059 不老不死と不死身 -Immortal & Invulnerable-



「でもさっき、シトリーちゃんはもういないって。そう言ったよね八神くん?」

「私もはっきりと聞きました。嘘をついたんですか?」


「嘘は言ってないよ。

 シトリーはこの世界にいない。

 この第1世界から、自分の元の世界に帰ったからね」


「…………」


 トウヤがそう言うと、鳴海は氷のように冷たい表情になった。

 反対に春奈は、雪解けのように表情をほころばせる。


「良かった。もうビックリしたよ。

 ならシトリーちゃんが魔王っていうのも、本当は違うんだよね?」


「いや、それは本当だよ。

 シトリーは第99世界の魔王で間違いない」


「そ、そうなんだ。

 まさかあんな可愛い子が魔王なんて、ちょっと信じられない」


「魔人は15から25歳ぐらいで、肉体の成長が一度止まる。

 その後、100年はずっと容姿が変わらない。

 シトリーは若く見えるけど、100歳は越えている。

 仮装の首飾りで容姿を偽っているけど、魔人の姿もそれほど変わらないと思う」


「あ、そっか。魔人はそういう設定だったね。

 長い間、若い姿でいられるなんて、少し羨ましい」


 春奈はまだ十代半ばで、老化を気にする年齢ではない。

 それにARフィルターの出現で、多少容姿が悪くても、気軽に見た目を修正できるようになった。

 老化による容姿の劣化も、もちろん修正可能。

 そのためリアルで容姿が良いことは、以前よりも社会的地位の高さに貢献しない。

 より中身重視、性格重視になった。

 とはいえ、リアルの容姿が良いに越したことはない。

 リアルで容姿の良い春奈は、自分の容姿に自信があるのだろう。

 だからこそ、老化による容姿の劣化を恐れ、敏感に反応し、魔人を羨ましく思った。


「人間もそのうち、そうなるよ。

 まだ実験段階だけど、老化を止める薬が開発されたって聞いたし。

 不老不死は、すでに夢物語じゃなくなってる」


「……不老不死か。それって良いことなのかな?」


 春奈自身には、いつまでも若くいたいという気持ちがある。

 しかし、人が永遠に生き続ける社会には、どこか不安を感じていた。


 流れる水は腐らず、よどむ水には芥溜ごみたまる。


 人も水も同じ。

 人間社会から死という循環機構を取り除いた場合、社会にゴミが溜まり停滞し、やがては腐敗する可能性がある。

 そうなってしまっては本末転倒だ。

 人が幸せになるために、不老不死技術を開発したというのに、社会が腐っては意味がない。それどころか人を不幸にする。

 21世紀前半までは、人が死ぬことを〝悪〟だと論じてきた。

 不老不死社会の到来を目前にして、人の死が本当に〝悪〟なのかどうかを、考え直す時が来たのかもしれない。



「良い悪いはともかく。人間の欲望には際限がない。

 老化、病気、死が人間にとって、忌避する事象であるかぎり、それを克服しようとする意思は必ず発生し続ける。

 それが〝生きる〟ってことだからね。

 人間が不老不死を手に入れたら、次は不死身を目指すんじゃないかな」


「ん? 不老不死と不死身って、何か違うの?」


「不老不死は、老化という内的要因で死ななくなること。

 不死身は、怪我などの外的要因で死ななくなること。

 たとえ不老不死でも不慮の事故で死んでしまうことはある。

 転んで頭を打ったり、水中でおぼれたりすれば、簡単に」


「事故にさえ注意してれば、簡単に避けられると思うし。

 不老不死も不死身も、あんまり違いはないよね」


「人間一人が注意して避けられる程度ならいいけど。

 もし地球規模の大災害が起きたら、避けるのは無理だよ。

 地球では過去5回の大量絶滅が起きている。これをビックファイブと呼んだりする。

 オルドビス紀、デボン紀、ペルム紀、三畳紀さんじょうき、白亜紀。

 原因は隕石の衝突や大噴火。超新星爆発によるガンマ線バースト。

 いくら不老不死を手に入れても、大災害の前には歯が立たない」


「確かに、そうだけど……。

 でも、それってずっと未来の話だよね?

 1万年とか10万年とか、ずっとずっと先の話」


 春奈は自分たちには関係ないと言いたげだ。


「俺たちが不老不死にならなければ、もちろん関係ない。

 とっくに死んでるだろうし、子孫たちが解決する問題だ。

 けど、もし不老不死を手に入れたら、俺たちにも関係がある話だと思うよ。

 だって、不老不死なら永遠に生き続けられる。事故死しない限りは……」


「…………」


 人間の寿命が100年ぽっちと短ければ、地球規模の大災害と遭遇する確立はかなり低い。

 だが、寿命が無限になったら、いつかは必ず遭遇してしまう。

 それは過去の地球の歴史から見ても間違いない。

 対岸の火事のように思っていた遠い未来の話が、実は自分にも関係あることだと気付き、春奈は黙り込んだ。


 少し不安を煽りすぎたかなと思ったトウヤは、一転して明るい話をする。


「大災害だって、すぐに来るわけじゃない。

 技術は日々進歩してるから、その頃には回避手段もあると思う。

 地下にもぐったり、火星に移住したり。方法はいくらでもある。

 それこそ仮想世界に移住すれば不死身だ。

 実際にVAM内ではプレイヤーがいくら死んでも復活が出来る。

 もうすでに半分は不死身を手に入れたと言っていい。

 あとは現実の肉体をどうにかすれば、完全に不死身になれる。

 レプリカントが普及して、誰でも使えるようになれば、不老不死よりも早く手に入るかもしれない」


 そう言うとトウヤはロビンに視線を送った。


「ん? 一応言っておくが、私はレプリカントではないぞ。

 ただのレプリカだ」


「ちゃんと分かってるよ。

 もしロビンがレプリカントなら、そんな言動はしないからな」


 自分の意識がオリジナルなのか、それともコピーなのか。

 その認識の違いは、言動に大きく現れる。

 九重千夜とそのコピーであるロビンを比べれば、一目瞭然いちもくりょうぜんだ。


「なんだその含みのある言い方は?

 それに呼び捨てにするな。ちゃんと先輩をつけろ!

 あと敬語を忘れるな!」


 ロビンは滝川の頭から飛び立つと、トウヤの頭に突っつき攻撃をする。

 しかし、トウヤは仮想体なので、ロビンの体はすり抜けて攻撃は無効化されてしまった。


「ふんっ、今日はお前も、ほんのちょっと活躍したことだし。

 それに免じて、許してやる」


 トウヤに攻撃が効かないと分かると、ロビンは負け惜しみを口にして再び滝川の頭に戻った。


「ありがとうございます。ロビン先輩」

「うむ、よろしい」


 トウヤが素直に礼をいうことで、負け惜しみが事実に変わる。

 ロビンは、面目が保たれ満足げに頷いた。

 いつものやりとりを終え、トウヤは話を戻す。


「ああ、ごめん。話が逸れたね。それで、まだ聞きたいことはある?」


 シトリーの生死の話から、魔人の寿命の話、それから不老不死の話とすっかり話題は外れてしまっていた。


「うーん。だいたい知れたから、もういいかな。

 事件も解決したし、シトリーちゃんが生きてるって分かったし。

 怜はなにかある?」


「私も、別に……」


「ああ、そうだ。

 一応シトリーが魔王っていうことは、みんなには内緒にしてもらえるかな?

 騒ぎが大きくなると、シトリーが学校にいずらくなると思うから」


 トウヤは思い出したように、全員へお願いをした。

 全員が当たり前だと頷き、春奈が代表して答える。


「うん、分かってる。誰にも言わない、ちゃんと秘密にする。

 もし言ったとしても、信じる人は少ないと思うけど、念の為に。

 今回みたいな事件が、また起きたら大変だもんね」


「ありがとう」


 トウヤがお礼を言うと、全員が屋上を後にした。

 トウヤはログアウトしVRルームで目覚める。

 その後、部室に戻って、事の顛末てんまつを千夜に報告した。


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