054 魔石爆弾



 バエルは何かを悟ったように、穏やかに口を開く。


「あなたがプレイヤーとの共存を望むのなら、それもいいでしょう。

 先代、そして二代目。ともにプレイヤーとの共存を望んだ。

 きっと、そこには何かしらの意味がある。もしくは変えられぬ運命か」


「バエル、お前が私に刃を向けたのは、世界の行く末を案じてのこと。

 考え方は違うが、私もお前も世界を想う気持ちは同じだ。

 魔王がいくら力があろうとも、私一人では限界がある。

 99の世界。私が変えられるのは、その中の一つがせいぜい。

 数字にすれば、私の影響力はたかだか1%以下。

 だが、仲間がいれば、その数字を上げることができる。

 バエル、私に力を貸してくれないか?」


「……つくづくあなたは甘い。

 反逆者を許し、あまつさえ信用し協力を願い出るとは……。

 見方を変えれば、慈悲深く寛容だとも言える。

 しかし、いつかその甘さが悲劇をもたらすでしょう。

 その前に確認したい。

 どうしようもない力にさらされた時、あなたが何を選択するのか」


 バエルはそういうと道具箱アイテムボックスから大きなたるを出現させた。

 樽の上部にはパネルのようなものがあり、それにバエルは手を添える。

 バエルが手を離すと、パネルが赤く灯った。


「これは魔石爆弾です。

 魔石は一定量の魔力を保存することができる。

 しかし、一定量を越えて魔力を注入すると爆発を起こす。

 この樽の中には限界ギリギリまで魔力が注入された魔石がぎっしりと入っています。

 そして今、最後の魔力を注入し臨界点を超えました。

 数分後に、この建物の周辺をすべて吹き飛ばします。

 道具箱アイテムボックスに収納したり、別世界に転送することはできないように、この樽には次元錨ディメンションアンカーがかけられています。

 さあ、あなたは何を選択する?」


 バエルは試すような視線をシトリーに向けた。

 爆発に巻き込まれて、この建物と一緒に吹き飛ぶか。

 それとも建物内のプレイヤーたちを見殺しにして、自分だけ逃げるか。

 究極の選択。


 通常なら、悩むこともなく逃げるのが正解だ。

 プレイヤーたちを見殺しにしても、データがあれば復元できる。

 しかし、今は死んだ場合に元データが消去されるというエリアルールが適応されている。

 プレイヤーたちにも死に近い概念が適応されてしまっている。

 爆発に巻き込まれれば、NPCと同様に消滅する。


「…………」


 シトリーは思案する。

 この場に残ることは、死を意味する。

 しかしプレイヤーとの共存を望むという意志と覚悟は突き通すことができる。


 反対に逃げ出せば、生き残れる。

 しかしプレイヤーとの共存を望むという意志と覚悟を曲げることになる。

 むを得ないという考えもできる。

 だが些細な妥協が重なれば、やがて意志と覚悟はもろく崩れ去る。


「……バエル」

「大丈夫だよ、シトリー。爆発は止められる」


 身を固くしていたシトリーの肩に、トウヤが優しく手を置いた。


「ほ、ほんとうですか?」


 トウヤの言葉に驚くシトリー。


「何をバカなことを!

 もう爆発は誰にも止められない。この私ですら無理だ」


 バエルがトウヤの言葉を切って捨てる。

 トウヤはバエルを一瞥いちべつして、すぐにシトリーに視線を戻した。


「魔力によって爆発するのなら、防ぎようはある。

 この世界から魔力を無くせば良い」


「そんなことが出来るんですか?」


「そもそもこの第1世界に魔力は存在しないよ。

 今はエリアルール内だから、魔力があるだけ。

 エリアルールを止めれば、魔力はなくなる」


「つまり虚無の燭台の効果を止めれば良いんですね!」


「その通り」


 トウヤが頷くとシトリーは虚無の燭台の元に走り寄った。

 そして身をかがめると、黒い炎に向かって、フッーと息を吹いて炎を消した。

 だが、何も変化は起きない。

 あいかわらず、建物は老朽化したような状態だ。

 シトリーが燭台を手に取り、色々な角度から見ている。

 それを見たバエルが大笑いをする。


「あはははッ! それは偽物です。残念でしたねぇ!

 本物は別の場所に隠してあります。

 ですが、今から探しても、もう間に合わないでしょう。

 さあ、早くお逃げなさい」


 勝ち誇ったような顔のバエルを見て、トウヤはやはりかと思う。

 だが、虚無の燭台が偽物である可能性を考慮して、すでに手を打っている。


「ロビン先輩。大丈夫ですか?」


 トウヤはロビンに通信を繋いで呼びかけた。

 目の前にスクリーンが表示され、青いコマドリが映し出される。


『その大丈夫ですか? は私がちゃんと仕事が出来たかを疑っているという意味か?』


「いや、その大丈夫ですか? ではなく。

 大変な仕事だったので、お体の方は大丈夫ですか? とそういう意味です。

 ハードアバターなので疲れるということはないと思いますが。

 間接部分の油切れを起こして、不調がないか心配で。

 決して、先輩の仕事っぷりを疑っているわけではないです」


 トウヤはすぐさまロビンの機嫌を取る。

 言い争いをして時間を無駄には出来ない。

 ここは素直に折れるのが、最適解。


『ふん、それなら良い』


 ロビンは満足げに頷いた。

 屋上にある虚無の燭台に偽物の可能性があったため、悠斗は密かにロビンへ本物を探すよう依頼していた。

 ロビンは本物を探し回っていたので、途中で屋上から姿を消していた。


「それで場所はどこです? もう時間が――」


『――分かってる。今データを送った。

 データを開けば、ブツの場所までのガイドラインがARで表示されるはずだ。

 あと私の視界も送る』


 ロビンが映るスクリーンの隣に、もう一つ別のスクリーンが開く。

 そのスクリーンには、ロビンの今の視界が表示され、虚無の燭台が映っていた。

 今、ロビンは本物の虚無の燭台の目の前にいる。


「……開きました。ちゃんとガイドラインは表示されてます。

 先輩はガイドラインを見上げててください。

 そっちに何かが飛んでいくと思います」


 トウヤの視界に、ARの白い点線が表示されている。

 白線はトウヤと虚無の燭台を結んでいる。

 最短距離で結んでいるわけではなく、障害物を避けて結ばれているようだ。

 この白線に沿って歩けば、虚無の燭台の元へたどり着くことが出来る。

 だが一歩一歩近づいていては、時間が足りない。

 それに白線は屋上のフェンスを越えて、下の方に向かっている。

 楽々とたどりつける場所にはないことが明らかだ。


 トウヤは風雷草と空時草を剣に付与する。

 そして、


制御コントロール……風刃ウィンドカッター


 風の刃が剣から放たれた。

 白い点線をなぞるように風の刃が飛行する。

 フェンスを越えるために、白線が少しだけ上に盛り上がっていた。

 このまま真っ直ぐに風の刃が進めば、フェンスに激突してしまう。


 通常の風刃ウィンドカッターは、真っ直ぐにしか飛ばない。

 しかし、空属性を加えることで、自在に操ることが出来るようになっている。

 白線にならって、風の刃も高度をあげフェンスを乗り越えた。

 そして風の刃は下降する。


 風の刃が屋上の床よりも下に消え、目視できなくなってしまった。

 普通なら、見えない風の刃を操縦することは難しい。

 どこでどのように飛行しているのか、予想を元に動かすことになる、そのため実際の位置にズレが発生する。

 だが、トウヤは完璧に風の刃を操作していた。


 トウヤ自身は直接、風の刃を視認できないが、代わりにロビンが視認し、その様子を映像で送信しているため、操縦が可能だった。

 風の刃が白線をなぞって、目的地に向かう。

 目的地はもちろん虚無の燭台だ。

 虚無の燭台は、四階の外壁にある小さな出っ張りに、ぽつんと設置してあった。

 その出っ張りは、窓から体を乗り出して覗かないと、絶対に目にすることがない場所だ。


 風の刃は吸い込まれるように虚無の燭台に飛んでいく。

 そして、三本の黒いロウソクに灯る黒い炎をき消した。

 次の瞬間、世界は色を取り戻す。

 荒廃し色あせた校舎の床や壁は、時間が巻き戻るように元通りになった。


 虚無の燭台が発動させていたエリアルール、虚無への誘いが停止した。

 世界から魔力が消え、レベルとステータスといった概念も消えた。


 これで魔石爆弾が爆発することはなくなった。

 魔力を動力にしていた魔石爆弾の赤いパネルが消灯する。

 バエルが慌ててパネルに手を添えるが、再びパネルが点灯することはなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る