053 炎の分身 -Flame Duplicate-
シトリーは眉をひそめて、バエルに理由を問う。
「何を笑っている? 負けたのがそんなに
「いや、失礼。あなたの甘さに、つい笑ってしまいました」
「お前に止めを刺さないことが、不満か?」
「殴られて気絶でもすれば、私は素直に負けを認めたでしょう。
しかし、まだ私は戦える」
「お前が負けを認めぬままに、立てば。
その時は、望みどおり気絶させてやる」
シトリーが鋭くバエルを見下ろす。
だがバエルはどこ吹く風と余裕の笑みを崩さない。
「あなたの甘さが勝利を逃がすことになります。……時間です」
バエルが意味深なことを呟いた瞬間、後ろでフランメリーが鳴き声を上げた。
シトリーが振り返る。
そこには炎の鳥を抑えつけるグリフォンの姿があった。
一見すると、変わったところはないように見える。
しかし、よくよく見ると足元の炎の鳥がだんだんと小さくなっているのが分かった。
そして、最後には炎の鳥が完全に消滅してしまった。
「鳥が、消えた」
シトリーはバエルに視線を戻す。
次の瞬間、バエルの体は炎に包まれる。
「なんだ? いや、考えるのは後」
シトリーは一瞬だけ考えようとしたが、すぐに意味がないと悟りロッドを振りかぶった。
バエルの顔をめがけて、ロッドを振り下ろす。
――キンッ!
シトリーのロッドは防がれた。
防いだのは炎の剣だ。
バエルの体を包んでいた炎が人型になり、その炎の人が持つ剣がロッドを受け止めた。
やがて炎の人はバエルと同じ姿になる。色は燃え盛る炎のままに。
「残念でした。時間切れです。
炎獣は召喚したら、倒されるまで存在し続ける。
しかし、一定時間経てば、強制消去ができるんですよ」
炎の分身、言うなれば炎身。
それに守れながら、バエルは悠々と立ち上がった。
シトリーは自分のミスに歯噛みする。時間稼ぎをされていることに気付けず油断した。
後悔させる間も与えずにバエルと、その炎身が切りかかってきた。
二対一になり、圧倒的に不利な状況に追い込まれるシトリー。
手の空いたフランメリーがシトリーの加勢に入る。
「ピィー!」
「邪魔だ! 失せろ!」
フランメリーが加勢に入るも、バエルの一振りでやられてしまう。
倒れたフランメリーに止めを刺すべく、炎身が近づく。
「フランメリー! 逃げて!」
シトリーはバエル本体の攻撃を受けるので手一杯。フランメリーを助けることは出来ない。
炎身が剣をフランメリーに振り降ろそうとする。
そこに、剣が一直線に飛んできた。切っ先は炎身の胸部を狙っている。
――キンッ!
炎身は咄嗟に防御し、飛んできた剣をはじいた。
はじかれた剣は空中をくるくると回転する。
「……
はじかれた剣のすぐ近くにトウヤが姿を現す。
トウヤは空中で回転する剣を掴むと、軽やかに着地した。
「トウヤさん!」
「……ピィー」
「八神、じゃなくてトウヤか! そういえば、あいつ下の階に行くっていってたな。
まさかVRでログインしてきたのか!」
シトリー、フランメリー、滝川がトウヤの登場に声を上げた。
「炎の獣が消えたから、もしやと思ったけど。
ギリギリで間に合ったみたいだね。
こっちの炎の分身は俺が抑えるから、シトリーは本体を頼む」
「はい!」
トウヤが炎身を抑え、その間にシトリーがバエルと戦う。
トウヤの実力ならば、炎身を軽々と倒すことができる。
しかし、あえて倒さないように、手加減をしていた。
もしも炎身を倒してしまうと、再び炎の獣を呼び出される可能性がある。
十二匹を相手にするよりも、一体のままの方が
シトリーは、一対一になったバエルに猛攻をしかける。
その攻撃からは迷いが消えて、一撃一撃が早く重くなっていた。
トウヤならば、必ず炎身を抑える。だから自分はバエルとの戦闘にだけ集中すれば良い、とシトリーは割り切っていた。
一方、バエルは集中できていない様子だ。
目の前のシトリーよりも、炎身とトウヤの戦いの方が気になってしまっている。
心の中で、早く炎身が倒されてくれと祈る。だが、なかなか炎身が倒されない。
バエルの焦りが増す。
そしてトウヤが炎身を倒す気がないと、ようやく気付く。
――そいつは無視して。こっちを手伝え!
バエルは心の中で、炎身に命令を出した。
炎身はくるりと体を回転させ、トウヤに背中を向けた。
戦闘中に背中を見せれば、普通はやられる。だがトウヤは攻撃しないだろうとバエルは踏んでいた。
別に、予想が外れて炎身がやらたら、それでも構わないとも思っていた。
倒されれば再び炎獣を呼び出すことが出来る。そうすれば数で圧倒できる。
バエルの予想は的中し、トウヤが炎身の背中を切ることはなかった。
炎身はシトリーの元に走り寄る。
バエルとの戦闘に集中しているシトリーは、後ろから接近する炎身に気付いていない。
無防備なシトリーの背中に炎身が剣を振り上げた。
バエルが勝利を確信し笑みをこぼす。炎身と同時攻撃すれば防御は不可能だ。
その瞬間、目の端に飛来する剣の鞘を捉える。
くるくると回転する鞘は炎身の頭を越え、シトリーの頭の上に到達する。
「
鞘の元にトウヤが瞬間移動した。
トウヤは空中で鞘を掴む。
そして右手の剣でバエルを、左手の鞘で炎身の攻撃を抑えた。
「な、にッ!?」
バエルの笑みが歪む。
バエルと炎身の前後同時攻撃が、トウヤ一人に防がれている。
そして今、シトリーだけが完全にフリーの状態。
防御が取れないバエルの腹に、ロッドが炸裂した。
バエルは、苦しげな声を漏らす。
そこにシトリーが連撃を放つ。
バエルは防御をしようとするが、剣を弾き飛ばされる。
剣を失ったバエルは、サンドバック状態でボコボコに殴られた。
「はああああッ!」
シトリーが最後に顔面への攻撃を放ち、バエルは床に倒れて沈黙した。
と同時にトウヤが炎身の首をはねる。炎身は溶けるように消滅した。
シトリーは、倒れたバエルを見下ろしながら息を整える。
そこに、トウヤが声を掛ける。
「お疲れ様、シトリー。これでひとまずは解決かな」
「トウヤさんのおかげで、無事に倒すことが出来ました。
ありがとうございます。
それと大変迷惑をおかけしました」
シトリーはトウヤに頭を下げる。
バエルは魔王であるシトリーの部下。つまり身内が引き起こした事件であり、その責任は上司のシトリーにもある。
「俺は迷惑だと思ってないから、気にしなくていいよ。
珍しい経験ができて、むしろ楽しかった。
それにあいつから……」
「……あいつ?」
「いや、なんでもない。気にしないで」
トウヤは珍しく動揺し、無理やりに会話を打ち切る。
そんなやりとりをしていると、バエルがうめき声を漏らして、体を起こした。
「う、ううぅ。……どうやら私の負けのようですね」
「ようやく認めたか」
バエルとの勝敗が決し、シトリーは安堵した。
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