022 神々の住む世界
「シトリー、大丈夫か?」
トウヤはシトリーに駆け寄る。
幸運にもトラックに後続車はいないようで、続けざまに轢かれるといった二次被害は起きなかった。
「あれ? 今なにが……」
コンクリートに尻餅をつきながら、呆然とするシトリー。
その体にはまったく傷がなかった。
「良かった。どうやら怪我はしてないみたいだな」
トウヤはシトリーの手を引いて立ち上がらせ、車道を離れる。
「あのトウヤさん今、私なにか大きなモノにぶつかったと思うんですけど?」
「それは自動車だ。この世界だと電気の力で、馬車が自動的に動くんだよ」
「なるほど、すごいですね。それに今、私がぶつかったんですよね?」
「ああ」
「ぶつかったのに、ぶつかってないみたいだったんですけど、どういうことでしょうか?」
首を傾げるシトリー。
本来なら、自動車に轢かれた人間は大怪我を負う。
しかし、シトリーは轢かれたにもかかわらず、傷一つ負っていない。
「それは俺がそう設定したからだ。
俺たちが今、見てる世界に、俺たちは実在していないんだよ。
実在しているように、見せかけているだけ。幻みたいな存在だ。
その証拠に、俺たちはこの世界の石ころを持ち上げることすら出来ない。
この世界の物質に物理的干渉は一切できないんだ」
「……うー、持ち上げられません」
シトリーはしゃがんで小石を持ち上げようとするが、小石はぴくりとも動かない。
実体を持たない仮想の人間には、現実の石を持ち上げることはできない。
「その石が特別に重いってわけじゃない。
俺たちは第1世界の物質に触ることはできるけど、一切動かすことはできない。
反対に第1世界の物質は俺たちを動かすことができる。触ってる感覚はまったくないけど。
もし第1世界の人間と俺たちがケンカになったら、俺たちは一方的に殴られることになる。
殴り返すことはできない。
もし小石を投げられたら、防ぐことなく俺たちの体を貫通する」
「……それは」
さらっと怖いことを言うトウヤに、シトリーは固まる。
小石がぶつかっただけで、命を落とす。
もしそんなことになったら、いくら命があっても足りない。
「そう、俺たちにとって、この世界は危険だ。
一秒でも早く去った方が良い。
でも、干渉設定を変えれば危険はない」
「その干渉設定とは、なんでしょう?」
「俺たちに小石がぶつかったとき、どうなるかをあらかじめ設定できるんだよ。
小石が俺たちの体を貫通するか。透過するか。
貫通も透過もしないか。なんかを設定できる。
今の設定は、
それより大きいものは貫通も透過もしない。
まあ俺たちが吹き飛ばされるって感じだ」
「では、私がジドウシャにぶつかったときは……」
「そう、吹き飛ばされたんだよ。
今の俺たちは自動車に轢かれようが、刃物で刺されようが怪我はしない。
一切の攻撃を無効化する設定になっている。形状維持率99.9%。
この設定は第1世界と俺たちの関係だけじゃなく。
俺とシトリーの間にも適応してい。
つまり、俺とシトリーが殴り合っても怪我をすることはない。
試しに俺を殴ってみてくれるか?」
「え? わ、分かりました。やってみます」
息を呑んでシトリーは手を構える。
そして、トウヤの頬に向かって平手を放った。
しかし、平手はトウヤの頬を引っ叩くことはなく、するりと透過していった。
「ホントですね!」
トウヤを殴らなくて済み、ほっと安心するシトリー。
「しっかりと設定をすれば、どの世界よりもここは安全だ。
それじゃあ、俺は一旦ログアウトして、トウヤの本体でここに来るから少し待ってて。すぐに戻ってくる」
「わかりました」
シトリーが頷くのを確認すると、トウヤはゲームをログアウトした。
目を開けると、そこは学校のVRルーム。
悠斗はVR筐体から抜け出て、自分の教室に向かう。
鞄を手にとって、すぐに校舎を後にした。
VAMのARモードを起動して、第1世界の視界を確保する。
ほぼ現実と同じ風景だが、たまに見たこともない生物がひょっこりと現れたりする。
クリエイトツールで、ユーザーが適当に作った謎生物がそのまま放置されているのだ。
ただの消し忘れだったり、いたずら目的だったりする。
悪質なものになると人間の死体そっくりの仮想オブジェクトが道路に置かれてたなんてこともあった。
悪質な仮想オブジェクトを出現させると、他ユーザーから通報されて一定期間、仮想オブジェクトの呼び出しを禁止にされる。
呼び出し禁止は、MR世界の楽しさの半分以上が失われた状態だ。
そのため、悪質な仮想オブジェクトを呼び出す人は少ない。
だが不正なツールを使って身元を隠し、悪質な仮想オブジェクトを出現させる人は後を絶たない。
珍しくもないツチノコが通り過ぎたのを横目に、悠斗はシトリーの待つ場所に向かった。
ログアウトする前にいた場所には、数名の人だかりができていた。
全員、男だ。
男たちの奥にグリフォンの姿が見える。
「ねえ、服脱いでよ」
「ちょっと、見せてくれるだけでいいからさー」
近づくと話し声が聞こえた。
内容は下劣そのもの。
男たちは四人で少女とグリフォンを囲んでいた。
シトリーは身を縮こまらせて、それをかばうようにフランメリーが立ちはだかる。
「ピィィィィ!」
「うっせー」
フランメリーが男たちを威嚇する。
だが男のタックルで、簡単に吹き飛ばされた。
形状維持を優先設定にしているので、フランメリーが怪我をすることはない。
しかし、簡単に吹き飛ばされる。
仮想世界では、強大な力を持つグリフォンでも、この世界では無力。
フランメリーがシトリーを守ることは、この世界ではできない。
噛み付くことができる現実の子犬の方が、まだ役に立つというもの。
それでもフランメリーはシトリーを守ろうと男たちに飛び掛った。
「ああ、うぜー。……うっし、捕まえた」
金髪男がフランメリーのしっぽを優しく掴む。
強くではなく、優しくだ。
強く握り込めば、手がしっぽを透過して逃げられることを知っている。
そして空中でぐるぐると回した。
フランメリーの巨体は、ヘリコプターの回転翼のように激しく回された。
「……ピィ」
目を回したフランメリーは弱々しく鳴く。
「お願いです。やめてください!」
シトリーは金髪男に懇願する。
「ああ、いいぜ。その代わり大人しくしてろよ」
「……わかりました」
シトリーが頷くのを確認すると、男はフランメリーはポイっと投げた。
フランメリーはコロコロとコンクリートの上を転がる。
怪我はないが目を回しており、しばらくは動けないだろう。
「女を押さえつけろ。
金髪男が下卑た笑みで指示をすると、二人の男がシトリーの手首を掴んだ。
シトリーは手を振りほどこうとするが、その行為そのものが男たちに意味をなさない。
仮想世界の住人である彼女は、現実世界の男たちに干渉できない。
男たちがシトリーの手首を握り込んでくれれば、男たちの手が透過する。
そうすればシトリーの座標が移動して逃げ出せる。
しかし、
それが
金髪たちの手がシトリーの服へ伸びる。
欲望に塗れた汚い手が触れる前に、悠斗が後ろから話しかけた。
「その子、俺の友達なんだよ。乱暴はやめてくれないか?」
「ああ?」
金髪男は面倒くさそうに振り返る。
せっかく、いいところだったのに邪魔が入って不機嫌になっていた。
悠斗が一人なこと、そして自分より明らかに年下だと分かって、金髪男は威圧するように睨む。
「てめーが、製作者か?」
「いいや、彼女はツールで作られてない。向こうの世界の住人」
「あはは、NPCをだましてこっちに連れてきたのかよ。お前かなりの悪人だな」
金髪男は下卑た笑いを浮かべる。
悠斗が自分達と同類だと思ったのだ。
「別に、だましてない。ちゃんと説明している」
「なーに良い子ちゃんみたいなこといってんだよ。
んなもん、こっちにつれて来さえすればやりたい放題だろがよ? ああ?
まあ、お前がやらないなら、俺達が可愛がってやるよ。
つーことで、所有権わたせガキ」
「断る」
金髪男の鋭い視線に悠斗は一切ひるむ様子はない。
「拒否権はねーんだよ。――ぐああ、いててて!」
金髪男が悠斗の胸倉を掴もうと腕を伸ばす。
それを悠斗がひねって、男を後ろ手に押さえつけた。
「お兄さんたち、暴力はやめようよ」
「てめーが、暴力ふるってるじゃねーかガキが!」
「これは正当防衛。暴力じゃない」
悠斗は金髪男の手を離してやる。
金髪男はひねられた手首を痛そうにさすっている。
「おいガキ、覚悟はできてんだろな? ああ?」
「覚悟って何? もしかして、今から四人で殴りかかってくるつもり?」
「ああ、そうだよ」
金髪男が周りの男に目配せする。
周りの男たちは小さく頷き、悠斗を取り囲む。
「それはやめた方が良いと思う」
「は? いまさらビビったのかよ? ああ?」
「周りを見た方が良い。大きい声をだしてるから、みんな注目してるよ。
この状態で、俺を殴ったら警察に捕まるのはお兄さんたちだと思うけど?」
悠斗と男たちのやり取りを遠巻きに見ている人たちがいた。
「っち。おい、他いこうぜ」
金髪男が取り巻きに言い放つと、シトリーを開放して去っていった。
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