057 一緒にいる理由



 シトリーは一つ頷くと、くるりと回ってトウヤに向き直る。


「というわけで、トウヤさん。

 私はバエルを連れて一度、元の世界に戻ろうと思います。いいですか?」


「別に俺の許可は必要ないよ。

 俺はシトリーの意思を尊重する。だから帰りたいときに帰って良いから。

 それに俺と契約しているかぎり、この第1世界には自由に出入りできる。

 色々と事後処理を済ませて落ち着いたら、また遊びに来ればいいさ」


「はい、そうします」


 シトリーが頷くと、後ろからバエルがススッと体を寄せてくる。


「陛下、恐れながら申し上げます」

「なんだ?」


「所有権登録、いわゆる契約は解除した方がよろしいかと存じます。

 この第1世界はとても危険です。

 レベルの概念がなく、陛下のお力を十分に発揮することができません。

 それに一人のプレイヤーに主君の生殺与奪せいさつよだつの権を握られている状況は、いち臣下として看過かんかすることは致しかねます」


「言いたいことは分かった。だが、その申し出は却下だ」

「陛下ッ!? な、なぜですか?」


「この第1世界で得る情報は、他の第2から第99世界のモノとは一線をかくす。

 それこそ命を掛けるほどの価値があると私は思っている。

 我らが世界を作った創造主たちの住まう世界。ここはそういう場所だ」


「ここが特別な世界だということは分かりました。

 ならば、もっと信頼のおけるプレイヤーと再契約をいたしましょう」


「トウヤさま以上に、信頼のおけるプレイヤーはいない」

「……その理由をお伺いしても?」


 バエルは恐る恐る訊ねた。


「先代魔王の魂の核をお作りになられたのが、トウヤさまの父君。

 そして我々には、先代魔王と同じ魂の核が受けつがれている」


「あの、おっしゃられている意味が……」


「良いかバエル。

 我らの世界を創造したのはプレイヤーだ。

 しかし、多くのプレイヤーは世界創造に直接、関与していない。

 ただ世界を遊び回っている者がほとんど。

 世界を創造したのは、プレイヤーの中の極一部。

 それが創造主、クリエイターと呼ばれる者たちだ。

 トウヤさまはクリエイターと、とても関係が深い。

 他のプレイヤーよりも、多くのことを学ぶことができる。

 それが理由だ」


「……ク、クリエイター?」


「バエル、お前にクリエイターの知り合いはいるか?

 いないだろう。なら、この話は終わりだ」


「…………」


 バエル自身はプレイヤーが世界を創造したという事実を完全に受け入れられていない。

 その上『クリエイター』などいうわけの分からない概念を持ち出されてしまっては、反論できるはずもなかった。


「トウヤさん、そういうわけですから。

 契約は、このままでお願いします」


「ああ、分かった。

 でも、もし気が変わって契約を解除したくなったら、いつても言って。

 すぐに解除するから」


 完全に言い負かされたバエルを哀れに思い、フォローする形でトウヤは頷いた。


「お気遣いをありがとうございます。

 それと短い間でしたが、大変お世話になりました」


 ペコリとシトリーは頭を下げた。


「こちらこそ、楽しかった。

 まさか魔王と知り合いになるとは思ってなかったから驚いたけど」


「……あの、トウヤさんは私が魔王だということを、いつから気付いていました?」


「草原で始めて会った時から、色々と違和感はあった。

 確信したのは、所有権登録をしたとき。

 あきらかにデータ量がおかしかったから、少し調べさせてもらった」


 シトリーは仮装の首飾りを装備していたために、二人分のデータを消費していた。

 第1世界には魔力が存在しない。本来なら仮装の首飾りはその効果を発揮できない。

 しかし、他の世界で効果を発揮し、その状態で第1世界に来ると仮の姿を維持できるようだ。

 そんな裏ワザともいえる使い方を、今回の件で初めてトウヤは知った。


「……そうですか。

 こちらに来てから、ずっと気付かないフリを続けてくれていたんですね。

 それは私の為ですか? 私に気を使って……」


「シトリーの為とも言えるし、俺自身の為とも言える」


「トウヤさん自身の為? ……それは?」


「俺に正体を知られたら、シトリーが元の世界に帰ってしまう気がして。

 だから、黙ってた。

 少しでも長く一緒に居たかったから」


 トウヤがシトリーを見つめて言う。

 それを聞いていた滝川がひゅーと口笛を吹いて、はやし立てる。

 だが、すぐさまロビンが滝川の頭を突付いて、黙らせた。


「あの、あの、一緒に居たいというのは? どういう?」


 どういう意味で一緒に居たいのか、その理由をシトリーが頬を赤らめて訊く。

 シトリーを含め、ここにいる連中はトウヤがシトリーを女性として好意を抱いていると思っている様子だ。

 とくにバエルは厳しい視線をトウヤに向けている。まるで娘を嫁にやる父親のごとく威圧感を放っていた。

 色恋沙汰の話になりそうなので、周りが勝手にざわついている。

 だがトウヤは恥ずかしがるそぶりを一切見せない。


「……懐かしさと贖罪しょくざいかな」


 トウヤはぽつりと答える。そこには色恋のイの字も含まれていなかった。

 予想していたものとは違う答えに、全員が呆然とする。


「……そうですか。やはり、あなたが……」


 シトリーだけは、トウヤの答えから何かに気付いた様子。

 しかし、それ以上、言葉をつむぐことはなく。自らの心の内に留めた。


「俺のことが憎い?」


「……うーん、どうでしょう。

 トウヤさん以外だったら、憎いと思ったかもしれません。

 でも、トウヤさんは優しいから。意味を与えてくれたと思うから。

 むしろ、トウヤさんで良かったと思います」


 悲しいけど嬉しい、そんな複雑な表情をシトリーは浮かべていた。


「いつか話すよ。君には聞く権利がある」


「はい。聞かせてください。

 私には知る権利と義務があります」


 トウヤとシトリーは、二人だけで通じ合っていた。

 話の核の部分が伏せられたままなので、周りで話を聞いている者は、二人の会話がまったくの意味不明。

 しかし重要な話をしていることは分かったので、口を挟むことはなかった。


「それでは、そろそろ行きますね」

「フランメリーはどうするの?」

「あ、忘れてました。訊いてみます」


 シトリーは少し離れたフランメリーの元に走り寄り、すぐに戻ってきた。


「フランメリーは、ここに残るそうです」

「……そうなんだ」


 フランメリーが残ることは、トウヤにとって意外なことだった。

 てっきりシトリーと一緒に帰るとばかり思っていた。


「ハンバーガーを食べられなくなるのが、イヤだと」

「残る理由がそれか。なるほど」


 シトリーと一緒にいることよりも、食欲の方が勝ったということらしい。

 理由が分かると、トウヤは納得していた。


「では、行きますね。

 色々とお世話になりました。

 それとご迷惑をかけました」


 シトリーが別れの挨拶を告げた。

 その後ろにバエルは黙って、付き従っている。


「ああ、また」


「用事を済ませたら、また来ます。それでは……。

 虹の橋ビフレスト……第99世界」


 虹色の魔方陣が展開され、シトリーとバエルは転移していった。

 二人が第1世界から去り、静寂が屋上に訪れる。

 だが、それも束の間。

 その静寂を打ち破るように、勢いよく出入り口の鉄扉が開かれた。


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