051 炎の獣



「はっ!」


 シトリーが先行で飛び掛ってきた炎の犬を殴り飛ばした。

 そこまでは良かった。だが振り切った直後に、二体目が連続で飛び掛ってきた。

 隙だらけのシトリーに炎の牙を防ぐすべはない。

 体勢を整える時間もない。

 絶体絶命かと思われた。

 次の瞬間、


「――――!?」


 横から白銀がきらめき、炎の犬を切り裂いた。

 それは悠斗の振るった剣。

 悠斗は優しくシトリーに微笑む。


 安心するのも束の間、さらに後ろから炎の犬が迫る。

 無防備な姿を晒す悠斗の背中に、炎の犬が襲い掛かる。


「――トウヤさん!」


 シトリーが悲鳴にも似た声をあげた。

 しかし、悠斗は動かない。

 悠斗の首筋に噛み付こうと炎の犬が牙を見せた。


「うおりゃ!」


 滝川が剣を振り下ろし、炎の犬を叩き潰した。

 悠斗は振り返って滝川を見つめた。

 滝川はしたり顔で悠斗を見つめ返す。

 言葉は交わさず、お互いを認め合う二人。


 そんな二人に残りの炎の犬が横から飛び掛る。

 二人は炎の犬に振り返る。

 すぐ目の前に炎の牙が迫るが二人は動じない。


「ピィー!」


 雄叫びを上げて、フランメリーが炎の犬を殴り飛ばした。

 炎の犬はフェンスにぶつかり消滅した。


 四体の炎の犬を一人で倒すのは難しい。

 だが、シトリーには頼れる仲間が三人もいる。

 どうだ見たか! とシトリーは得意げにバエルへ視線を送った。


「なかなかやりますね。

 では、次は種類も増やしてみましょう」


 バエルが剣を上段から切り下ろす。

 すると、剣からは炎の鳥が生成された。

 炎の鳥は上空をくるくると飛び回り、すぐには攻撃を仕掛けてこない。

 空を飛ぶ炎の鳥に気をとられて、シトリーたちの視線は自然と上を向く。


「上から来るぞ! 気をつけろぉ!」


 滝川は上を警戒するように注意を促す。

 そこに炎の犬が高速で下を駆けてくる。


「いや、下だ!」


 悠斗が声を上げ、全員の意識を下に引き戻す。


「うわあ、犬っころも来てんのかよ!? おりゃー!」


 少しだけ反応に遅れたが、なんとか炎の犬に対処できた。


「さあ、まだまだ行きますよ」


 バエルは楽しそうに剣を振るう。

 そのたびに、剣からは炎の獣が放出された。

 炎の犬と炎の鳥、上下からの攻撃を必至に悠斗たちは耐える。

 悠斗は剣を振りながら、敵を分析する。


 ……数をこなして、だんだんと攻撃のパターンが見えてきた。

 攻撃の種類は大きく分けて、二種類。

 すぐに攻撃をするか。

 様子見をした後に攻撃をするか。この二種類だ。


 炎の獣同士が意思疎通をして連携をしている様子はない。

 連携に見えるのは、偶然タイミングがあった時のみ。

 数が多いから、その偶然が頻発するだけ。

 剣から放出された瞬間に、どういう攻撃をするのかがランダムで振り分けられている。


 悠斗が敵の行動を見破り、炎の獣を処理するスピードがあがった。


「……ほう」


 無駄のない悠斗の動きを見て、バエルは感心するように呟いた。


「やはり、単調な攻撃では倒せませんね」


 バエルが剣を横薙ぎに振るう。

 この中段の振りは、初めて見せる。

 剣にまとった炎が形を変えて放出される。

 その形は、さるのようであった。


「おい、なんか新しいのが来たぞ。注意しろよ」


 滝川が炎の猿を見て、注意喚起をした。


「今度は猿か。犬猿きじ、まるで桃太郎だな、……ん?」


 悠斗はすぐに異変に気付いた。

 炎の猿が出現した途端に、他の獣たちの動きが変わったのだ。

 今までは一直線に攻撃をするか。すこし周りを回って様子見をした後に攻撃をするか。この二パターンしかなかった。

 しかし今は、その二つに加えフェントをするようになった。

 攻撃を仕掛けるフリをして、横を通り過ぎていく。

 そして明らかに、獣たちは連携を取るようになった。

 偶然の連携ではなく、計画された連携に変化している。


「あの猿が指揮を取っているのか」


 炎の猿は距離を取って、直接攻撃は仕掛けてこない。

 安全な位置から、犬と鳥に命令を出しているのは明らかだ。

 攻撃が複雑化し、徐々に悠斗たちは劣勢になっていく。


「おい、いつまで耐えれば良いんだよ?

 このままじゃ、ジリ貧だぞ。体力がもたねぇ」


 滝川の言うとおり、このままではいつか体力が尽きてやられてしまう。

 悠斗と滝川は実体なので炎の熱を感じない。だがシトリーとフランメリーは熱さで体力の消耗が激しい。

 悠斗は何か良い作戦はないかと思案する。


「……猿二、鳥二、犬八。合計十二」


 悠斗は視線を巡らせて、炎の獣の数を把握する。

 猿をリーダーにして、鳥一と犬四。計六匹のチームが二つ。

 この二チームが上手く連携して攻撃を仕掛けてきている。


 炎の犬を一匹倒せば、バエルが犬を追加で召喚する。

 猿、鳥、犬の比率と、合計数は常に一定を保っていた。


「……最大で十二匹か」


 バエルの持つ炎獣の剣が出せる炎の獣は、十二匹が限界。

 十二匹以上の数を同時に出現させることはできない。

 しかし、一匹倒せば、そのたびに一匹が追加で補充される。

 このまま一匹づつ倒していても埒が明かない。


 炎の獣を倒すのではなく、動きを封じれば良い。

 十二匹を別の場所に隔離できれば、バエルに近づくことができる。


「みんな、炎の獣を封じる作戦を思いついた」


 悠斗の呟きに、全員が笑みをこぼした。

 炎の獣に対処しながら、悠斗は全員に作戦内容を伝えた。



「なるほど、大胆なことを考えるな。でもおもしれぇ作戦だぜ」

「でも、それだとお二人が……」

「ピィー」


 滝川は作戦に乗り気だが、シトリーとフランメリーは不安そうな顔をしている。

 作戦は、悠斗と滝川の二人が犠牲になることが前提になっていた。


「犠牲になるのは俺と滝川の仮想体。本体はどうにもならない。

 それにリアルアバターは、本体さえ無事なら、また作成できる。

 作成にはちょっと時間がかかるから、この戦闘からは離脱することになるけど」


「……分かりました。二人が良いというのなら」


 シトリーの最終確認に滝川が頷く。


「俺は良いぜ」


「よし、決まりだ。作戦を始めよう」


 こうして炎の獣を封じる作戦の実行が決まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る