021 不可侵の世界
離れた場所で見ていたシトリーとフランメリーが走り寄ってくる。
「トウヤさん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとか追い払えたよ」
どうにかナルメアを退けられたが、その被害は
ゴブリンとウォーグは皆殺しにされ、クリスタルに姿を変えて地面に転がっている。
そしてシンキも死んだ。
シンキはプレイヤーなので、生き返ることができる。
しかし、ゴブリンたちはもう二度と生き返ることはない。
文字通りの死が、そこはある。
トウヤ達にとっての
一陣の風が通り過ぎると、トウヤたちは虚無感に襲われた。
辺りを見回して、どうしようかと立ちすくむ。
すると、木の陰からゴブリンたちがひょっこりと姿を現した。
10数匹のゴブリン。半分は大人で、半分は子供だ。
ナルメアの目を逃れて、今まで隠れていたのだろう。
全滅だと思っていたゴブリンの生き残りが現れたことで、少しだけトウヤたちに笑顔が戻った。
生き残ったゴブリンたちと協力して、あちこちに散らばったクリスタルを拾い集める。
その後、元の住処に戻れるようになったこと。
すぐにこの集落を離れるようにと伝えて、トウヤたちは街に戻った。
冒険者組合で、ゴブリンの集落があったことを報告する。
そして、その集落にはすでにゴブリンたちが立ち去った後だと伝えた。
クエスト達成の報酬を受け取って、建物を出る。
おそらく心配しているであろうシンキに、メッセージでざっくりとどうなったかを教えておく。
もちろんレアアイテムを使ったことは、うまく誤魔化した内容にして、なんとか逃げられたとだけ。
「よしっと。クエストも完了したことだし、俺もそろそろ帰ろうと思うんだけど。
シトリーは、これからどうするんだ?」
「あ、あの! 私もっとトウヤさんと一緒にいたいです!」
胸に拳を作り自分の思いを伝えるシトリー。
トウヤは、そう言われるんじゃないかと密かに思っていたので、あまり驚きはしなかった。
「一緒か……。選択肢としては、トウヤと一緒にこの街の宿に止まるか。
もしくは第1世界ミラージュに移動して、俺の本体と合流するかのどっちかだけど……」
トウヤは思いついた案を口にする。
「私を第1世界。
シトリーは目を輝かせて詰め寄る。
今いる第2世界は完全な仮想世界。
だが第1世界はMR世界だ。
現実と仮想がお互いに影響しあう特別な世界。
第1世界への転移は特別で、プレイヤーしか転移できないようになっている。
NPCが転移するにはプレイヤーの所有物として、登録する必要がある。
所有物になるということは、自分のすべてをささげることに等しい。
MR世界では、自分の仮想物を指先一つで消去することができる。
消去したまま呼び出さなければ、消滅したと同義だ。
「第1世界に行くってことは、俺の所有物になるってことだけど良いの?」
「はい、大丈夫です。何か問題があるのですか?」
「問題というか、心持ちの問題かな」
「どういうことですか?」
シトリーは首を傾げた。
「シトリーが俺の所有物になるってことは、俺は君を簡単に殺せるってことなんだよ。
そんなの普通、嫌だろ? まだ会って間もないし、俺のこともよく知らない」
「トウヤさんは私を殺さないと思います」
シトリーは断言する。
相手を信用できることは強さだ。
しかし場合によっては、その信用を悪用されてしまう。
言わば諸刃の剣。
振るうべき時と収めるべき時を間違えれば、大怪我をする。
トウヤがシトリーの立場だったら、決して断言はできないだろう。
ある意味トウヤとシトリーは真逆の存在かもしれない。
信用する前に、相手を疑ってしまうのがトウヤ。
疑う前に、相手を信用してしまうのがシトリー。
「人間いつ気が変わるかも分からない。どうしてそう言える?」
「ナルメアさんに、私を殺さないように何回も掛け合ってくれました。
それに隠し持っていたレアアイテムを出してまで、私を守ってくれました。
初めてあった草原でも、私を心配してくれました。
だからトウヤさんが理由なく私を殺すことは無いと思います」
「……そうか、俺のことを少しは信頼してくれているんだな」
「はい、少しじゃなくて、たくさん信頼してます。
それにトウヤさんになら、殺されても良いと思ってます」
衝撃発言にトウヤは目を丸くする。
「……それは、どういう意味?」
「正確にはトウヤさんみたいな優しい人に殺されたいということです。
ただ死ぬだけじゃなくて、優しい人に殺されるということは、きっとその死に意味を与えてくれると思うんです。
無意味な死より、意味のある死の方が素敵だと思います。
自分の死によって世界が平和になるなら、私は喜んでこの命を捧げます」
「…………」
「私、変なこと言いましたか?」
押し黙ったトウヤを見て、心配そうにシトリーは訊ねた。
「いや、ずいぶんと壮大なことを考えてるんだなと、少し驚いただけだよ」
「壮大? そうなのでしょうか」
「それじゃあ、所有権登録をしようか」
トウヤはメニューから、所有権登録の項目を選択する。
地面から少し浮いたところに、緑色で格子状の床が現れた。
スキャンエリアだ。
「その緑色の上に乗ってくれ。それで体をスキャンすれば登録できる」
シトリーが緑色の床に乗ると、床から緑の光線が浮き上がって全身を照らした。
光線が上下に往復するとスキャンが完了する。
「よし、完了。フランメリーはどうするんだ?」
トウヤはシトリーに訊ねる。
フランメリーは、シトリーに同行しているだけで、主従契約を交わしているわけではない。
ここで分かれるのも一つの選択肢としてある。
「聞いてみます。私たちと一緒に第1世界にいきますか?」
「ピィ!」
「一緒に行くといっています」
「わかった。それじゃあ、シトリーと同じように登録しよう。
フランメリー、緑色の上に乗ってくれ」
フランメリーの体をスキャンして、所有権登録を終える。
「……ん?」
トウヤはフランメリーとシトリーのデータ量を見て、違和感を覚えた。
グリフォンと人間なら、グリフォンの方が体が大きいのでデータ量が多くなるはず。
だがシトリーの方がフランメリーの2倍近くデータ量が大きかった。
「どうかしました?」
「いや、なんでもない」
トウヤはステータス表示を閉じた。
「それじゃあ、第1世界に行こうか」
「はい」「ピィ」
「
トウヤを中心に虹色の魔方陣が展開される。
そして、トウヤたちは第1世界ミラージュへ転移した。
景色が一瞬で変わった。
地面はコンクリートで固められ、見上げるぐらいに高いビルが立ち並んでいる。
ここは悠斗が通う北坂高校の最寄り駅。北坂駅周辺のビル街だ。
「わあー、ここが第1世界なんですね」
シトリーは初めて見るコンクリートの塔を興味津々に見上げている。
VAMの世界でも石の建物はあるが、建築様式が違うので物珍しいのだ。
そのままくるくると回りながら、車道に踊りでる。
「そっちは、危ない!」
「……え?」
トウヤは叫ぶ。
しかし、時すでに遅し。
車道で立ちすくむシトリーに、トラックがブレーキを一切かけず突進した。
トラックの運転手にはシトリーの姿が一切見えないのだから、当たり前だ。
VAMをプレイしていて、なおかつ第1世界にいなければ、シトリーたちを認識すらできない。
トラックに衝突され、空中に跳ね上がる。
シトリーはそのままコンクリートの地面に叩きつけられた。
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