052 カメラを止めて
「滝川、準備は良いか?」
「ああ、バッチリだぜ」
炎の獣たちの攻撃を防ぎながら、悠斗と滝川は作戦の準備を進めた。
準備といっても、剣に岩石草の加護を付与した以外、特に変わったことはしていない。
あとはデバイスのカメラをオフにする方法の再確認をした程度。
「シトリーとフランメリーも準備は良い?」
「はい!」
「ピィー!」
ふたりの返事に悠斗は頷く。
「よし、作戦開始!」
悠斗の号令で全員が行動を始める。
シトリーとフランメリーは寄り添う。悠斗と滝川は少しの間隔をあけて並び立つ。
そして二人そろって、剣を床に当てて地の加護を開放する。
「「
二人を中心に床が振動を始め、
その様子はまるで、黒いヘビが這いずり回るようだ。
二人が並んだ中間地点で、亀裂同士がぶつかる。
重なった亀裂は大きくなり、床を破壊して穴を空けた。
「滝川! カメラ!」
「ああ、分かってるよ。カメラをオフにっと……。これでオッケーだぜ」
悠斗と滝川は、自身のデバイスについているカメラ機能を停止させた。
二人がレイス状態になったため、仮想体と実体にズレが生じ始める。
そして、ウェア操作が不可になった。
二人は自分の仮想体から、幽体離脱するかのように離れて、その背中を見つめる。
床に空いた穴は、徐々に大きさを増していく。
穴はあくまで仮想空間内の話であり、現実ではもちろん穴は空いていない。
もしも穴を撮影するカメラがあったのなら、すぐに現実が反映されて穴は塞がっただろう。
しかし、今はそのカメラが停止されている。
穴は塞がることなく仮想空間の屋上に広がり続ける。
このままでは、悠斗と滝川の仮想体は穴に飲まれ、屋上から階下に落ちる。
だが、それで良い。それこそが悠斗の考えた作戦だ。
悠斗と滝川の仮想体を犠牲にして、炎の獣を階下に隔離するのが目的。
炎の獣を穴に落とした後、カメラを再起動し、穴を塞げば作戦完了。
シトリーがフランメリーの背に乗って、上空へ飛び立った。
その眼下では、屋上の床が破壊されて大穴が黒く広がっている。
床に剣を当てて固まったままの二人の仮想体と一緒に、炎の獣たちが穴に飲まれていった。
空を飛んでいた炎の鳥の二羽が穴の中に飛び込んでいく。
おそらく炎の猿が「助けろ」と命令したのだろう。
「カメラを戻す」
「オーケー」
悠斗と滝川が、停止させていたカメラ機能を再び起動させた。
カメラが穴を捉えると、見る見るうちに穴は塞がっていく。
そして穴は、二人の仮想体と炎の獣十二匹を階下に残して、完全に塞がった。
――かのように見えた。
しかし、炎の鳥の一羽が穴から抜け出して、屋上に戻ってきてしまった。
「ピィー!」
屋上に舞い戻った炎の鳥をフランメリーが足で捕らえ、そのまま地面に押さえつけた。
シトリーはフランメリーの背から降り立ち、水氷草を取り出す。
そして、
「
フランメリーの足に魔法を発動させた。
これでフランメリーは熱ダメージを受けずに、炎の鳥を抑えることが出来る。
「なんだ今のは? なぜ穴が一瞬で塞がった?
いったいなんの魔法を使った?」
バエルは驚愕していた。
MR世界のルールを完全に理解していないバエルにとっては、穴を塞いだ事象が魔法のように見えたのだ。
しかし、実際は魔法ではなく、MR世界の基本ルールに過ぎない。
――MR世界は
そもそも現実世界の屋上に穴は空いていない。
だから、カメラで現実の屋上を映せば、現実が優先され、穴は無かったことになる。
「バエル、何を驚いている?
穴が塞がったことが、そんなに驚くことか?
お前は、この世界のことを知らなすぎる」
「……うっ」
シトリーの手厳しい言葉に、バエルは気圧された。
だが、すぐに気を取り直す。
「炎獣を封じたぐらいで、いい気にならないでください。
あなたは仲間を二人も失った。
残っているのは、あなたとグリフォンだけだ。
さらに、グリフォンは炎獣を押さえているため戦闘には参加できない。
実質、あなた一人しか戦えない」
「一人なのはお前も同じだろう、バエル」
「……いいでしょう。私自らあなたを倒して差し上げます」
バエルが足を踏み出す。その足取りは力強い。
絶対に勝つという強い意思を漲らせながら、バエルはシトリーへと近づく。
そしてシトリーとバエルの一対一の戦いが始まった。
その様子を滝川とフランメリーが、少し離れた場所で固唾を呑んで見守っていた。
ただ、悠斗だけはその戦いから背を向ける。
「下の階の様子を見てくる」
「……ああ」
二人の戦いが気になる滝川は、生返事を返した。
悠斗は気にする様子もなく、屋上を静かに出て行った。
バエルが炎獣の剣を振るう。
その剣身は炎に包まれているが、そこから炎の獣が放たれることはない。
最大召喚数の十二匹は別の場所で動きを封じられている。十一匹は階下に、一匹はフランメリーの足元に。
そのため、純粋な剣戟が繰り広げられた。
シトリーはバエルの剣をロッドで捌く。
しかし、少し動きがぎこちない。
デスナイトと炎の獣たちとの連戦で、体力が減ってしまっているためだ。
さらに、炎の剣を受けるたびに、熱ダメージが徐々に蓄積されていく。
シトリーは徐々に劣勢になっていった。
「……くっ」
シトリーはバエルから大きく飛び退いた。
バエルは自分の優勢を確信し、無理に追撃はしてこない。
シトリーは水氷草を取り出し、ロッドに水の加護を付与した。
「
シトリーは息を整え、ロッドを構え直した。
「随分とお疲れのようだ。もう少し休憩してもいいのですよ?」
「……減らず口を、今黙らせてやる!」
余裕の笑みを浮かべるバエルに、シトリーが猛攻を仕掛けた。
炎の剣と氷のロッドが激しくぶつかる。
熱ダメージが減ったためか、シトリーの動きが良くなっていた。
シトリーの猛攻は止まらず、そのままバエルを圧倒する。
バエルは防御に徹し、何とか攻撃をさばく。
だが、足元の注意がおろそかになった瞬間に、足払いをくらい転倒する。
「
シトリーは床にロッドあてて魔法を放った。
床に冷気が走る。
その冷気は、倒れたバエルを床に貼り付けにした。
動きを封じられたバエルの顔の前に、ロッドが突きつけられる。
「勝敗は決した。負けを認めろ」
「…………」
バエルの顔には薄い笑みが浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます