるほどね。了解よ」

「私も分かりました」


 アスナとリュカがこくんと頷いた。


 大の意地っ張り同士を仲良くさせるには、双方からの強い信頼を得ているミューレという橋渡し役が絶対に必要だ。

 これは俺にもリュカにもアスナにも、ミューレ以外の誰にもできないことだ。


 しかしそれがバレてしまうと間違いなく変に意地を張られてしまって、むしろ逆効果になってしまう。

 ローゼンベルクの生まれであるマリーベルをサポートする中で――そう長くないとはいえ――俺はローゼンベルクという一族の性格を、少しではあるが理解しつつあった。


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