第2話 捨てる神あらば拾う神あり
「クビってことは無職か……仕事を探さないとな。できれば姫騎士デュエルに関わりたいけど、難しいよなぁ」
女性しかなれない姫騎士デュエルの世界は、徹底した女尊男卑。
男の俺は今までも、かなり肩身の狭い思いをしてきた。
昨年トップリーグ2位のチームのデュエル・アナリスト(データ分析担当)の肩書きはそれなりだが、男というマイナス要素はやすやすとその評価を上回るだろう。
「転職確定だよなぁ。一応、今までの蓄えがあるから、当面は無職でもなんとかなるだろうけど、はぁ……」
俺が机に突っ伏したまま再び大きなため息をついていると、
「隣、いいかい?」
上から声が降ってきた。
凛とした、若い女性の声だ。
「席なら他にいくらでも空いてるよ」
ぶっきらぼうな口調で、今は一人になりたいんだと言外に伝える。
「少し君と話がしたくてね。ヤマト・リンドウ」
女性は俺の名前を呼ぶと、俺が更なる返事を返すよりも前に、俺の隣に座った。
「なんで俺の名前を?」
「もちろん知っているさ。姫騎士業界で男は珍しいからね」
ささくれた気持ちと、わずかな好奇心の入り混じった視線を向けると、そこには綺麗な女性が座っていた。
少し緑がかった長いさらさらストレートの髪。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだグラマラスな身体を、シャキッとした紺のスーツスカートで包んだ姿は、ビジネスウーマンという言葉がぴったりだ。
少しブラウスの胸元のボタンが開きすぎているような気がしなくもないが。
そしてその顔に、俺は見覚えがあった。
当時からは少し顔つきが大人びているが間違いない。
「あんた、もしかしてミューレ・ヴィオーラか?」
「おや、私の顔を知ってくれているなんてね」
「そりゃ知っているさ。ええっと、今から5年、いや4年前に引退した風魔法の姫騎士だろ。2部チームにいたルーキーイヤーに、ドラゴンキング・トーナメントでベスト8だったか? 期待の天才ルーキーって騒がれていたよな。ゴッド・オブ・ブレイビア参戦チームからの移籍話もあったはずだ」
「詳しいねぇ。さすがはあの強豪フレースヴェルグのデュエル・アナリストだ。資料も見ずに、何年も前のことをよくスラスラと正確に答えられるものだよ。あとミューレでいいよ。皆、そう呼ぶから」
「キャサリンとのやり取りも聞いてたんだろ。悲しいことに、そこはもうクビになった。今は無職のプー太郎だ。あと俺もヤマトでいい。プー太郎のヤマトだ」
俺はやるせない思いを込めながら、苦笑いを返した。
「ちょっとした意見の相違があったみたいだけど、ヤマトみたいに優秀なデュエル・アナリストをクビにするなんて、また思い切ったもんだねぇ」
「お世辞はいいさ」
「お世辞じゃないよ。心の底からの本心だ。君みたいな優秀なデュエル・アナリストなら引く手あまただろうに、それを見す見す手放すなんてどうかしている」
耳に心地よい声で
「枕詞に『男でなければ』ってのが付くんだろ? 姫騎士業界じゃ、男はそれだけでマイナス要因だ。俺は今、改めてその絶対ルールを思い知ったところさ」
「この業界の悪いところだね。優秀でさえあれば男も女も関係ないだろうに」
「もしかして慰めにきてくれたのか? ありがとな。そう言ってもらえると、やさぐれていた心も少しは軽くなるってなもんだ」
どうやらミューレは元・姫騎士でありながら、この業界特有の女尊男卑の考えは持ち合わせていないようだ。
そのことに、男だからとクビを宣告されたばかりの俺は、なんとも嬉しくなってしまう。
やれやれ、実にチョロいな、俺。
せっかくだし少し話をしてみるか。
「しかし本当に驚いたよ。たいした成績も残さずに姫騎士デュエルを引退した私は、どちらかというと『その他大勢』のモブ姫騎士だったはずなんだけど」
「年に一度、全姫騎士が参加する一発勝負のドラゴンキング・トーナメントでベスト8は、十分たいした成績だろ?」
「なにせその後がさっぱりだったからねぇ。ルーキーイヤーが私のキャリアハイだ」
「魔力
魔力齟齬は、姫騎士が魔力を錬成できなくなる珍しい病気で、症例もかなり少ない。
そのため有効な治療方法も分かっていない。
そんなレア症状を発症してしまい、期待のルーキーから一転、姫騎士人生を棒に振ったミューレは、悲劇の姫騎士と言って差し支えないだろう。
「おや、病気についてはかかったことも含めて、公開していなかったはずだけど」
ミューレが驚いたような顔をする。
「あれだけバンバン高ランク魔法を使いこなしていた天才姫騎士が、急に中ランク魔法しか使わなくなったんだ。それも威力は低いし、精度がてんで良くない。とくれば、ある程度は察しがつくさ」
「さすがの分析力だね。いやはや、改めて恐れ入ったよ」
ミューレは少しコミカルな調子で言うと、降参のポーズをするかのように小さく両手を上げた。
「それで? 前置きはそれくらいにして、俺に何か話があったんだろ?」
まさか本気で慰めるためだけに、面識がある訳でもない俺の隣に勝手に座って、長々と話しているわけではないだろう。
「それもお見通しか。だったら話は早い。ヤマトにうちのチームに加わってもらえないかなと思ってね」
ミューレが今までの人好きのする笑顔から一転、とても真面目な顔をして言った。
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