081 名前の無いもの
「慌てず落ち着いて移動してください」
「危険だから前の人を押すなよ」
「立ち止まらないでください。ゆっくりでいいですからね」
兵士たちが等間隔に並び、民衆の避難誘導をしていた。
道幅いっぱいに民衆が列を成して、街の中心にある王城から川の流れのように離れていく。
「おお、こりゃすごいねぇ」
避難する民衆の波を見ながら、アセナはのんきに呟いた。
「あっ! アセナだ!」
「アセナ! アセナが王都を守ってくれるんだよな?」
「……アセナ。アセナはセブンスターズだから……」
二人の少年と少女が列から飛び出してきて、アセナの周りを取り囲んだ。
「そう、こう見えてもわっちはセブンスターズ。王都の平和はわっちらが守るでし。
だから、ちびちゃん達は安全な場所に避難しなんし」
アセナは子供たちの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「絶対だからな! 絶対守ってくれよな」
「アセナ、応援してる。じゃあ俺たちは戻るよ。頑張ってくれ。またな!」
二人の少年が颯爽と列に戻っていく。だが少女は不安そうな表情でアセナの指をちょんと握った。
「……アセナ。アセナ死なないで……」
アセナは膝を折って、少女と目線を合わせる。そして少女の手を包み込むように握り返した。
「わっちはプレイヤー、不死身の獣人。絶対に死ぬことはありせん。
だから心配ご無用、安心しなんし。今度また一緒におままごとするでし」
優しい笑みを浮かべてアセナは答えた。だが少女はまだ納得していない様子。
「……でも、でもプレイヤーも死ぬってみんなが……」
「万が一にわっち、このアセナが死んでも必ず転生して戻ってくるから平気や」
「転生、できるの?」
「できる。プレイヤーなら誰でもね。
そもそもわっちは元々人間種。転生して
だから、もしかしたら次に合う時は人間になってるかもしれへんよ? はははっ」
「そんなのダメ」
冗談めかしたアセナの言葉に、少女は悲しそうに首を振った。
「……どうして?」
「アセナがいなくなったら、また獣人たちがイジメられちゃう……」
「そか、まだまだ王国内の獣人差別はなくなっとらんやな。
分かった。他の獣人たちのためにも、わっちはまだ死ぬわけにはいかん。
必ず生きて戻ってくる、絶対に」
アセナの誓いに少女は笑顔を取り戻す。
「うん、待ってる。私ずっとずっと待ってるから。
……あ、そろそろ戻らないとお母さんに怒られちゃう。またねアセナ」
少女は小さく手を振ると、民衆の波の中に消えていった。
「すまん。またせたな」
アセナは振り返ると、トウヤたちに声を掛けた。
「随分と、子供たちから好かれてるみたいですね」
「獣人が物珍しくて、纏わり付いてきた子たちやな。
王国にも獣人はいるっちゃいるけど、なにぶん数が少ないから目にすることは
最初はちょこまかと煩わしかったけど、あの子らには随分と助けられたでし」
「助けられた?」
トウヤは小首を傾げた。
「獣人は人間種と見た目が全然ちゃう。せやから避けられたり無視されることも珍しくない。
ひどい時は「魔物だ!」って言われて石を投げられる。
セブンスターズは警察のマネゴトをすることもある。
住人たちから聞き込みをするにも話をしてもらわないと何も始まらない。お手上げや。
せやけど、あの子らと一緒だと住人たちの対応が全然ちゃう。天と地の差や。
そんなわけであの子らには随分と世話になったでし」
「まさか子供たちがセブンスターズを支えている陰の立役者だなんて思いもしませんでした」
「何も腕っぷしだけが〝力〟じゃない。あの子らには良いことを教えてもらったでし。
力の象徴であるセブンスターズの団長には、めっちゃ耳が痛い教えやな」
アセナはどこか嬉しそう笑った。
「……目に見えない力。もし名前を付けるなら信用、信頼、愛とかですかね?」
「一般的にはそう呼ぶんやろうね。でもわっちはあえて名前は付けへん。
名前を付けるっちゅーことは、枠を作ってその中に押し込むっちゅーことやん?
枠から飛び出した部分は余分なものとして捨てられる。
それは分かりやすいし管理もしやすい。せやけど元のもんとは絶対的に違う。
トンカツの端っこや魚の皮みたいに、そこが逆に一番うまいってこともあるしな。
知っとるか? 大昔マグロのトロ部分は捨てられてたんや。
今じゃ考えられへんやろ? ゴミだと思って捨ててた部分の価値が爆上がりしとる」
「なるほど、面白い考え方ですね」
トウヤは感心していた。
効率を求めると、どうしても細かいことは無視せざるを得ない。
効率重視のトウヤにとって、アセナの返答は目から鱗が落ちる思いだった。
「さーて! おしゃべりはこの辺にして、まずは王城に行こか」
アセナは笑顔を収めて、王城の方角に視線を向けた。
「分かりました」
「大通りは混んどるし裏通りから。ついでに虚無の燭台探しも兼ねてこう。
嬢ちゃんとグリフォンは空から探してくれるか? 屋根の上に設置してる場合も考えられるし」
「うん、分かった。よろしくねフランメリー」
リノンはグリフォンにまたがって、空に飛びあがった。
残されたトウヤとアセナは人気のない裏通りに入っていく。
建物が密集した裏通りは、日当たりが悪く昼間でも薄暗い。
さらにほとんどの住人が避難しているため物静かだ。
――ドサッ。
静かな裏通りに微かに鈍い音が響く。二人の足が同時に止まった。
アセナの狼耳がピクリと反応し、まるでパラボラアンテナのように音の方角を向く。
空を飛ぶリノンたちには聞こえておらず、ゆっくりと上空を旋回している。
「…………」
アセナは無言でトウヤを見つめる。トウヤは意図を察して頷き返す。
音の聞こえた家の前に移動して、アセナは扉に手を掛けた。しかし鍵が掛かっている。
横に周りこむと窓ガラスが割られていた。室内にガラス片が飛び散っている。
「空き巣かな?」
「おそらくは」
アセナの予想に頷くトウヤ。一番可能性が高いのは火事場泥棒だろう。
二人は窓から室内に素早く入った。
奥の部屋からはガサゴソと物音が聞こえる。
「おーい! 泥棒はん、出ておいでー! 盗みはやめて早く非難しなんしー」
アセナは部屋の奥に呼びかける。すると鳴っていた物音がピタリと止む。
やがて腰に剣を携えた王国兵士が、ぬるりと現れた。
「…………」
無表情でトウヤたちを見つめる王国兵士。
盗みを見つかっても焦る様子はなく、それでいて感情が読めない。どこか不気味な雰囲気の男だ。
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