020 アストレアの天秤



「ぐっ……」


 急激な体力の減少に、めまいを覚えてトウヤは膝をついた。


「サブアカで良く頑張ったよ。もう諦めて本アカに変わってよ、ね?」

「……本当は、使いたくないんだけど」


 トウヤは道具箱アイテムボックスから、黄金の天秤を取り出した。

 中央には女神の像があり、その両脇にはかりを置く皿が載っている。

 ナルメアが興味津々に、覗き込む。


「なにそれ?」

「秘密兵器って奴だ」


 剣についたナルメアの血を左の皿に一滴、右の皿には自分の血を垂らす。

 その瞬間、天秤が光り出す。

 さらにトウヤの体と、ナルメアの体が光り始める。


「な、なにが起きたの?」

「お望みどおり、本気の殺し合いをしてやるよ」


 狼狽するナルメアと、不適に笑うトウヤ。

 そして光は収まった。

 トウヤは自分のステータスを確認する。


「レベルは57か。つまりナルメアのレベルは103だったてことだな」

「え? どうして私のレベルを?」


 隠していた自分のレベルをぴたりと言い当てられ、ナルメアは狼狽する。


「自分のレベルを確認してみろ。今のレベルが57になってるだろ?」

「……ど、どうしてレベルが下がってるの?」


 ナルメアの顔が青ざめる。

 このゲームにおいて、レベルは資産。そして費やした時間でもある。

 それが半分消えたとなれば、精神的ダメージは大きい。


「この天秤、アストレアの天秤の効果だ。

 両方のはかりに対象の体の一部を載せると、レベルを均等に振り分ける。

 俺が11でナルメアが103。合計114。それを2で割ると57。

 だから、今は俺もナルメアもレベル57ってわけだ。

 振り分けるときのレベルは切り捨てだから、104って可能性もあるけど」


「こ、こんな効果のアイテム聞いたことないよ」


 ナルメアが驚愕の表情を浮かべていた。


「まあ、そうだろうな。かなりのレアアイテムだから」

「どうして、初心者の君がそんなレアアイテム持ってるのかな?」


 顔を引きつらせながら、ナルメアは質問する。


「それは、企業秘密だ」

「どうせ、本アカから移動させたんでしょ?」

「まあ、そんなところだ」

「やっと、認めた」


 ナルメアは嬉しそうに笑う。

 自分の予想が的中して、勝利にも似た快感が全身を駆け回り恍惚こうこつの表情を浮かべる。

 トウヤは無視して、説明を始める。


「今の状態で、どちらかが死ねば天秤の効果は切れる。

 効果が切れれば、レベルもHPも元通りになってデスペナを受けることもない。

 天秤はいわば、決闘用のアイテム。

 そして勝者は、敗者に一つだけ命令やルールを課すことができる。

 命令の効力は、命令達成か死ぬか、99日経過すれば消える。

 ただし命令を破るとその瞬間に死ぬ」


「無茶な命令は、わざと死んでやぶれるってことね」

「そういうことだ。死ぬより命令を守った方がお得だなと思わせるラインを見極めるのが重要だ」


「ふーん。面白そう。だけど、すごく不公平だよね。

 これってレベルが低ければ低いほど有利。

 だってレベルが低い人は、簡単に死ねるんだもん。

 だから、どんな命令を受けても死ねばいいだけ。

 反対にレベルが高くなれば、死んだときのデメリットが痛いから、なかなか死ねない。

 より難しい命令を受けることになる」


 ナルメアは不満げな表情を浮かべていた。


「この天秤は〝平等びょうどう〟な機会を与えるモノであって、決して〝公平こうへい〟な結果を生み出すモノではない。

 無理やり平等にすると、どこかに歪みがでるんだろう。

 平等と公平は必ずしもイコールにはならないってことだ」


「ちょっと、言っている意味がわからないんだけど?」

「簡単に言えば、すまん諦めてくれってことだ」

「ああ、そういうことね。分かった」


 ナルメアは素直に頷いた。


「それじゃ、そろそろ始めるか?」

「うん」


 トウヤとナルメアが、それぞれの得物を構える。

 そして、再び二人の戦いが始まった。


 斬撃、防御、転移、回避。

 剣と刀が激しくぶつかり合い。桜のエフェクトが周りに散らばる。

 二人の攻防は、演舞のごとく繰り広げられた。

 まるで決められた踊りのように、二人の呼吸がぴったりと合っている。

 とても激しく、そして美しい。

 互いの行動を先読みして、時には受け、時には回避。


 だが、徐々に二人にはズレが生じ始めていた。

 そのズレは少しずつ広がっていく。

 トウヤの動きにナルメアが遅れ始めた。

 剣撃を回避できなくなり、徐々に体に切り傷を作る。


 前のようにレベル差があれば、ナルメアのHPはほとんど減らない。

 だが、今は両者のレベルはまったく同じ。

 切られればガンガンHPが減っていく。


 勝負が決まる一撃がナルメアにあたると思った瞬間、ナルメアは大きくトウヤから距離をとる。

 ナルメアの体力は消耗し、肩で息をしていた。

 トウヤはナルメアを挑発するように言う。


「どうした? もう終わりか?」


「どうやら接近戦は君の方が上みたいだね。

 なら魔法戦はどうかな。炎騎槍フレイムランス


 ナルメアの手から炎の槍が投擲される。


「魔法戦は、しょうに合わないんだよ。氷衣フロストヴェール


 トウヤは自分の剣に水属性強化の魔法を付与した。

 レベルが57になっているので、簡単な魔法なら精霊草を使用しなくても詠唱ができる。

 反対にナルメアはフランメリーに放った獄炎投槍ヘルフレイムジャベリンを詠唱できなくなっている。


 業火の槍が迫り来る。それを剣で切り伏せる。蒸気が舞い視界が塞がる。

 蒸気の中から、トウヤは飛び出す。

 それに向けてナルメアは炎騎槍フレイムランスを連続で投げた。


 一本、二本、三本と、トウヤの足を止め。防御せざるを得ない状況を無理やりに作り出す。

 蒸気で出来た霧の奥にうっすらと映る人影に向けて、ナルメアは最後の槍を投擲した。

 炎の槍は、その人影に命中する。人影は崩れるように地面に倒れた。


「手ごたえあり」


 ナルメアは炎騎槍フレイムランスが直撃したと確信して笑みを漏らした。

 やがて霧は晴れる。

 そこに倒れていたのはトウヤではなかった。

 あるのは氷でできた人形。


「え? どこにいった?」


 ナルメアはトウヤが姿を消したことに驚き辺りを見渡す。

 だが、どこにもトウヤの姿はない。


「――上だよ」

「なっ!?」


 ナルメアがトウヤの姿を見たときには、すべてが決していた。

 トウヤの剣がナルメアを連続で切り裂いた。

 HPがゼロになったナルメアは地面に倒れる。

 勝敗が決した。


 再び、トウヤとナルメアの体が光る。

 二人のレベルとHPが元通りになった。

 トウヤはレベル11。ナルメアは103。


「俺の勝ちだ」


 トウヤは剣を鞘に戻しながら、地面に座り込むナルメアに告げた。

 ナルメアは静かに問う。


「……どうして?」


「どうして上にいたかって?

 磁性瞬間移動マグネティックテレポートだよ。

 蒸気が巻き上がってる間に、剣を上空へ投げた。

 その剣を基点に転移。

 あとは転移する前に氷人形アイスドールで、俺の分身を作って、そこにいると見せかけた。

 氷人形アイスドールの見た目は、完全に氷だから見せかけるのは、普通無理だ。

 でも蒸気で視界が悪くて、影ぐらいしか見えなかったから。

 上手く騙させたってわけだ」


「そう……。今回は・・・私の負けね」


 ナルメアは再戦する気満々のようだ。


「それじゃあナルメア、君にルールを課す。

 敗者は人間種の殺しを禁止にする」


 トウヤが宣言するとナルメアの体が一度だけ点滅した。

 人間種にはプレイヤーと一部のNPCが含まれる。

 トウヤは天秤を手に取ると、自分の道具箱アイテムボックスにしまった。


「これで俺かシトリーを殺した瞬間に、ナルメアも死ぬことになる」

「つまり、あのグリフォンは殺してOKってことだよね?」

「…………」


「あはは、嘘だよ。冗談冗談。

 そんなことしないから怖い顔しないで。

 今日は、これで帰るからさ。

 じゃあバイバイ。楽しかった。

 また遊んでね。トウヤ」


 そう言ってナルメアはどこかに転移して、姿を消した。

 トウヤは、嵐が去って安堵のため息を吐いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る