077 愛と疑惑 -Love and Suspicion-


 トウヤはアレスに握手を求められて、それに応じた。


「良い戦いでした。さすがはセブンスターズです」


 トウヤは賞賛の言葉を送るが、アレスの表情は冷たい。

 しかし、すぐにアレスは温和な笑みを浮かべる。


「ありがとう。薄氷の勝利だから、勝った実感はないけど。

 私もここまでの接戦をしたのは久しぶりだ。とても楽しかったよ。

 また戦いたいね。……今度は手加減なしで」


「機会があれば……。

 それで賭けはあなたの勝ち。約束通り質問には嘘偽りなく答えます。

 質問はあの場所で『何』をしていたか、ですよね?

 人前で話すには、少しはばかられる内容なので場所を移してからに……」


 トウヤはゴルバンの部屋の前に、なぜいたのかを質問されると思っていた。

 しかし、その予想ははずれることになる。

 アレスは手をあげてトウヤの言葉を制止させると、観客に向けて話し始める。


「この手合わせ、実は彼とちょっとした賭けをしていました」


 観客たちは、アレスの一声で興味深そうに目を輝かせた。

 一方、フェリスたちには緊張が走る。大勢の前で魔王の遺産の話をされては、騒ぎになる。


「勝者は敗者に対して、質問をする権利を得るというものです。

 もちろん、質問にウソ偽りで答えるのは無し、必ず本心を答えること。

 私は賭けに勝ち、質問の権利を得ました」


「…………」


 トウヤは心の中で不思議に思っていた。

 観客に向けて賭けの内容を披露すれば、この場で質問をしなければならなくなる。

 もしトウヤにゴルバンの部屋のことを質問すれば、逆に自分の首をしめることになる。


 ……アレスは魔王の遺産とは、まったくの無関係か?

 トウヤは内心でそう思った。


「では質問します! あなたはフェリス様を一生涯守ると誓えますか?」

「…………」


 トウヤの思考が止まる。あまりに予想外の質問。

 アレスがいったい何を考えているのか理解できなかった。

 それに反して、観客たちはまさかの色恋沙汰にざわつく。


 アレスの質問は、トウヤがフェリスに恋心を抱いている前提のものだ。

 トウヤのことをほとんど知らない観客たちは、トウヤがフェリスを好きなんだと勘違いする。


「さあ、答えてください! 誓いますか? フェリス様を一生涯守り続けると」


 まるで犯人を追い詰める名探偵のように、アレスは質問をぶつけた。


「……いいえ、それは出来ません」


 トウヤの答えを聞いた観客たちは落胆した。ただの勘違いだと知らずに……。

 そしてアレスは、トウヤが必ず否定すると分かっていた。

 なぜならトウヤが剣の軌跡を緑色に設定したのを見て、ステラに気があると思ったからだ。これも勘違いなのだが……。

 つまり、このやりとりは茶番劇。ただの前フリだ。


「そうですか、分かりました。あなたには誓えないと……。

 では! 私が代わって、フェリス様を一生涯守ると誓いましょう!」


 アレスが高らかに宣言すると、観客の中から拍手が巻き起こった。

 驚いたフェリスは、口元に手を当てて固まっている。

 アレスは颯爽とフェリスの元に向かう。そして膝を突いて手を差し出す。


「この私にフェリス様を一生涯守ることを、どうかお許しください」

「…………」


 フェリスは差し出されたアレスの手を見つめたまま固まった。

 これはプロポーズだ。

 アレスの手を取れば、それは求婚を受けれたことになる。

 そして貴族たちが証人となり、噂は広がって既成事実となる。


「……はい、よろしくお願いします。アレス」


 嬉しすぎて目に涙を浮かべたフェリスが、アレスの手を取った。


「これより私は、あなたの剣です。

 あなたに害を与えるすべてのもの――それが例え神だとしても、必ずや斬り伏せます」


 アレスは、フェリスの手の甲にそっと唇を当てた。

 観客たちからは祝福の拍手が二人に鳴り響く。

 ゴルバンは厳つい顔に涙を浮かべて喜んでいる。

 呆然としているのはトウヤたち三人と、玉の輿を諦めきれない極少人数の若い貴族だけだった。






 数日後。

 月光騎士団のギルド本部の一室に、トウヤたち三人は集まっていた。


「結論から言うと、虚無の燭台のオリジナルは見つかりませんでした」


 ステラは会話の口火を切った。


「……そうか」


 バエルは無感情に答えた。顔にはでていないが、内心では間違いなく落胆している。


「あのパーティーから三日後に、王国騎士団がゴルバンの屋敷を捜索。

 虚無の燭台のコピーを大量に押収したものの、そのなかにオリジナルは無かった。

 本当は翌日に捜索する予定でしたが、予想外のお祝い事が発生して少し遅れたようです」


「つまり二日間の猶予があった。その間に移動させた」


 トウヤは一つの可能性を示した。


「その可能性はゼロではないと、私は思います。

 もしそうなら、アレスが共犯になりますよね。

 アレスは、あの隠し部屋が見つかったことを察知してゴルバンに教えた。

 しかし、王国はアレスを共犯だとは考えていないようです。

 あくまでゴルバンの独断だと」


 王国は王女の婚約者になったアレスを身内だと認識している。だからゴルバンにすべての罪を被せ、アレスを守りたいのだ。


「お二人はアレスが共犯だと思いますか?」

「間違いなく黒だ」


 バエルが言い切った。


「その理由は?」


 ステラがさらに訊く。

 バエルは自論をつらつらと語り始める。


「私とこいつは、ゴルバンの部屋の前で透明化していたのをアレスに見つかり、その場で『何をしてたのか?』と問い詰められた。

 だが私たちは白を切り、話は平行線になる。

 そこでアレスが賭けを提案してきた。もし勝てれば見逃してやる。負けたなら白状しろと。

 賭けの内容は剣術勝負。アレスが僅差で勝利した。

 普通ならば、アレスは私たちに『部屋の前で何をしていたのか?』と質問するはずだ。

 しかし、そうはならなかった。

 こいつに対して、いきなり王女を愛しているのかと妙な質問を投げたかと思えば、いきなり王女にプロポーズをした。

 おそらく最初は私たちに質問をするつもりだったのだろう。

 しかし、最悪の場合を想定して、それを避けた」


「最悪の場合とは?」


「それは隠し部屋を発見されることだ。

 あの時のアレスは、隠し部屋を発見されたのか、されていなのか、どちらなのか分からなかった。

 もし発見されていないのなら、証拠があがらずに王国の家宅捜索は入らなかった。怪しまれているが現状維持が続く。

 発見されたのなら、証拠を押さえられて家宅捜索が入る。

 仮にだ。

 あの時、アレスが私たちに素直に質問をしていた場合。

 アレスはどちらか分からない状況で、取調べを受けていたことになる。

 私たちが賭けに負けた場合は、そうする算段だった。だから私たちは勝ち負けに拘っていなかった。

 アレスがあの時、質問をせず王女にプロポーズしたことで三つの利点が生まれている。

 一つ、あいまいな状況での取調べの回避。

 二つ、家宅捜索の二日間の猶予。

 三つ、王国からの疑惑の軽減。

 以上のことから、アレスは共犯だと考えている」


 バエルの説明を聞いてステラは頷く。


「なるほど。もしアレスが共犯なら理にかなった行動だったわけですね。

 トウヤさんはアレスをどう思いますか?」


「おおむねバエルと同じ考え。だけど一つ違うところがある。

 アレスは共犯ではなく、主犯。

 この事件の首謀者だと思う」


「……それはまた。王国が聞いたらひっくり返りそうな意見ですね」


 ステラは、トウヤの意見に苦笑いを浮かべた。


「確証はない。ただの直感だけど……。

 アレスと話して、感じたことがある。

 彼は権力志向や野心、そういったものがすごく強い。

 王様よりももっと上の存在になりたいと、言っていたよ」


「アルビオンの王は、実質この第2世界の最上位だ。

 それよりも上の存在となると、複数の世界の王にでもなるつもりか?」


「……もしかしたら、プレイヤーになりたいのかも。

 アレスはプレイヤーに対してコンプレックスを持っていますから」


「プレイヤーだと? 奴はNPCだ。なれるわけがないだろう」


 バエルは、ステラの意見を一蹴した。


「いや、絶対に不可能ってわけじゃないよ」

「なんだと?」


 トウヤの言葉に、驚きを見せるバエル。


「プレイヤーになると一口に言っても、そこには複数の要素が内包されている。

 たとえば、プレイヤーのように不死身になりたいのか。

 NPCでは行けない第1世界に行きたいのか。

 それとも、この仮想世界の外――現実世界に行きたいのか。

 言葉通りに、そのまま素直に受け取るとしたら、NPCの精神データをゲームの外に一旦逃がした後、アカウントを作って入り直せば、文字通りプレイヤーとしてこの世界に存在できる」


 トウヤの話を聞いて、二人は押し黙ってしまった。

 二人はアレスの野望を思索する。

 しかし、いくら思考をめぐらせても本人ではないため答えはでない。


「一旦、アレスのことは置いておいて。

 ゴルバンはなんて言ってる?」


 トウヤは話題を変えて、ステラに訊ねた。


「すべての罪は自分一人にある、他の者は一切関係ないと言っています」


「素直に罪を認めているのか、潔いな。

 それでオリジナルについては?」


「アイギスというプレイヤーが持ってると言っています。

 ゴルバン曰く、自分はただアイギスからコピーを貰っていた。

 この企みも、そのアイギスから提案されたものだと」


「……アイギスか」


 トウヤは小さく復唱した。


「なにか心当たりがありますか?」


「……それは一個人のプレイヤー名、それともギルド名。

 もしくは何か別の集団の名前だったりする?」


「はっきりとはしていませんが、王国は個人名として認識しています」


「一個人としてのアイギスには心当たりはない。

 だけど、その名前の集団には、ちょっと心当たりがあるかな。

 もしかしたら、まったく関係ないかもしれないけど……」


「本当ですか? ぜひ教えてください。今は少しでも情報が必要です」


 ステラは身を乗り出して、トウヤに求めた。


AIGISエーアイジーアイエスという集団が現実世界に存在する。

 きっちりとした組織ではなく、ある思想に共感して緩やかにつながったコミュニティの名称。

 その思想を一言で表すと、AI神格派。

 アーティフィシャルArtificialインテリIntelliジェンスgenceグレートGreatアイディールIdealセイヴァーSavior

 人工知能は偉大なる理想の救世主。

 これからの人類を救うのはAI。だからAIを守ろう。AIを大切にしよう、みたいな考えを持った人達。

 この世界のNPCもAIであることには違いないからね」


「なるほど。ゴルバンの企みは、いわばAIの開放。

 プレイヤーに一矢報いることで、AIの地位向上、主権回復を狙ったとも言える。

 アイギスの思想と、当たらずといえども遠からず、ですね」


 ステラは、トウヤの話を聞いて大きく頷いた。


「そのアイギスとやらは、この世界からプレイヤーを一人残らず消し去ることが目的なのか?」


 バエルがトウヤに質問した。


「まだ、そのアイギスだとは決まっていないけど。

 そうしたいと考えている可能性はゼロではないと思う」


「では、仮に。

 もしすべてのプレイヤーがこの世界から消え去ったら、どうなる?」


「……プレイヤーに需要の無い世界は、消えると思う」


 トウヤは、正直にバエルの質問に答えた。


「なるほど。そのアイギスとやらはNPCを救いたいのかもしれないが。

 もし行き過ぎれば、逆にNPCたちそのものを消滅させてしまうわけだ。

 つまりアイギスの思想と正反対の者の可能性もある」


「……アイギスの評判を落としたい何者かが、アイギスを名乗っている可能性も無くはない。

 どちらなのかは、結局のところ犯人を捕まえてみないとわからないけどね」


「うむ、まずはアイギスとやらを捕まえる。思想は二の次だな」


「王国はすでにアイギスの捜索を開始しています。

 なにか進展がありましたら、またご連絡しますね。

 それと、ゴルバンの屋敷の潜入調査、ありがとうございました。

 お二人のおかげで、行き詰っていた捜査が前進しました」


 ステラは二人に感謝の言葉を伝えた。


「礼には及ばん。両者の利害が一致したまで。

 それにまだ事件は終わっていない。

 私は私で、調査を進める」


 バエルの目的は、魔王の遺産のオリジナルを手に入れること。

 その目的を達成できていないので、これからも積極的に関わっていくようだ。


「悪いけど、俺はここで手を引かせてもらうよ。

 俺に出来ることは、もうほとんどないと思うし。

 フェリスとのデート、それに屋敷の潜入捜査で借りはきっちり返したはず」


 トウヤがこの件に関わったのは、ステラに対して借りがあったからだ。

 その借りを返し終えた今、積極的に関わる理由はなくなった。


「そうですね。もう無理強いはできません。

 ですが、いつでも協力をお待ちしています。トウヤさん」


 ステラはにっこりと笑顔を浮かべて、プレッシャーをかけてきた。


「まあ、積極的に捜査はしないけど、なにか情報を掴んだら連絡はするよ」

「はい、お願いします」


 トウヤの答えに、ステラは満足げに頷いた。


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