058 勘違いする二人



「加勢に来たよ! みんな無事? 敵はどこ?」


 リアルアバターを被り、仮想剣を手に持った春奈が、飛び出すように現れた。

 春奈は屋上をキョロキョロと見回す。

 だが倒すべき敵が見つからずに拍子抜けをした様子。


「エリアルールも解除されてるし。もう終わったんでしょ。

 ……あのグリフォン、怪我をしてるみたいね」


 春奈の後ろから鳴海が姿を現し、冷静に状況を分析している。

 その視線の先には怪我をして弱っているフランメリーの姿があった。


「ホントだ! フランちゃん! 大丈夫?」


 春奈はフランメリーの元に駆け寄り、気遣うように声を掛けた。

 屋上にいる全員がフランメリーの元に、自然と集合していく。

 フランメリーの周りには春奈、鳴海、トウヤ。

 そして滝川と、その頭の上にはロビンが鎮座している。


「おい八神。お前マスターだろ? 早く治してやれよ」


 滝川が偉そうに、トウヤへ指示を出す。

 先ほどまで、のん気にシトリーたちと会話をしていたのに、この変わりよう。

 明らかに春奈への良い人ですよアピールだが、その通りなのでトウヤは素直に同意する。


「そうだね。それじゃエリアルールを展開するから。

 みんな少し離れてくれ」


「そんなまどろっこしいことなんてしないで、普通に治せねーのか?

 Vペットなら、パパッと一瞬で治せるだろ?」


「VペットとVAMのNPCは、ユーザーが持てる権限の種類が違う。

 Vペットは、ユーザーが管理者権限を持てるから変更、削除、複製が出来る。

 でもNPCは標準権限までしか持てないから変更、削除、複製は出来ない。

 出来るのは移動、呼び出し、環境設定ぐらい。

 傷がない状態への修正は出来ないし、死んでしまったら生き返らせることも出来ない。

 傷を治すには回復させる必要がある。

 だからエリアルールを展開して魔法の力、ポーションで傷を癒す」


「そうなの? NPCは不便だな。

 まあ、仕方ないか。とにかく早いとこ傷を治してやってくれ」


 トウヤの説明を適当に流して、滝川が急かしてくる。

 そして、トウヤ以外の三人と一羽が、フランメリーから少し距離を取った。

 離れたことを確認したトウヤは、エリアルール『マジックワールド』を展開する。

 トウヤとフランメリーのふたりの周りだけ、魔力がある世界に変貌した。

 道具箱アイテムボックスからポーションを取り出し、フランメリーの傷に掛ける。


「ピィッ!?」


 ポーションが傷に沁みたようで、フランメリーは痛々しい鳴き声を上げた。

 だが、みるみるうちに傷は塞がり、すっかり元通りになった。

 傷が治ったことで、フランメリーは喜びの声を上げた。

 春奈がぱっと笑顔を見せる。それを見た滝川は、まるで自分の手柄のように大きく頷く。

 トウヤは苦笑いを浮かべつつ、エリアルールを閉じた。


「良かった元気になって。それで、何があったの?

 事件は解決したの?」


 春奈がトウヤたちに屋上での出来事を質問した。


「ひとまずはね。

 エリアルールを強制発動していたのは、魔王の遺産の劣化コピー。

 スケルトンは聖者の頭蓋が使われていた」


「劣化コピー、なんてあるの?」


「ああ、今、第2世界で出回ってるらしい。

 それを犯人が使っていた」


「そうだ! 犯人は誰? 逃げちゃったの?

 屋上で戦ってたよね?」


「犯人は魔人だった。

 事件を起こした目的は、シトリーを殺すこと」


「シトリーちゃんを? って、シトリーちゃんがいない! まさか!」


 春奈はシトリーの不在に気付きあたふたする。

 その後ろでは鳴海が小さく笑いをこぼすが、すぐに収めた。


「……ああ、もうこの世界に、シトリーはいない」


 神妙にトウヤは答えた。

 まるでシトリーが死んでしまったかのように、誤解されるような言葉と態度。


「嘘、どうして? どうしてシトリーちゃんが?」


 案の定、シトリーが死んでしまったと思い込む春奈。

 それを慰めるように、鳴海が春奈の肩に手を添える。


「命を狙われた理由は、なんとなく予想がつくわ」

「怜、分かるの?」

「シトリーさんは、本物の魔王だったのよ。おそらく」

「何を言ってるの? シトリーちゃんは人間でしょ?」


 春奈と鳴海はシトリーが死んだ前提で会話をしている。

 それを聞いていた滝川が小声でトウヤに話しかける。


「……おい、いいのか? なんか勘違いしてるっぽいけどよぉ」

「面白そうだから、このまま様子を見よう」

「ああ、そういうこと。了解」


 ただのイタズラだと納得した滝川が、ニヤニヤしながら二人の会話に耳を傾けた。

 春奈と鳴海は、勘違いをしたまま会話を続ける。


「姿形を偽るアイテムなんて、いくらでもあるでしょ?」

「そうだけど……。でも……」

「名前がシトリーだった。魔王シトリー・ルフェルと同じ」

「そんなのただの偶然。シトリーなんて名前、珍しくない」


 春奈はシトリーの死を受け止められず、鳴海がそれを説得する形で話は進む。


「そうね。でも、犯人がシトリーさんを狙っていたのは間違いない。

 そうですよね八神さん?」


「ああ、それは確かだよ」

「じゃあ、ホントに。シトリーちゃんは魔王だったの?」


「シトリー自身が、自分を魔王だと言ったから間違いない。

 犯人もそれを確信していた」


 トウヤは二人の誤解が続くように、聞かれたことにのみ素直に答え、余計な事は口にしなかった。


「……なら魔王が死んだってこと? 嘘……」


 シトリーが死んだ。シトリーは魔王。つまり魔王が死んだ。

 春奈の中で三段論法が組みあがり、導かれた結論に青ざめた。

 FPファンタジアプレイヤーである春奈にとって、魔王の死という事実は、それほどに衝撃が大きい。


「きっと犯人は、魔王を倒すチャンスを探っていたのね。

 魔王は高レベルだから、普通に戦ってもまず倒せない。

 だから、この第1世界にいるときを狙った。

 たしか、あのエリアルール内だと、全員レベル1になるのよね。

 だとしたら高レベルの魔王もレベル1になる。

 誰でも倒せるチャンスがある」


 春奈は絶句するが、鳴海は機嫌よく饒舌に話を続ける。


「前作では魔王が死んでサービス停止したのよね。

 今回もそうなるかもしれない。

 良い機会だから、春奈もやめれば? ね?」


「…………」


 VAMでの冒険は止めた方が良いと、鳴海が説得を試みる。

 だが、春奈はショックが大きいようで、すぐに答えられる状態ではなかった。

 屋上に重苦しい空気が漂い始めた。

 そんな空気を打ち破るように、トウヤはネタばらしをする。


「ちょっと、良いかな? 二人は何か勘違いしてる。

 シトリーは生きてるよ」


「え?」「は?」


 春奈は喜びの声を上げ、反対に鳴海は不満げな声を上げた。

 二人からのまったく違う感情の視線を、トウヤは平然と受け止める。

 その横では、イタズラ成功だ、と滝川がくすくすと笑っていた。


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