049 虚無の燭台 -Void Girandole-



「鎧の中に炎波ファイアウェーブを。……でもどこから?」


 シトリーは自分のやるべきことを口にしながら、デスナイトを観察する。

 鎧の中に炎波ファイアウェーブを放つには、ロッドを鎧の中に差し込む必要がある。

 しかし全身を黒い鎧で包んだデスナイトに隙はない。

 差し込める隙間が見当たらない。


「シトリー! 首だ。首元に隙間がある」


 どうすればいいのか戸惑うシトリーに悠斗が声を掛けた。

 シトリーはデスナイトの首元に視線を向ける。

 直立状態では見えないが、少し前かがみになったとき、たしかに首元に隙間が見える。


「分かりました。首ですね!」

「滝川の作った柱に誘導する。それを使って上から攻撃するんだ」

「はいっ」


 悠斗は攻撃をさばきながら、デスナイトを上手く誘導する。

 その姿は、さながら闘牛士とうぎゅうしのようだ。

 荒れ狂う牛のような斬撃を剣一本で華麗に捌く。

 そして目的地への誘導を完了させた。

 デスナイトは二本の石柱に背を向けて立っている。


 悠斗がチラリとシトリーに視線を向ける。

 それを合図にシトリーは石柱に走り、少し手前で飛び跳ねた。

 右、左、右と二本の柱を交互に蹴って、石柱を駆け登る。

 そして石柱の頂上から、デスナイトに向かって飛んだ。


 ――ガッ!!


 シトリーがデスナイトの首元の隙間にロッドを差し込んだ。

 その瞬間、デスナイトは異変に気付く。――だが遅い。


炎波ファイアウェーブ!」


 シトリーが火の加護を開放し、魔法を発動させた。


 波動ウェーブ系魔法は、それほど攻撃力が高い魔法ではない。

 地面や壁に走らせて、フィールドに効果を及ぼす使い方をするのが一般的。

 氷結波フロストウェーブならば沼地を凍らせて足場を作ったり。

 炎波ファイアウェーブならば、壁のつるを焼き切ったりするために使用する。

 基本的には直接、敵に使うことはない。


 攻撃力の低い炎波ファイアウェーブを普通に使った場合、鎧を軽く焦がすだけで、ほぼダメージにならない。

 しかし、鎧の内側・・に使ったならば、話は一変する。

 炎の波が鎧の内側をいまわり、中を灼熱地獄しゃくねつじごくに変える。


 黒い鎧が加熱され、見る見るうちに赤く染まった。

 デスナイトはたまらずにひざを突く。

 鎧の亀裂きれつや関節部分から、ブワッブワッと火山が噴火でもするように炎が噴出している。その部分は特に赤色が濃い。


「今、楽にしてやる」


 悠斗はデスナイトの鎧の亀裂に剣を突き刺した。

 そして、


聖嵐ホーリーストーム!」


 剣に付与された風と識の加護を解き放つ。

 鎧の内側に発生した光の嵐は、炎の波を外に押し出す。

 小さな隙間から、火柱が轟々ごうごうと上がった。

 やがて風圧に耐え切れなくなった鎧が内側からはじけ飛ぶ。

 光の嵐は狭い空間から開放さる。そして上空に螺旋を描いて光の粒子が舞った。

 鎧を剥ぎ取られたデスナイトは、骨だけの姿になりガラガラと床に崩れ落ちた。


「やりましたね! トウヤさん! すごいです!」


 シトリーが嬉しそうに、悠斗の元へ駆け寄った。


「ああ、そうだね。

 これもシトリーのおかげだよ。ありがとう」


「そんなこと……。

 トウヤさんが的確な指示をしてくれたおかげです」


「シトリーが、ちゃんと役割を果たしてくれたからだよ」


 悠斗とシトリーは、お互いに手柄を譲り合う。

 なんとも微笑ましい空間が出来上がっていた。

 そんな空間をぶち壊すように、滝川とフランメリーが言葉を挟む。


「おいおいおい、褒め合うのは後にしろよお前ら。

 まだ終わってねーぞ。本命が残ってるんだからな」


「ピィ!」


 滝川とフランメリーの視線の先には、黒衣の男バエルがいる。

 バエルはデスナイトがやれたのにも関わらず、顔色一つ変えていない。

 それどころか微笑を浮かべていた。

 そんなバエルは唐突にパチパチパチッと拍手をする。


「お見事です陛下。

 よくデスナイトを倒されました。

 子供のお遊戯を見ているようで、とても楽しませていただきました」


 バエルは完全にシトリーたちを見下していた。

 そして、足元の頭蓋骨ずがいこつを踏み潰して、砕き割った。

 スケルトンを呼び出していたアイテム――聖者の頭蓋が破壊されたため、学校中に出現していたスケルトンたちは、これですべて消滅した。


 アイテムの破壊に驚くシトリーだが、すぐに気を取り直す。


「ずいぶんと上から目線だなバエル。

 足元にある魔王の遺産の効果で、レベル1なのはお前も同じだろう。

 それとも、お前だけは例外なのか?」


「ああ、これですか。

 これは虚無きょむ燭台しょくだい

 ご明察の通り、魔王の遺産です。

 効果は、範囲内のすべてを虚無へといざなうというもの。

 通常ならば、すでに建物は倒壊しているはずなのですが……。

 どうもこの第1世界は、他の世界とルールが異なっているようですね」


 不思議だ、とバエルは小首を傾げた。


「当たり前だ。ここは神界しんかい

 我らの世界とはことわりが違う。

 バエル、お前も薄々気が付いているのだろう?

 第1世界が特別だということに。

 そもそも、この世界に入るために、プレイヤーの許可が必要だということ自体がおかしい。

 そうは思わないか?」


「……まだそのようなことを。

 おそらく、この世界そのものに、何かしらの結界が張られている。

 それこそ魔王の遺産が使われている。

 そう考えた方がまだ現実味があります」


 バエルはシトリーの言葉を信じようとはしない。

 シトリーは歯噛みする。


「……バエル」


「あ、そうそう。

 何か勘違いしているようなので言っておきますが。

 この虚無の燭台には、レベルを1にするといった効果はありません。

 そもそもこの第1世界には、魔法やレベルという概念がない。下等かとうな世界。

 虚無の燭台を使うことで、レベルの概念を作り出している。

 レベルを下げているのではなく、レベル1までの天井をこの世界に作り出しているといった方が正しいですね」


「ならば、お前もレベル1か」


「その通りです」


「にしては、余裕だな。

 お前だけレベルが高いのなら、その余裕も分かる。

 だが、レベルが同じならば、数が多いこちらに分があるはずだ」


 シトリーの周りには悠斗、滝川、フランメリーがいる。

 一方、バエル側は一人きり。

 さらにフェンスの上にはロビンがいるはずなのだが、その姿は忽然こつぜんと消えていた。


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