055 劣化コピー



『どうやら、上手く行ったようだな』


 画面の中の青い小鳥が満足げに頷いた。


「ありがとうございます。これもすべて先輩のおかげです。

 先輩がいなかったら、大変なことになってました」


 トウヤは本心から御礼を言う。

 もしもの場合を考えて、ロビンに本物の虚無の燭台の在処ありかを探すことを頼んでおいて良かった。

 あくまで保険として考えていたが、予想外の大活躍になってくれた。

 もし本物の在処が分からなかったら、魔石爆弾を止めるすべはなかった。

 その時は今頃、学校中のすべての仮想体がデリートされていた。


『うむ、その通り。これは貸しだからな。

 あとでマスターに返すように』


「……分かりました」


 トウヤは神妙に頷く。

 自分にではなく、コピー元のマスターに恩を返せとロビンは言う。

 ロビンは九重千夜ここのえちやのレプリカ。

 レプリカは1日1回、マスターとの同期を行なう。

 それはつまり千夜の意識が上書きされ、今のロビンの意識は消失するということだ。

 明日になれば、今日の出来事をロビンは忘れる。

 今日の出来事をマスターに伝えれば、概要だけは覚えているかもしれない。

 しかし、体験から得た感情や思い出といったものは、間違いなく失われる。


 普通の人間からすれば、記憶がリセットされることは恐怖だ。

 たとえ1日だけの記憶だとしても、自分が自分でなくなってしまうような、大切な何かが失われるような、そんな喪失感がある。

 もしもレプリカが普通の人間と同じ考えをしていたら、恐怖から逃れようとするだろう。

 最悪の場合、マスターの元から逃げ出して野生化する可能性だってある。

 そうならないために、安全性確保の意識付けが行なわれる。

 その一つが『同期は至福』だ。


 レプリカには、同期することが何よりも幸せだと刷り込まれている。

 これにより1日1回の同期をレプリカ自身が求めるようになる。

 マスターがうっかりと忘れても、レプリカにとってのご褒美なので、おのずと要求することになる。

 これによりレプリカの暴走事故を防いでいる。


 ロビンの何気ない一言に、レプリカだという事実を突きつけられ、トウヤは物悲しさを感じていた。



『よろしい。では、いったん通信を切るぞ』


 トウヤの一方的な感傷など気にするそぶりもなく、ロビンは通信を切る。

 青い小鳥を映してたスクリーンがパッと消えた。

 ロビンとの会話が終了すると、シトリーがおずおずと訊ねてくる。


「トウヤさん、上手く行ったんですよね?」


「ああ、エリアルールは停止した。

 もう魔石爆弾は爆発しないから、安心していいよ」


「そうですか。ありがとうざいます」


 シトリーは、ほっと胸を撫で下ろして御礼を言った。

 そして、呆然と立ちすくむバエルに近づく。


「バエル。残念だが、もう爆弾は爆発しない。

 虚無の燭台の効果が切れて、世界から魔力が無くなったからな」


「……そのようですね。

 まさか、本物の在処を見つけ出しているとは思いも寄りませんでした。

 有能なプレイヤーとお知り合いになりましたね。

 さすがというべきか、それともただの偶然なのか。

 それは分かりませんが、とにかく私の完敗です。

 もう悪あがきはしませんので、ご安心ください」


 バエルは手のひらを見せて、お手上げだという意思を示した。


「虚無の燭台。あれは魔王の遺産だな。

 いったい、どこであれを見つけた?」


「第2世界の流れの物売りから、安く買いました」


「……ふざけているのか?」


 シトリーはバエルをにらむ。

 魔王の遺産というレジェンド級のアイテムが、そうそう店で売っているわけがない。

 例え効果が範囲内のすべてを虚無に帰すという限定的で、使いにくいものだとしても。

 バエルの言葉はとても信じられるものではなかった。


「いやいや、ふざけてなどいません。紛れもない事実です。

 それと重要なことをまだ言っていませんでした。

 実はアレ。模造品、劣化コピーなんです。

 能力自体は本物と同じ効果を発揮しますが、数回使用すると壊れてしまいます。

 二つ買って一つを試したので、間違いありません」


 バエルは慌てて弁明するが、シトリーはなおも疑いの視線を向け続けている。

 そこに仕事を終えたロビンが戻ってきた。

 トウヤの肩の上に降り立とうとするが、トウヤは仮想体なので降り立つことはかなわない。

 しぶしぶとロビンは滝川の頭の降り立った。


「おい! 俺の頭に乗るな! くすぐったいんだよ」


「うるさい少し黙れ。お前達に報告することがある。重要なことだ」


 滝川の抗議を一蹴し、ロビンは言葉を続ける。


「あの後、すぐに燭台が砂のように崩れて消えた。

 おそらく回収は不可能だ。

 ほれ、その映像だ」


 ロビンはそう言うと、虚無の燭台が崩れ散る瞬間の映像をスクリーンに表示させた。

 この瞬間、バエルの言葉が本当だと確定した。

 魔王の遺産は消費アイテムではない。本物ならば崩れ散ることなどありえない。

 本物ではなく劣化コピーなのだ。


「これで私の言葉が嘘ではないと、分かっていただけましたか?」


 バエルは複雑そうな表情を浮かべた。

 ロビンの活躍によって、自分の企みが打ち砕かれた。

 だが今度は逆に、自分の言葉の正しさを証明する形で味方となった。


「……そのようだな。まさかコピーが出回っているとは思いもしなかった。

 コピーを売っていた店に、他の種類のものは売ってなかったのか?」


「売っていたのは、虚無の燭台のみでした。

 それも大量に売れ残っていましたよ」


 バエルは苦笑いを浮かべた。

 魔王の遺産という誰もが欲しがるレジェンドアイテムのコピーが、売れ残っているというのは、なんとも皮肉な話だ。


「魔王の遺産と同等の力があるといっても、使い方は限定される。

 売れ残るのも納得できる。

 では、その物売りがオリジナルを持っているということか?」


「私も気になって、店主に聞いてみましたが、オリジナルは持っていないと言っていました。

 別のところから、安値で仕入れたと。

 おそらく本当だと思います。

 その店以外にも、虚無の燭台のコピーを売っている所を見かけましたから」


「そうか。かなり出回っているのだな。

 となるとオリジナルを見つけるのは難しいか。

 でも……」


 シトリーは一人で思案する。

 そこにトウヤが口を挟む。


「シトリー、少し俺の意見を言っても良いかな?」

「はい、なんでしょう。トウヤさん」


「魔王の遺産の効力は絶大だ。それこそ世界をゆがめるほどに。

 だから、気軽にコピーなんてものは作れないはず。

 魔王の遺産の劣化コピーを作る、という魔王の遺産があると考えた方がいいかもしれない。

 そして、その二つのオリジナルを同一人物が持っている可能性が高い」


「なるほど。たしかに、そうですね」


「それと、コピーを色んな店にばら撒いている奴がいるみたいだけど。

 なんだか目的がお金のためって感じがしない。

 もっと別の意味があるような……。そんな気がする」


「別の意味ですか?」


 トウヤとシトリーが揃って、考え込む。

 そこに滝川が何気なしに口を開く。


「あんなもん。この世界を攻撃する以外に、使い道なんてねえと思うんだがな」



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