078 グリフォンの住処

 ステラへの借りを利子付きできっちりと返した悠斗は、ふとフランメリーの元の住処に行ってみようと思い立った。

 偶然にも、ゴルバンのパーティーでアレスたちがグリフォンを討伐したという情報を耳にした。

 そのグリフォンがフランメリーだとは確定していない。だが可能性は高い。


 第2世界、王都の北西にある山岳地方の街フラゴラ。名産品はいちご。

 トウヤとフランメリー、そして璃乃のプレイヤーキャラであるリノンは山に入るための装備を整えていた。


 リノンの職業クラス花屋フローリスト

 綿毛のようなふわふわの帽子と、上着の袖口にも温かそうな毛皮が付いている。

 基本的には植物を育てる生産職だが、魔花や魔草を使った戦闘も可能。

 魔花や摩草は魔力を与えると急成長したり、動物のように動いたりする不思議な植物たちだ。

 アバターの容姿はリアルの璃乃とほぼ同一だが、ほんの少し背が高くなっている。そのことを璃乃本人は周りに気づかれていないと思っている。しかし親しい人間は気づいているが、あえて口にしていないだけだった。


 街を歩いていると、人々の視線が集まっていることに気づく。

 グリフォンが荷馬車を襲っていたこともあり、良い印象を持たれていないようだ。


「みんな怖い顔で見てくる。……フラちゃんじゃないのに、ね?」


 リノンが視線に気づき、フランメリーの体をそっと撫でる。

 フランメリーは同意するように、小さくピィと鳴いた。


 フランメリーは人語を話せないが、人語を聞いて理解することはできる。

 荷馬車襲撃の件をフランメリーに訊いてみたところ、知らないと首を横に振った。


 王国の主張とフランメリーの主張で話が食い違っている。

 いったい、どちらが正しいのか。

 それともアレスが討伐したグリフォンがフランメリーではないだけなのか。

 その真相を知るために、トウヤたちは山の奥に入っていった。




 ――パチッ、パチパチ。


 森の中をしらばく進むと、何かがはじけるような音が聞こえた。


「ゆに、じゃなくてトーちゃん、何か変な音が聞こえるよ」


 リノンは音に気づき、周りに視線を巡らせた。


「たぶん、サンダーラットが近くにいる」


 サンダーラット。平均レベル8。

 バレーボール程の大きさのネズミに似た魔物。

 体毛は灰色。発電時には黄色く発光する。

 名前の通りに電気を発生させて攻撃してくる。


「あ、ほんどだ! あそこでビリビりしてる」


 リノンが枝の上で、毛づくろいをしているサンダーラットを指差した。


「まだこっちに気づいてないみたいだな。それなら……」


 トウヤは弓を取り出して構えようとするが、それをリノンが止める。


「ちょっと待って。ここは私にまかせて」


 自信ありげに胸を張るリノン。

 どうやら良いところをトウヤに見せたいようだ。


「分かった。お手並み拝見といきましょう」


 トウヤは弓をしまってリノンに任せることにした。


 リノンは植物の種を取り出すと、魔力を込めて地面に埋める。

 すると、すぐに地面から一輪の可愛い花がぴょんと咲いた。

 どこにでも生えていそうな普通の花に見えるが、これは摩花だ。


「さあ、ヘビカズラちゃん。キミの出番だよ。

 あのサンダーラットを捕まえて。よろしくぅ」


 リノンが花に話しかけると、茎の部分がニョキニョキと伸び始めた。

 茎は少し伸びると分岐する。そして分岐した茎同士がねじれ、再び分岐を繰り返す。

 見る見るうちに伸びるヘビカズラのツル。

 その様子はまるで、へびの群れが獲物に向かって進んでいるように見えた。


「――――っ!?」


 異変に気づくサンダーラットだが、少し遅かった。

 逃げようと枝から飛び降りるも、足にツルが巻きつき、そのまま地面に落下。

 そしてサンダーラットはツルでぐるぐる巻きにされる。さながら絡まった毛糸玉の如く。

 ビリリ、ビリリとサンダーラットは電撃で抵抗するも、ツルの拘束は解けない。


「どう?」


 リノンが褒めて欲しそうな顔でトウヤの顔を覗き込んだ。


「お見事。素晴らしい手際だ。これならどんな敵が襲ってきても安心だな」


 トウヤが絶賛すると、リノンは満面の笑みをにぱっと浮かべた。

 リノンはツルの隙間からナイフを入れて、サンダーラットに止めを刺す。そして赤いクリスタルを手に入れた。

 トウヤたちは再び森の中を進み始める。


「友達とよく冒険に行ってるのか?」


 トウヤは、隣で楽しそうに歩くリノンに訊いた。


「うんっ行くよ。クラスの子とレアアイテムを探しに。

 最近はフラちゃんも一緒に行くんだよ、ねー?」


 リノンが同意を求めると、フランメリーはピィと返事をした。


「そっか。冒険は楽しいか?」

「楽しい! ……でも、やられるときは、ちょっと怖い」


 VRプレイの場合は五感がある。

 食べれば味を感じ、攻撃を受ければ痛みを感じる。

 セーフティ機能で一定以上の感覚を遮断するとはいえ、恐怖という感情は消せない。


「その怖いという気持ちも、この世界を遊ぶ上での醍醐味だいごみだからな」


 ゲームならいくら死んでも平気だが、現実では取り返しがつかない。

 恐怖を楽しめるのもゲームだからこそと言える。

 今や恐怖はエンターテインメントなのだ。


「知ってるよ。よく愛ちゃんが言ってるもん。

 恐怖を感じながら戦ってるときが一番楽しい。死闘こそが至高だって」


「その愛ちゃんって子は、この世界を存分に楽しんでるみたいだな」


「うん、なんでも知ってるし。クラスで一番強いと思う。

 レベルが上の男の子たちも倒しちゃうんだよ」


「へえ、そりゃすごいな」


「でしょう?」


 リノンはまるで自分が褒めらたように得意顔を浮かべた。

 その後もたわいない会話をしながら、トウヤたちは目的地に進んだ。

 第2世界ということもあり、遭遇する魔物はどれもレベルが低く苦戦することはなかった。


 森を抜けると、山肌がむき出しの開けた場所に出た。

 辺りにはゴツゴツとした石や岩が転がっており、荒涼とした印象がある。

 その中に異質なものが無数に落ちていた。


「……矢か」


 トウヤは足元にあった折れた矢を拾って、まじまじと見つめた。


「羽も落ちてるよ。なにかあったのかな?」


 リノンが辺りを見回しながら、のんきにつぶやいた。


「おそらく、大規模な戦闘があったんだろう。グリフォンとの……」


 トウヤが推測すると、フランメリーは肯定するように小さく鳴いた。

 フランメリーの体は微かに震えている。

 リノンがフランメリーの体を優しくなでると、震えは小さくなった。


 フランメリーが先導するように、二人の前を歩き始める。

 しばらく歩くと横穴を見つけた。辺りには似たような横穴がいくつか見える。

 この辺りがグリフォンたちの住処になっていたのだろう。

 横穴の前でフランメリーの足が止まった。


「ここがフランメリーの住んでいた場所か?」


 トウヤが訊くと、フランメリーは肯定するように鳴いた。

 辺りには羽と血らしきものが散らばっており、それが大勢の人間に踏みつけられた形跡がある。

 ここでフランメリーにとって悪夢のような出来事が起きた。

 トウヤとリノンはなんて声を掛けたら良いのか分からず、押し黙った。


「…………」


 ほんの一瞬の静寂が訪れる。

 しかし、その静寂を打ち破るように横穴の中から、足音が聞こえてきた。


 ……誰かがいる?


 トウヤたちは入口から少し離れて身構えた。


「うわ、びっくりしたわぁ」


 穴から出てきて、のんきな声で驚いたのは、獣人の女だった。

 頭の上には三角形の耳が、ぴょっこりと生えている。


「……犬耳、犬人ククルか。どうしてこんな場所に?」


犬人ククル? 残念ハズレ。これは犬耳じゃなくて狼耳。

 わっちは狼人ルプスでありんす」


 狼人ルプスは狼耳をピクピクと動かしながら、ニカっと笑顔を浮かべた。

 その無邪気な笑顔からは敵意を一切感じない。

 トウヤたちは少しだけ警戒を解いた。


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