016 暴風、そして
トウヤは二人と別れて、グリフォンの側面に回りこむ。
グリフォンは、もちろん一人になったトウヤを狙う。
二人を狙うよりも、一人を狙った方が安全に攻撃できるので当然だ。
グリフォンは高度を落として、トウヤに襲い掛かろうとする。
だが、目の前に火球が通り過ぎたのに驚いて、身を引いた。
「おーい、こっちだ。
シンキが剣に火炎草を使って、剣先から
加護が切れると、シトリーが新しい精霊草をシンキに渡していた。
「ピィィィィィ!!」
グリフォンはシンキの挑発に怒りをあらわにする。
狙いをトウヤから変更して、シンキたちに向けて急降下する。
そのまま突撃するかと思われたが、途中で停止し翼を大きくはためかせた。
翼に叩かれた空間に、風の刃が十字に形成される。
剣で防いだとしても、剣幅の部分しか打ち消すことができない。
よって剣での防御は不可。
防ぐとしたら幅の広い盾しかない。だがシンキは盾を持っていない。
「ななな、なんかヤバそうなんですけど?」
「これを使って、防御しましょう」
あわてるシンキに対して、シトリーは冷静に岩石草を手渡した。
「お、おっけー。
シンキは剣を地面に突きたてて、岩石草の加護をすべて開放する。
突き刺した部分から、一気に土が盛り上がる。
二人の前には、巨大な土壁が出来上がった。
――ドゴオォォォォ!!
風の刃が土壁に直撃して、土煙を巻き上げた。
土壁の表面が削れただけで、風の刃を打ち消すことに成功する。
「あ、あぶねえ、なんとか間に合った」
「ギリギリでしたね」
「あとは、トウヤが矢を抜いてくれれば」
「トウヤさんなら、きっと……」
なんとか風の刃を防ぎきって、シンキとシトリーは壁の後ろで安堵する。
土壁でグリフォンの姿は見えないが、土煙に乱れがないため、追撃をしてきていないことが分かる。
土煙が収まるまでひとまず休憩だ。
グリフォンは、巻き上がる土煙を空中で、ただ見つめている。
攻撃を当てた二人の様子が、気になってしょうがないようだ。
だが、土煙につっこむような無謀なことは出来ないため、様子を伺うことしかできない。
その無防備な姿は、トウヤの存在を頭から完全に抜け落ちさせていた。
……良くやった。トウヤは二人を内心で褒めた。
なるべく音を立てずに、剣を抜く。
槍投げのように剣を逆手に持って、肩に構える。
グリフォンの少し上の空間に、剣を
空を切り裂くように、剣は一直線に飛んでいく。
そしてグリフォンの真上を、剣が通り過ぎる瞬間にトウヤは呟く。
「
地面に立っていたトウヤの姿が消える。
次の瞬間に、トウヤはグリフォンの真上にいた。
あらかじめ指定したモノとモノを一方の場所に瞬間移動させる。
投げた剣に磁力で引き付けられるように、トウヤは瞬間移動したのだ。
トウヤの手には剥き出しの剣が握られている。
だが今は使わないので、空中にいるうちの素早く鞘へ収めた。
グリフォンの背中にまたがると、翼の付け根の部分に折れた矢が刺さっているのが見えた。
「これか」
トウヤは矢を一気に引き抜いた。
グリフォンは、引き抜かれた痛みでトウヤの存在に気付き暴れ回る。
「ピィィィィィ!!」
「よしよし、もう大丈夫だ。落ち着け、俺はお前の敵じゃない」
トウヤはなだめようとするが、グリフォンの怒りは収まらない。
ポーションを取り出して、矢の刺さっていた傷口にかける。
傷はすぐに回復する。
だが傷にポーションがしみて、その痛みでますます荒れ狂った。
このままでは、まずいと思いトウヤはグリフォンの背中から飛び降りる。
自分が背中から離れれば、落ち着くかと思った。
しかし、グリフォンは狂乱し続けている。
人間達に襲われた記憶が、フラッシュバックしているのかもしれない。
グリフォンは急降下する。
背中にトウヤはもういないが、グリフォンはそのことに気付かない。
地面に背中から激突するつもりだ。
――まずい。
トウヤはそう思ったが、今は落下途中なのでどうすることもできない。
「
グリフォンが激突する直前に、シトリーの声が響いた。
――ぽよん。
グリフォンの下に空気のクッションが作られ、落下の衝撃を和らげた。
空気のクッションは、徐々にしぼんでいき、グリフォンは優しく地面へと着地した。
グリフォンの狂乱は収まり、今は何が起きたのか分からず唖然としている。
そこにシトリーが近づき、優しく話しかける。
「グリフォンさん、こんにちは」
「…………」
「刺さっていた矢が抜けて良かったですね」
「……ピィ?」
グリフォンは翼を広げたり、閉じたりしている。
刺さった矢は、翼に隠れて自分の目では確認できない位置。
翼にぶつかる違和感がなくったことを確認すると、グリフォンは嬉しそうな鳴き声を上げた。
「ピィ! ピィ! ピィ!」
「あはは、くすぐったいですよ、グリフォンさん」
グリフォンはシトリーに頭をこすりつけて、親愛の意を示した。
その様子をシンキとトウヤは、安堵した表情で見ている。
「さっきまでの暴れっぷりが嘘みたいに、なついてやがる」
「この分なら説得できそうだ」
「これもトウヤのおかげだな」
「シンキとシトリーが注意を引き付けてくれたおかげだよ」
「……そっか。前の亀ではしくじっちまったが今回で少し挽回できて良かったぜ」
「ああ、そうだな」
二人の顔は一仕事終えたように、とても晴れやかだ。
そんな二人をよそにシトリーはグリフォンの説得を開始する。
「グリフォンさん、この場所はゴブリンさんたちの家なんです。
どうかゴブリンさん達に明け渡して、もらえないでしょうか?」
「ピィピィ」
「ほんとですか? ありがとうございます。ゴブリンさんたちもきっと喜ぶと思います」
「ピィピィピィ」
「え? 一緒について行きたいですか? うーん、それは困りましたね」
「シトリー、説得はできたのか?」
グリフォンの言葉が分からないので、トウヤはシトリーに現状を訊ねた。
シトリーは振り返って、困った表情を浮かべている。
「説得はできました。できたんですけど……」
「説得できたらなら、問題解決だと思うけど? 何かあったのか?」
「えーと、グリフォンさんが私について行きたいと言っているんですよ」
「ほう、グリフォンを仲間に引き入れるなんて、すごいなシトリー」
「ありがとうございますトウヤさん。それで私はどうしたら良いのでしょうか?」
「仲間にしてやれば、いいんじゃないか? グリフォンも行くあてがないんだろう。
問題があるとしたら、目立つってことぐらいか。
グリフォンを連れ歩いている奴は、めったにいないからな」
「……トウヤさんは、この子を仲間にするのに反対ではないのですね?」
「ああ、良いと思うけど」
トウヤは、なぜシトリーが自分に確認を求めるのか良く分からなかった。
シトリーが自分自身で決めるような問題な気がする。
このクエストが終わっても、自分と一緒にいるつもりなのだろうかと、ふとトウヤは思った。
「分かりました。この子を仲間にします」
「ピィ! ピィ! ピィ!」
シトリーがグリフォンの頭を撫でると、嬉しそうに鳴き声をあげた。
「すっげー、グリフォンを仲間にしちまった。
仲間になんなら、なんか名前を付けてやればいいじゃん?」
黙ってみていたシンキが提案する。
「名前ですか?」
「そ、グリフォンって呼ぶのもなんかよそよそしいだろ?
ゴンザレスとかどうだ? 強そうだろ。
あとはロドリゲス、アビゲイル、ゴルゴンゾーラ」
「……この子は女の子ですよ。もっと可愛らしい響きでお願いします」
いつも笑顔のシトリーがこの時ばかりは、不満げな表情を浮かべた。
「え? まじ? メスだったのかよ」
「ピィ! ピィ! ピィ!」
「痛っ、やめろ、つつくな! バカ! 鳥頭!」
シンキとグリフォンの追いかけっこが始まった。
その様子をシトリーとトウヤが笑顔で眺めている。
「トウヤさんは、何か良い名前ありますか?」
「そうだな。……フランチェスカ。自由って意味がある。
あとはメリッサ。
思いつくのはそんなところだ」
「……フランチェスカ。……メリッサ。……フラン、メリー」
シトリーは名前候補を口に出して、どちらが良いかを確認する。
そして何か思いついたように笑顔を浮かべた。
「二つを合わせて、フランメリーは、どうでしょうか?」
「フランメリー。直訳すると陽気なプリンってとこか。
……いいんじゃないか、楽しそうな名前だし」
「では決まりです。名前はフランメリー」
パンッと手を小さく叩いて、シトリーは笑顔を見せた。
視線の先では、相変わらず追いかけっこが続いている。
本人達が楽しんでいるかは分からないが、傍から見たら、とても楽しそうに見える。
「いい加減にしろ。鳥野郎。痛、つつくな」
「ピィ! ピィ! ピィ!」
「――フランメリー!」
「ピィ!?」
シトリーの声を聴いたグリフォンの足が止まる。
そして、視線がシトリーの方に向いた。
「フランメリーおいで」
もう一度、シトリーは名前を呼ぶ。
すると、自分のことだと分かったグリフォンが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「グリフォンさんの名前が決まりました。
あなたの名前はフランメリーです。どうですか?」
「ピィー、ピィー!」
「そうですか。気に入って貰えてよかったです」
シトリーはフランメリーの頭を撫でる。
フランメリーは、嬉しそうに喉を鳴らしていた。
「はあ、はあ、あー、疲れた。もっと早くとめて欲しかったぜ」
「ごくろうさま」
肩で息をするシンキにトウヤは
そしてゴブリンたちの方に視線を向けた。
ゴブリンとウォーグ二匹は、身を隠してこちらの様子を伺っている。
「シトリー。ゴブリンたちに説得が成功したことを伝えよう」
「あ、そうですね。すっかり待たせてしまいました。
……ゴブリンさーん! 説得成功ですよー! こっちに来てくださーい!」
シトリーは大きく手を振って、ゴブリンたちを呼んだ。
ゴブリンたちは、フランメリーのことを怖がっているので、ゆっくりと近づいてくる。
特にウォーグの怖がりようは、かなりのものだ。
「大丈夫ですよ。もうこのグリフォンは、ゴブリンさんたちを襲いませんから」
「……ホントか?」
「はい、本当です。この場所も明け渡すと言っています。
ゴブリンさんたちは、この場所に戻ってきてください」
「……アリガトウ、アリガトウ、アリガトウ」
ゴブリンは、膝を着いて何度も何度も頭を下げて、御礼を口にした。
後ろから鼻をすする音が聞こえて、トウヤは後ろを振り返った。
そこには、涙を流すシンキの姿があった。
「ヤバ、なんか、泣ける」
「そうだな。これでゴブリンたちも平和に暮らせるだろうし」
「俺たちは冒険者組合にゴブリンの集落があったが、もぬけの
「ああ、それで今回のクエストは完了だ」
シンキに感化されて、トウヤも少しだけ目を赤くしていた。
「よっしゃ! ミッションクリアだ!
さっさとゴブリンたちんとこに戻って、教えてやろうぜ」
シンキが音頭をとり、トウヤたちはゴブリン集落に戻ることにする。
来たときと同じように、ゴブリンとシンキ、シトリーとトウヤがウォーグに分かれて乗る。
違うのはそれに、一匹のグリフォン――フランメリーが加わったことだ。
並走するとウォーグが怖がってしまうため、フランメリーはひとり空を飛んでいる。
もうすぐゴブリンたちの集落に到着する。
ゴブリンたちの喜ぶ姿を目に浮かべながら、トウヤたちは移動していた。
そんな時、目的地付近から黒い線が一直線に空へ舞い上がった。
茜色のキャンバスに、乱暴にマジックを引いたような圧倒的な異物感。
すべてを破壊するような暴力の塊。
「……
トウヤは黒い線の正体を一瞬で見破った。
槍系魔法では、最大威力のジャベリン種。
槍というよりも、もはや柱といった方が適切かもしれないぐらいに大きい。
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