082 ネームレス


「はあぁ……、王国兵士が空き巣とは、呆れて何も言えないでし」


 深いため息を吐いて、やれやれと首を振るアセナ。


「お前らも人のことは言えないだろう? プレイヤーが」


 冷たい声で言い返す王国兵士。トウヤたちをプレイヤーだと確信しているようだ。

 王国には獣人が少ないため、アセナを見てプレイヤーだと判断したか、もしくはアセナを知っているのか。


「わっちらは空き巣じゃありんせん。割れた窓を見つけて、空き巣を取り締まりに来たでし。

 それに、こう見えてもわっちはセブンスターズ。王国の秩序を守るものでありんすよ」


 えっへんと誇らしげに胸を張るアセナ。

 しかし王国兵士は鼻で笑う。


「ふんっ、セブンスターズ。プレイヤー犯罪を取り締まる七星ギルドか。

 そもそもプレイヤーが犯罪を犯さなければ、必要のないものだ」


「はははっ、それを言われると痛いでし」


 アセナは困ったように乾いた笑いを漏らした。


「そうだ。プレイヤーが王国の、世界の秩序を乱している根源。プレイヤーは世界の敵だ!

 消えろウジ虫どもが!」


 王国兵士は突然に激高する。

 あまりの豹変ぶりに呆然となるアセナたちだった。


「……あちゃー、随分と嫌われちゃってましねぇ。

 あんさんの言う通り、プレイヤーが世界に影響を与えてることは間違いない事実。

 せやけど、それは悪でもあり善でもある。

 プレイヤーの全員が全員、犯罪者なわけもなく。良い人もたくさんいる。むしろ良い人の方が多いやろ。

 そして、それはプレイヤーに限った話ではなく、王国の人たちも他の世界の人たちも同じ。

 立場は違えど、同じ感情を持ってる生き物」


 アセナはさらに語り続ける。


「わっちだって悪人はいない方が嬉しい。せやけど完全に消し去ることはできない。

 どこかで必ず生まれてしまう。

 それは本人の責任ではなく、環境の影響がめっちゃ大きい。

 お金持ちの家に生まれるか、貧乏な家に生まれるかで犯罪を犯す確率は大きく変わる。

 少しでも不幸な人を減らして、みんなが幸せな世界にしたい。

 その想いはわっちとあんさんで、きっと同じだと思う。

 せやけど、決定的に違うもんが一つある」


「違うもの?」


 王国兵士が興味を示した。


「そう、違うもの。

 それは考えることを放棄して安直な答えに飛びつくか、そうじゃないか。

 プレイヤーを世界から一掃する。あんさんの中では絶対的に正しい答えかもしれへん。

 せやけど、これは大間違いや」


「なぜ間違いだと言える?」


 王国兵士は納得していない様子だ。

 アセナはうーんと少し考えた後に口を開く。


「仮にプレイヤーをウジ虫だとしよか。ウジ虫はハエの子供。

 動物の死骸や排せつ物に卵を産み付け、還ったウジ虫がそれらを分解して、栄養満点の土に返す。

 その土で植物がすくすくと育つ。それを草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が食べる。

 嫌われ者のウジ虫だけど、自然の巡回に一役買ってるでし。

 もしウジ虫を世界から消したら、自然のバランスが崩れて、大変なことになる。

 植物が育たくなれば、草食動物が数を減らし、それを捕食している肉食動物も減る。

 回り回って人間たちの食糧にも大打撃。

 ……プレイヤーは世界のウジ虫かもしれへん。

 せやけど、一掃したらもっと大変なことになるかもしれへんよ?

 良かれと思ってやったことが裏目に出る、その可能性。それをちゃんと考えてたか?

 想像したことがあるんか?」


「…………」


 王国兵士はアセナの問いに黙り込んだ。


「あんさんは崇高な人や、間違いなく。せやけどやり方を間違ったらあかん。

 世界を良くするのにお手軽で簡単な近道はない。あるのはただの幻想。

 地道に根気よく。大変かもしれへんが、これが一番の正解なんよ。

 どんがらがっしゃーんと、革命を起こせばすべてが良くなるなんて、世界はそんなに単純じゃないよん」


「地道に根気よく……」


「あんさんが王国兵士になろうと思ったのはなぜや?

 少しでも王国を平和で良い国にしたい、そう思ったからやないか?」


「……そうだ、俺は王国が好きで。もっと良い国にしたいと思っていた。

 だけど、なかなか変わらない。だから無影衆むえいしゅうに入ったんだ」


 王国兵士から聞きなれない単語が飛び出して、アセナの耳がピンと跳ねた。


無影衆むえいしゅう? それは反プレイヤー組織かなんかか?」

「……そうだ。今回の騒動に無影衆むえいしゅうは手を貸している」

「なるほどなるほど。あんさんは空き巣じゃなくて、虚無の燭台を設置する役。そうなんやろ?」


 名探偵が推理を披露するようにアセナはズバリと言い放った。


「……ああそうだ。奥の部屋に設置して。時間まで待機するつもりだった」

「随分と素直に白状するでし?」


 どこか嬉しそうに笑うアセナ。

 王国兵士は吹っ切れたような笑顔を浮かべた。少しだけ幼さの残る笑顔。歳は20台半ばのように見える。


「今さら誤魔化しても、どうにもならないだろう。

 それに俺はお前が気に入った。

 俺のウジ虫発言を逆手に取った説得。感心したよ。

 プレイヤーは俺たちNPCを舐めて鼻持ちならないヤツが多いが、お前は違うようだ。

 良かったら名前を教えてくれないか?」


「セブンスターズ第6ギルド、もふもふ連合。狼人ルプスのアセナ。役職は団長でし」


「団長か、なるほど……。あんたみたいな人の下で働きたかったぜ」


 王国兵士は自嘲気味に笑った。


「それで、あんさんの名前は?」

「……え?」


 王国兵士は驚きのあまりぽかんと口を開けて固まっていた。


「何を驚いているでし?」

「いや、まさか俺の名前を聞かれるとは思っていなかったから……」

「普通はお互いに名乗り合うもんじゃないのん?」


 アセナは不思議そうに小首を傾げた。


「NPC同士、プレイヤー同士ならな。でもプレイヤーとNPCじゃ話は別だ。

 プレイヤーにとって俺たちNPCはただのモブ。ネームレス。

 名前なんかどうでもいい存在なんだよ、普通はな」


「それは申し訳ないでし」


 アセナはプレイヤーの代表として頭を下げた。

 王国兵士はそれを見て慌てる。


「お、おい、やめてくれ。別に俺はあんたに謝って欲しいわけじゃない。

 ただの一般論を言っただけだ。

 あんたが普通のプレイヤーじゃないってのはよく分かったから、頭を上げてくれ」


「ありがとうでし、にししっ」


 アセナは笑う。

 王国兵士は困ったように頭をかく。しかし、どこか嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「どうにも、あんたと会話をしてると調子が狂うぜ。

 あー、それで俺の名前だったな。

 俺はオーウェン・ユナン」


「……オーウェン・ユナン。わっちは立場上、あんさんを捕まえなくちゃいかん。

 反プレイヤー組織の無影衆むえいしゅうちゅうんも。

 今後捜査して、ゆくゆくは組織解体に王国と一緒に動くことになるやろ」


「ま、そうなるだろうな。

 分かってる。あんたが言いたいのはこういうことだろう?

 今はとにかく時間がない。これから王国で大崩壊が起きるから」


「そんとおりっ!」


「俺を捕まえる時間が惜しいなら、今すぐに殺してくれて構わない。

 俺はそれだけの大罪を犯した。死ぬ覚悟はできてるぜ」


 オーウェンはギラついた瞳で宣言する。

 しかしアセナは小さく首を振る。


「いや、あんさんが王国を愛しているのはよく分かった。

 これからも生きて、生き続けてこの国のために尽力すべきや」


「……プレイヤーを殺せば、この世界と王国は救われる。

 そんなバカな思い違いで王国をぶっ壊そうとした。

 こんな俺が王国を愛してるなんて言えるわけがない……」


 オーウェンは自分の罪を償うために、死を望んでいるのかもしれない。

 しかし、安易な贖罪をアセナは許さない姿勢だ。


「誰だって間違いは犯す。そして今後、王国は混乱する。

 建物がたくさん壊れて治安が悪化。少しでも人手が欲しいはずや。

 あんさんにだってできることはたくさんある。

 そして、君は元無影衆むえいしゅう

 無影衆むえいしゅう解体の一助を担える存在でし」


「……俺にスパイをやれって言うのか?」


「そう。君はこのまま無影衆むえいしゅうを続ける。

 そして、そこで得た情報をわっちらに流す。これは司法取引や。

 今後の活躍次第で今までのことは、全部ちゃらにしちゃる。どや? 悪い話じゃないやろ?」


 アセナはにやりと口角を上げた。

 まるで時代劇に出てくる悪代官のようだとトウヤは隣で思った。


「こりゃ参った。あんたは単なる甘ちゃんかと思ったが意外とやり手なんだな。

 ……分かった。それで手を打とう」


「交渉成立でしオーウェン。あんさんの活躍に期待しとるで」


 アセナは握手を求める。それにオーウェンは力強く握り返した。

 光を失っていたオーウェンの瞳に再び情熱の炎が灯ったように見えた。


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