023 帰宅



「シトリー、大丈夫だった? 

 怪我はしてないと思うけど、怖い思いをさせてごめん」


 悠斗はシトリーに謝った。

 シトリーは何かを思案するようにゆっくりと口を開く。


「ええと、もしかしてトウヤさんですか?」


「そうだよ。トウヤの本当の姿が俺。名前は八神悠斗やがみゆうと

 トウヤでも悠斗でも、呼びやすい方で呼んでくれ」


「では、今までどおりトウヤさんとお呼びしますね」


 悠斗は頷くとフランメリーに向き直る。


「フランメリーも悪かったな。人間すべてがさっきのような奴らじゃないんだよ。

 だから、あまり人間を嫌いにならないでくれ」


「ピィ」


「それにしても、グリフォンはデカいな。

 街だといろんなモノにぶつかって、大変だろう」


 悠斗がそう言っている間にも、フランメリーは後ろから歩いてきた一般人に弾き飛ばされた。

 VAMをプレイしていない人間は、フランメリーのことを見えていないので平気で突撃してくる。

 そのたびにフランメリーとシトリーはヨロヨロとはじかれる。

 はじかれて転んだとしても怪我はしない。

 だが、精神的ストレスは間違いなくたまっていく。


「フランメリー。体を小さくしていいか?」

「ピィ?」

「とりあえずやって見せるのが早いな」


 そう言うと悠斗はメニューを開いて、オブジェクトのスケール設定を変更した。

 ライオン並みに大きな体をしていたフランメリーの体が一瞬で、手乗りサイズに小さくなった。


「え? フランメリーが消えました」


 シトリーは小さくなったフランメリーに気付かない。

 フランメリーが足元で小さくピィと鳴くと、ようやくシトリーがフランメリーに気付いた。

 手の平サイズのフランメリーをシトリーは不思議そうに見つめる。


「あの、これはいったい?」


「この世界限定の魔法ってとこ。シトリーも小さくできるよ。

 そのままの大きさで俺の隣を歩くと、君たちを見えない人がぶつかってきて危ない。

 だから、小さくなって俺にくっつくのが良いと思うんだけど、どうかな?」


「トウヤさんが良いと思うなら、そうしてください」

「おっけー」


 フランメリーと同じようにシトリーも小さくした。

 悠斗は手乗りサイズになったふたりを優しく持ち上げた。


「あの私たちはずっと小さいままなのでしょうか?」


 手のひらから悠斗を見上げるシトリー。


「ずっと小さいと不便なこともあるかもしれないな。

 かといって俺が、その都度大きさを変更するのも大変だし。

 ジェスチャー登録で、自分で大きさを変えられるようにしよう」


 そういうと悠斗はメニューを開いて、スケール設定を操作する。


「よし、登録完了。

 シトリー、フランメリー。

 元の大きさに戻りたいときは、その場で右に三回転すれば大きくなれるよ。

 やってみて」


 そう言うと悠斗はふたりを地面に下ろした。

 ふたりがくるくると時計回りに三回転する。

 すると、小さかったふたりが元の大きさに戻った。


「うん、成功。

 それじゃ今度は左に三回転してみて。

 小さくなれると思うから」


「わかりました。やってみます」


 悠斗に言われたように左に三回転。

 すると、シトリーとフランメリーの体が再び、手乗りサイズに小さくなった。


「大きくなりたいときは、右に三回転。

 小さくなりたいときは、左に三回転。って覚えておいて。

 これで好きなときに、自分のサイズを変更できるから」


「わかりました」

「とりあえず、俺の家につくまで小さくなってて」

「はい」


 悠斗はふたりを両手で掬い上げる。


「それじゃあ、行こう」


 悠斗はふたりを手に乗せて歩き出した。

 電車に乗り、自宅近くの最寄り駅で降りて、そこから自転車。

 シトリーとフランメリーは、終始風景を興味深そうに眺めていた。

 VAMには電車なんてモノはもちろんない。

 鉄で出来た動く大蛇だと、シトリーは驚いていた。


 さらに自転車にも驚いていた。

 こんな細い車輪なのになぜ倒れないのかと。

 まだVAMには電車や自転車といったものは存在しないが、近いうちに似たようなものはでてくるだろう。

 プレイヤーが自分たちの知識をNPCたちに少しずつ与えることにより、VAMの世界もまた進化する。

 その進化はまだ現実を追い抜いていないが、いつか追い越す日がくるのかもしれない。

 現実には無い、魔法という力があるぶん拡張性は高い。



 シトリーたちを自転車の前カゴに入れて、田舎道を走る。

 この辺りになると、シトリーたちには悠斗の姿が半透明になって見えていた。

 はっきりと見えるのは腕とペダルを漕ぐ足ぐらいだ。他の部位はすべて半透明になっている。

 現実世界で動く物体をMR世界に反映させるには、カメラでその物体を撮影し、リアルタイムで更新し続けなければならない。

 カメラで映った部位は確定情報としてはっきりと映るが、それ以外の部分は半透明で未確定情報になっている。

 この未確定状態をレイス状態と言う。


 人が多くいる街ならば、VAMをプレイしているほかのプレイヤーと連動して、悠斗の姿が反映されていた。

 しかし、田舎で周りに自分を撮影するカメラがなくなれば、悠斗の存在をMR世界には反映できない。

 悠斗の近くにあるカメラは、悠斗の首についているウェアラブルデバイスのみ。

 だが、このウェアラブルデバイスは悠斗自身を撮影しないので、シトリーたちには悠斗の姿が半透明になって見えた。


 悠斗が半透明なったことに、シトリーとフランメリーはひどくおびえたが、自宅に付く頃には慣れていた。


 庭付き一戸建て。それが悠斗の住む家だ。

 都会なら大金持ちの住む家だが、土地の空いている田舎ならば普通の家。

 大きさは標準。しかしその中身はMRとの親和性を高めた最新住宅になっている。

 すべての部屋と廊下。その天井には部屋を写すカメラ、音を拾うマイク、匂いセンサー。何もない空間から音を発声させる空中発音スピーカー、空中投影プロジェクタ、匂い発生装置スメルジェネレーターが内臓されている。


 カメラとマイクと匂いセンサーが現実の情報をMR世界に入力し、仮想の情報をスピーカーとプロジェクタと匂い発生装置スメルジェネレーターで出力する。

 これによりMR世界とのバリアフリーを実現していた。



「到着だよ」


 車庫に自転車ごと突込み、悠斗は自転車を降りる。

 首についているカメラで自分の手を写して、シトリーたちを持ち上げる。

 車庫には青色のスポーツカーが止められていた。

 スポーツカーは悠斗の母の所有物。母は運転するのが趣味。

 今時、自家用車を持つことは珍しい。

 一昔前、田舎では移動手段として自家用車は必須だった。

 それが必須で無くなったのは、完全自動運転車が登場したからだ。


 かつて自動車は人が、自らの手で運転していた。

 運転手が不要になったのが完全自動運転車。

 目的地を指定すれば、自動運転で自動車が勝手に動き出す。

 簡単に言えば、日本の自動車すべてがタクシーになったようなもの。

 自動車を個人で所有する意味がうすれて、必要なときに呼び出して使う形になった。


 自動運転車が増えたおかげで、交通事故が激減した。

 事故原因のほとんどは人為的過誤。わき見運転やら、操作ミスなど。

 それらが無くなることで、安全性が大幅にあがった。


 自動運転車でも、完全に事故がなくなることはない。

 急な飛び出しなどは、物理的に停止することは不可能。

 センサー類の故障などで、予期せぬ事故がおきることもある。

 だが、人が運転するよりも遥かに事故が少ないのは確かだ。



 悠斗は玄関を開けて、中に入る。

 お出迎えをしたのは黒い犬と白い猫。白猫は黒犬の背に乗っている。

 二匹は家で飼っているセキュリティペットだ。


「ユウト。おかえりワン」

「ユウトさま。おかえりなさいニャン」


 ロボペットの黒犬コテツが悠斗に声を掛け、バーチャルペットの白猫ファムは、コテツの背中から二本のしっぽを振る。


「ただいま。コテツ、ファム。

 シトリー、紹介するよ。

 黒い方がコテツ。本物そっくりに作った機械仕掛けの犬だ。

 そして白い方がファム。

 君たちと同じで実体を持たない猫。

 ふたりとも言葉は分かるから」


「分かりました。コテツさんとファムさんですね。

 私はシトリーといいます。こちらはフランメリーです。

 よろしくお願いします」


 シトリーは悠斗の手の上でお辞儀をする。

 その隣でフランメリーが小さくピィと鳴いた。


「シトリーとフランメリーは俺の友達だから、警戒はいらないよ」

「わかったワン」

「データベースに登録しましたニャン」


 二匹はシトリーたちの警戒レベルを下げて、廊下の奥に消えていった。



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