056 すれ違い



「……そうか!」


 滝川の言葉に、トウヤは声を上げた。

 シトリーと滝川が、トウヤのちょっと大きな声に驚く。


「トウヤさん、何か分かったのでしょうか?」


「コピーを大量にばら撒いている理由が、なんとなく分かった。

 理由は二つ考えられる。

 一つは大元おおもとを特定しずらくするためだ。

 量が増えれば、元をたどるのが難しくなる。

 レジェンド級アイテムを所持してることが他人に知られれば、自分の身に危険が及ぶ可能性がある。

 だから自分の身を守るためにも、大元を特定させずづらくするのは、自然だと言える。

 大事なのは二つ目の理由。

 滝川の言うとおり、虚無の燭台はこの第1世界を攻撃するのに使える。

 実際にバエルが使って見せたように。

 この世界を攻撃するということは、つまりプレイヤーを攻撃するということ。

 虚無の燭台の一番恐ろしい効果は本来、不死身であるプレイヤーを殺せるというところにある。

 この第1世界で使わずとも、第2世界以降でも、おそらくその効果は発揮する。

 コピーをばら撒いている奴の目的は、プレイヤーの大量殺害。

 いや、大量消去と言った方がいいかもしれない」


「NPCの中には、プレイヤーが気に食わないって考えの奴もいるだろうし。

 大規模のプレイヤー狩りなんてもんが、もし始まったらヤベぇだろうなぁ」


 トウヤの意見に、ぼんやりと同意をする滝川。

 そんな時、バエルがふっと笑みを浮かべる。


「ふふっ、人間種のクセにプレイヤーを嫌う者がいるとは、面白い。

 創世戦争でプレイヤーに助けらた恩を忘れるとは、おろかな奴らだ」


 バエルの人間蔑視発言に、シトリーは冷静にさとす。


「バエル。人間と魔人では、寿命が違うのを知っているか?

 人間の寿命は100年。対して魔人は200年。

 創世戦争から100年が経ち、あの時に生きていた人間はいない。

 2世3世と世代が変わり、知識でしか知らない者にとっては、助けられたという実感がない。

 それにこの100年、プレイヤーは一切姿を見せなかった。

 そんなプレイヤーが最近になって現れ、我が物顔でいれば、面白くないと感じる者がでても不思議ではない。

 特に貴族階級は、民達の信頼がプレイヤーに移り。今の立場が揺らぐものもいるだろう。

 そんな者達にとって、プレイヤーは邪魔以外の何者でもない」


「…………」


 バエルはすっかり嘲笑ちょうしょうを収めていた。

 バエルからの反論がないと分かると、シトリーはトウヤに向き直る。


「ごめんなさい、話の腰を折ってしまいましたね」


「いや、なかなか面白い視点の話だったよ。

 特に貴族階級がプレイヤーを邪魔だと思っている、というところ。

 動機としては、かなりありえるんじゃないかな」


「そうですか。参考になったのなら良かったです」


 シトリーは、トウヤに褒められて嬉しそうな笑顔を見せた。

 その顔は決してバエルたち、臣下には見せない表情。

 上下関係ではなく、友人関係に見せる笑顔。

 バエルは無言で、それを見つめていた。


「それでシトリーは、虚無の燭台のオリジナルを回収するんだよね?」


「はい、そのつもりです。

 そもそも私が姿を偽っていたのは、魔王の遺産を回収するためでした。

 プレイヤーはどこの世界にも居ますし、それと同じ人間種ならば、変に思われにくく動きやすいと思いまして。

 魔人の姿だと、少し目立ってしまいますから」


「回収なんて、魔王みずからがやることか?

 部下に任せとけば、いいんじゃね?」


 滝川が素朴な疑問を投げた。


「そうですね。

 一応、回収部隊を編成して、各世界に送ってはいるのですが。

 なかなか成果が上がらず……」


 そこでシトリーはちらりとバエルに視線を送った。

 すると、バエルは頭を下げる。


「申し訳ありません」


「もしかして、このバエルって奴が回収部隊だったりすんの?」


 滝川はニヤニヤしながら、そんな質問をする。


「……バエルは回収部隊の指揮をとっています」


「あららぁ」


 滝川は哀れみの顔でつぶやいた。


「情報を集めて見つけ出すことは、非常に大変です。

 ですから、成果が上がらないことは特に問題ではありません。

 問題は、成果が上がらなすぎて、部隊の士気が低下してしまったことです」


「…………」


 シトリーが必至に回収部隊の不出来を擁護する。

 それが逆にバエルの心を苦しめた。


「そこで私は、部隊の士気を上げる良い作戦を思いついたのです。

 私には魔王の遺産の気配を匂いとして、感じる特別な力があります。

 その力を使って、魔王の遺産を回収。

 回収したモノを、回収部隊の前にこっそりと置いておく。

 それを回収部隊が発見すれば、成果がでて部隊の士気が上がると思ったんです。

 どうですか? ステキな作戦だと思いませんか?」


 シトリーは自慢げに、作戦内容を披露した。

 作戦内容は一見して、部下に手柄を立てさせてあげるという慈愛に満ちたもの。

 だが、それを聞いたトウヤたちは、複雑な顔をしている。

 代表して滝川が口を開く。


「うーん、まあ、良い作戦だと思うぜ。

 良い作戦なんだが……。それ間違ってねーか?」


「間違っている? どういうことですか?」


「部下に成果を出させてやりたいって思うのは良いことだ。

 その心がけは間違っちゃいない。むしろ大正解。上司のかがみだといっても良い。

 だけど、裏工作しちゃダメだろ?

 部下を信じて待つのもトップの役目。

 結局、自分で成果をでっちあげるってことは、部下を信じきれてねーってことだし」


「……部下を、信じきれていない」


 滝川の言葉をシトリーはかみしめるように繰り返した。


「俺自身にリーダーの資質があるわけでもないし。

 偉そうなことが言える立場じゃないが。

 部下が後で知ったら、間違いなくショックを受けるだろうな。

 もし俺だったらマジで凹むと思うぜ。

 次に何か成果をあげても、またでっちあげなんじゃないかって疑っちまう。

 そうなったら成果を上げても、むなしくなって。

 そのうち成果を上げる意味を無くす気がする。

 それは本末転倒だよな」


「…………」


「この話は、すべて裏工作がバレたらの話だ。

 つまり、バレなきゃ関係ない。

 けど、こういう話はいつかバレるって相場が決まってるんだよ」


 そう言って滝川は自論を締めくくった。

 シトリーは少し考えてから、トウヤに視線を向ける。


「……トウヤさんはどう思いますか?」


「俺も基本的には滝川と同意見だよ。

 短期的な目的は、達成できると思うけど。

 長期的な視点からは、マイナス効果の方が大きいと思う」


「……そうですか」


 二人から否定される形になり、シトリーは肩を落とした。

 当の本人のバエルはどう思っているのか、シトリーは窺うように視線を向ける。

 すると、バエルは顔を手を当てて、涙を流していた。


「バ、バエル?」


 シトリーは驚いて声を上げた。

 全員の視線がバエルに向く。


「う、ううぅ……」

「……バエル。どうした? どこか体が痛むのか?」


 涙の理由が分からず、シトリーは混乱していた。

 バエルは小さく首を振って答える。


「いえ、ただ感動していただけです」

「……かん、どう?」


「まさか陛下が回収部隊のために、そこまでお考えになられていたとは。

 密かに城を抜け出し、世界を回っていたのは、魔王の遺産の回収のため。

 私はてっきり、ただ遊び回っているものとばかり思っていました」


「……どうやらバエルには勘違いをさせてしまったようだ。すまない」


「謝らないでください。

 陛下の御心を推し量ることができなかった、私に非があるのですから」


「そうか、ありがとう」


 バエルの忠誠心は一度、魔王であるシトリーから完全に離れた。

 だが、意外なところで再び忠誠心を戻した。


「バエル。お前の処遇は会議で決定する。

 本来なら反逆者は、極刑だ。

 しかし、今回は色々と勘違いがあった。

 それに、お前の世界を愛する気持ちは本物。

 私からみなに口添えして、減刑させると約束する。

 だが、なんらかの罰は与えられると思え」


「いかなる処分も甘んじてお受けします」


 バエルは膝を突き、シトリーに敬意を示した。

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