050 魔人の姿



「はははっ、魔王が数の利を語るとは、これは面白い」


「何がおかしい?」


 突然笑い出したバエルをシトリーはいぶかしむ。


「くくくっ、これは申し訳ない。

 一騎当千いっきとうせんの力を持つ魔王が、数の力を語ることがおかしくてね。

 本来のあなたならば、数など気にすることもないでしょう。

 圧倒的な力の前に、数など意味をなさない。

 それが今、数を語っている。

 レベル1の魔王。レベル1しかない魔王。なんとおろかな。

 自らの強みを投げ捨てて、あなたはここで何をしている?」


 バエルは、魔王たるシトリーにいきどおっていた。


「お前の言葉はもっともだ。

 だが安全な場所にいては手に入らないものもある。

 私は、私が明君めいくんではないことを一番自覚している。

 ならば危険をおかしても、知見を広げるべきだと思った。

 今はまだ暗君あんくんかもしれないが、いずれ明君になると約束する。

 バエル、それまで私を支えてはくれないか?」


 真っ直ぐにシトリーはバエルを見つめた。

 バエルの瞳が揺れる。心が波立つ。


 ……自らを暗君だと言う暗君がいるか? ――否。

 暗君は自分の愚かさに気付かない、ゆえに暗君。

 自らの愚かさに気付くのは、まさに……。


 バエルの口元に一瞬だけ笑みが浮かぶ。

 それを打ち消すようにバエルは口を開いた。


「あなたが、ただの愚かな君主ではないことは分かりました。

 しかし、それは言葉の上でだけの話。

 あなたは危険を承知で、この第1世界に足を踏み入れた。

 自分の命を狙う刺客が来ることを、十分に予見よけんできたはずだ。

 私がやらずとも、いずれ誰かが現れる。

 ならば、私は私自身であなたを見極めたい。

 この場で私に殺されるなら、あなたはそこまでのうつわだったというだけ。

 真に暗君ではないことを、力をもって示してもらおう」


「……力なき王は王にあらず。

 臣下に迷いを生じさせたのは私の責任。

 ちょうど良い。

 私も私自身の器を計りたいと思っていたところだ」


 バエルの挑戦に正面から受けて立つシトリー。


「目的が一致したようですね。これで心置きなく戦えます。

 私は一騎討ちに拘りませんので、全員で掛かってきても結構です。

 あなたに力を貸してくれる仲間もまた、あなたの力なのですから。

 では、始めましょう」


 そう言うとバエルは、首元から透明なひも状の物を取り外す動作をした。

 首から外された瞬間に、それはパッと色を取り戻す。

 それは銀色の鎖、仮装の首飾りだった。

 仮装の首飾りは、文字通りに姿を偽るアイテム。

 それを外すことで、バエルは本当の姿を現す。


 銀髪は黒髪に変わり、頭からは禍々まがまがしい二本の角が生えている。

 そして銀色の瞳は、紅瞳こうどうに。白い肌はより青白く。

 軽装鎧を身につけた魔人バエルが、次はお前の番だとばかりにシトリーを見据えた。


 シトリーは自分の首元に手を添えた。そこにはバエルと同様に仮装の首飾りがある。

 着用者自身には、はっきりと見えるが、周りからは透明で見えない首飾り。


「…………」


 シトリーはわずかに躊躇ちゅうちょした。

 首飾りをはずせば、本来の姿を晒すことになる。

 今までずっと人間の姿で悠斗たちと接していた。

 魔人の姿を晒しても、今まで通りに悠斗たちが接してくれるのか不安を覚えた。

 だが、すぐにその不安を振り払い、シトリーは首飾りを手に取る。

 そして首から外そうと、


「――待って。それは着けたままの方が良い」


 シトリーの手を悠斗が止めた。


「え? どうして、ですか?」


 せっかく振り払った不安が、再びシトリーを襲う。

 悠斗は魔人の姿が嫌いなのだろうか? とシトリーは心配する。

 シトリーの不安げな瞳を見た悠斗は、優しげに理由を話す。


「あ、誤解しないで。

 別に、元の姿を見たくないとか、そういうのじゃないから」


「では、どういう?」


「俺たちだけだったら、外しても問題なかったんだけど。

 ギャラリーがいるから」


「え?」


 シトリーは屋上を見渡す。だが自分たち以外に人影はない。


「…………」


 悠斗は視線をフェンスの奥に投げた。そこには第二棟がある。

 第二棟のいくつかの教室から、悠斗たちのいる第一棟の屋上を見上げている生徒たちが見えた。

 角度的に屋上の全てが見えるわけではない。

 だが、第二棟寄りのフェンスに近づけば、姿を見られることになる。

 シトリーがフェンスに近づき、第二棟に視線を向けると、女子生徒たちが嬉しそうに手を振った。


「…………」


 シトリーは呆気に取られながらも、小さく手を振り返した。


「シトリーが魔王だと大勢に知られれば、ここに居づらくなる。

 この騒動が収まった後も、この学校に居たいのなら正体は隠した方が良い」


「……分かりました。このままの姿で戦います。

 もう少し、この学校に居たいですから」


 シトリーは仮装の首飾りを外さないと決めた。

 その様子を見ていたバエルが不機嫌に口を開く。


「勝利した後のことを気にするとは、余裕ですね」


「四対一。降参するなら今の内だぞ? バエル」


 シトリーの挑発に、バエルは不敵に笑みをこぼす。


「ずいぶんと見くびられたものですね。

 私が何の策も考えずに、戦いを挑んだと思われては心外です」


 そう言うとバエルは道具箱アイテムボックスから赤い剣身の剣を取り出した。


「……その剣がお前の策か?」


「炎獣の剣。この剣であなたをほふります。

 準備はいいですか? いきますよ」


「来なさい! バエル!」


 シトリーたちはバエルとの戦闘に身構えた。


 最初に動いたのはバエル。

 手に持った赤い剣を床すれすれに振るうと、剣身が炎に包まれる。

 振り切った後、その炎が剣身から放たれる。

 放たれた炎は、犬のような形に変わり四速歩行で床を駆けた。

 炎の犬はシトリーの喉元に食らいつこうと飛び跳ねる。


「はっ!」


 シトリーは襲い掛かってきた炎の犬をロッドで殴り付けた。

 炎の犬はボワッと蒸発するように消滅した。


「この程度か? バエル」


「今のは小手調べですよ。次はもう少し数を増やしましょう」


 再びバエルは剣を振るう。

 今度は一振りで、二体の炎の犬が出現する。

 それを二回。計四体の炎の犬が駆けた。


 一体一体の炎の犬は、それほど強くはない。

 だが数が増えれば話は別。

 素早い炎の犬の複数同時攻撃を一人で防ぐことは難しい。


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