083 ナルメアの正体
オーウェンと別れたトウヤたちは、再び王城を目指して移動を始める。
一方のオーウェンはその場に残り、指定の時刻に虚無の燭台を発動させる。
そして、組織に疑われない程度のアリバイを作った後に撤退することになっている。
オーウェンは虚無の燭台の発動を渋ったが、アセナが必要な犠牲だと説得した。
「……とまあ、そんなことがあって家の中にいた。連絡が遅くなって悪かった」
トウヤは移動をしながら通話でリノンに先ほどの出来事を説明した。
『姿が見えなくなったから心配してたんだよ。でも良かった無事で……。
こっちは特に異常はなかったよ』
リノンは上空からトウヤに向かって手を振っている。トウヤも軽く手を振り返した。
「分かった。引き続き空からの観察を――リノン危ない!」
『――え? きゃあああ!?』
リノンを乗せたフランメリーに向かって、暴力的な黒い線が飛んでいく。
ぶつかりはしなかったが、フランメリーは大きく体勢を崩した。
「ありゃ、
まだ祭りは始まってないちゅーのに、せっかちなやっちゃな」
呆れた様子でアセナは呟いた。
バサバサと羽音を立てて、トウヤたちの前に降り立つリノンとフランメリー。
「フラちゃん怪我してない? 大丈夫?」
リノンは心配そうにフランメリーの体を見回した。
フランメリーはピィと鳴いて、怪我がないことをアピールする。
「グリフォンが
たしか前にも、こんなことがあったような……」
トウヤの頭にある人物の顔が浮かんだ。
――ガタッ。
屋根の上から物音が聞こえて、視線を上げる。
そこに黒の和装の女がこちらを見下ろしていた。
逆光で顔は良く見えないが、その服装には見覚えがある。
「……ナルメア」
トウヤの口から、その女の名前が自然と漏れた。
ナルメアは屋根から飛び降りて、トウヤたちの前に軽やかに着地する。
「まさか、こんなところで再会するなんて、久しぶりねトウヤ。会えて嬉しいよ」
笑顔のナルメア。しかし目は笑っていない。殺意のこもったギラついた視線をトウヤに向けている。
ナルメアは以前、トウヤと戦って負けており、リベンジを虎視眈々と狙っているようだ。
今にも剣を交えそうな張り詰めた雰囲気。そこにアセナがのんきな声で割って入る。
「主はんのお友達かや?」
「違います。友達の友達。ただの知り合いです」
アセナの質問に首を振るトウヤ。
ナルメアはクラスメイトの
鳴海玲でさえ、友達と呼べるかは怪しい間柄だ。
「そんな言い方は冷たいなぁ。私たちの関係はラ・イ・バ・ルだよね?」
ナルメアはライバルの部分を強調する。
「そっちがどう思おうと勝手だが、俺はライバルだなんて1ミリもは思ってないからな」
「ふふっ、今はそれでもいいよ。いつか必ずトウヤを振り向かせてみせるから、絶対に」
ナルメアは獲物を狙う狩人のような視線をトウヤに向けた。
「あらあら、とっても情熱的なお方。主さんも隅に置けまへんなぁ」
アセナは肘でつっつくようなジェスチャーをしてトウヤを茶化した。
トウヤは困ったように苦笑いを浮かべる。だが次の瞬間、何か良いことを思いつたようにぱっと笑顔を浮かべた。
「そうだ。ナルメア、紹介するよ。
こちらはセブンスターズ第6ギルドもふもふ連合、団長のアセナさんだ」
トウヤに紹介されて「どうも」と明るくあいさつをするアセナ。
一方のナルメアは無反応。ただトウヤをじっと見つめている。
「アセナさんは、俺の何十倍、何百倍も強いぞ」
「……ふーん、それで?」
無関心に訊き返すナルメア。
「いや、俺じゃなくてアセナさんをライバルにするのはどうかと思ってさ。
ナルメアは強い人と戦いたいんだよな?
それなら俺よりもアセナさんの方が適任だろ?」
「セブンスターズが強いのは知ってる。
だけどセブンスターズって王国との関わりが強いから、トラブったら面倒じゃん。
正直アルビオンを出禁にされるのはキツ過ぎ。
人も物も情報を一番集まるのは、結局はここだからね」
「…………」
戦闘狂のナルメアにしては色々と考えているなと、トウヤは感心した。
「何? 私、変なこと言った?」
ナルメアはトウヤの反応がないので、不安そうな表情を浮かべた。
「いや、その言葉が聞けて安心したんだよ」
「どういうこと?」
ナルメアはトウヤの返答に小首を傾げた。
「今回の騒動。ナルメアは反乱側じゃなく、俺たちと同じ王国側での参加。
前の時とは違って、今回は敵対関係じゃない。仲良くできそうで嬉しいなと思ってさ」
「ああ、そういうことね。
私と戦いたくないだなんて、もしかして私に惚れちゃった?」
ナルメアはからかうような視線をトウヤに向けた。
「ああ、ベタ惚れだ。惚れた女とは戦いたくないだろう、普通は」
「……えっ!?」
目を丸くして驚くナルメア。そして徐々に頬が赤く染まっていく。
「おい、冗談だよ。真に受けるなって」
予想外の反応にトウヤは珍しく慌てた。
「わ、分かってる、そんなこと。真に受ける訳なんてないでしょ! 演技よ演技よ!
私の素晴らしい演技にまんまと騙されたわね!」
ナルメアはバレバレの嘘で誤魔化した。その言動が子供っぽいなとトウヤは微笑ましく思った。
戦闘技術は高いが、精神年齢は意外と低いナルメアのようだ。
「ナルメア、一つ質問しても良いか?」
「なに?」
「さっきの
あれはお前なりの優しさってことで良いんだよな?」
今回の大騒動に気付かない者は、そうそういないが決してゼロではない。
どこにでも察しの悪い者はいる。
そんな間抜けでも知らぬ間に戦場に足を踏みいれて、訳が分からないまま殺されるのは可哀そう。
だからナルメアは威嚇攻撃をして無理やりに避難をさせようとした。
とトウヤは考えている。
「そう、ここは危険だよって教えてあげただけ。最初から当てる気はなかったよ。これっぽっちもね。
友達、いやライバルが死ぬのを見す見す放ってはおけないでしょ?」
ナルメアは説明する。その際、攻撃を加えたリノンたちには視線を一切向けず、トウヤのみに視線を送り続けていた。不自然なほどに。
当のリノンたちはじっとナルメアを見続け、その真意を探ろうとしている様子だ。
フランメリーは以前にも攻撃されたためか、より鋭い視線を向けている。
一方ナルメアは意図的にリノンたちと目線を合わせることを拒絶している。
「…………」
トウヤはナルメアの言葉に違和感を覚えた。
それは『ライバル』の部分だ。『ライバル』は会話の流れ的に『トウヤ』を指している。
しかし、
攻撃した際、ナルメアからは空を飛ぶリノンとフランメリーしか見えていなかったはずだ。
つまりナルメアはリノンとフランメリーのために、威嚇攻撃をしたことになる。
そしてナルメアがふたりを『ライバル』と呼ぶには違和感がある。
ナルメアは『友達』を否定して『ライバル』と言い直したが、本当は『友達』のためではないだろうか?
そこから考えうる一つの可能性。
リノンはナルメアを知らないが、ナルメアはリノンを知っている。
目線を合わせると正体に気付かれるかもしれない。だから怖くて視線を合わせられない。
ナルメアは璃乃のリアルの友人。中の人は璃乃と同じ小学五年生。
「なるほど、そういうことか」
ナルメアの言動がどこか子供っぽいと感じていたトウヤは得心がいった。
「私の遠回しの優しさに気付くなんて、さすがね」
「ああ、ようやく納得がいったよ」
トウヤは二つの意味で首を縦に振る。
「分かればいいのよ分かれば。セブンスターズの人も分かってくれた?
私は王国と敵対する気はないから。変な勘違いをしないでよね」
ナルメアはちょっと不安そうな顔でアセナにも念を押す。
「了解でし。だけど誤解されるようなことは、ほどぼどに」
「はーい、気をつけまーす」
先生に注意されてしぶしぶと返事をする生徒のようにナルメアは答えた。
ナルメアが小学生をやっている姿がありありと想像できて、トウヤは笑みをこぼした。
「ちょっと、なに笑ってるの! 今回は見逃してあげるけど、次は見逃さないからね!
覚悟だけはしておきなさい!」
「それはまいったな。ここ以外では見つからないようしないと」
トウヤは困ったような表情を浮かべた。
しかし、内心ではまったくそんなことを思ってはいない。
王国以外で偶然会う確率は、ほぼゼロと言っていいだろう。
「首を洗って待っておくことね」
ナルメアはトウヤの様子を見て満足げに笑っていた。
トウヤに対して、少しでも優位な立場になるだけで嬉しいのだ。
子供らしい素直な反応に、トウヤは内心では笑顔を浮かべていた。
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