040 攻撃力ゼロと1の違い



 廊下も部室と同様に、廃墟のように荒廃した姿になっていた。

 見た目は廃墟だが、MRをやめれば、いつもと変わらない校舎がそこには存在する。

 表面的な変化で済んでいるのは、ここが第1世界だからだろう。

 もし第2世界以降ならば、実際に建物を劣化させ、いずれ倒壊に導いていたかもしれない。


 悠斗たちは廊下を見渡す。

 案の定、スケルトンがうろついていた。

 見える範囲では五体。まだこちらに気付いてはいない様子。


「八神、私は戦えない。だからその分、偵察を行なう。

 その間、お前たちは骸骨どもと遊んでいろ。

 何か分かったら教えに戻る」


「分かりました。お願いします先輩」


 ロビンは翼をはためかせて、一足先に廊下の先へ飛んでいった。

 ロビンが去ると、シトリーたちからは悠斗の姿が半透明になって見えた。

 悠斗を捉えるカメラがなくなって未確定状態――レイス状態になったのだ。


 シトリーは道具箱アイテムボックスから、背丈ほどのシンプルな銀の棒、シルバーロッドを取り出して、くるくると回しコンッと床を鳴らした。

 その動作は流れるように自然で、美しいとさえ感じさせる。

 武器の扱いは慣れているようで、これならスケルトンと対等以上に戦えそうだと、悠斗は思った。


 第1世界に魔力は存在しないため、基本的に魔法は使えない。

 しかし例外として道具箱アイテムボックス虹の橋ビフレスト転移ワープなどは使用できる。



「トウヤさん、スケルトン退治を始めましょう」


 シトリーのやる気は十分だ。

 しかし、悠斗はそれに待ったをかける。


「ちょっと待って。少し実験をしたい」

「実験? ですか?」

「ピィ?」


「今のままだと、俺はスケルトンと戦えない。

 触ることが出来ないから、戦力にならない。

 だから、どうやったら戦えるのかを実験をして確かめる」


「分かりました」


 シトリーが頷くのを確認すると、悠斗は仮想オブジェクトを呼び出す。

 第2世界以降では、仮想オブジェクトの呼び出しは使えない。

 使えるのは道具箱アイテムボックスから、あらかじめ収納していたモノをとりだすことだけ。

 しかし、ここは第1世界――MR世界なので、自由自在に仮想オブジェクトを呼び出すことが可能。


 呼び出したのは、弓と矢だ。


 実体である悠斗は、仮想体のスケルトンに干渉ができない。

 反対にスケルトンも、悠斗に干渉ができない。

 お互いが、無干渉で事実上の無敵状態。

 もし仮想オブジェクトで攻撃できるなら、こちらだけ無敵のまま一方的に戦うことが出来る。

 ノーリスクの戦いが出来るなら、それに越したことはない。


 悠斗は矢をつがえて、スケルトンに狙いを定め、弓を引く。

 首のカメラに映った手だけは、シトリーたちにはっきりと見えた。


 ――シュンッ!!


 風を切って、矢が高速で飛翔する。

 矢はスケルトンの頭部に命中した。


 物理法則にしたがって物理干渉したならば、スケルトンの頭部は矢によって粉砕されていたであろう。

 しかし、矢は頭部にぶつかると、力を失いポトリと地面に落ちた。

 まるで矢に加わっていた運動エネルギーが一瞬でゼロになったように。

 もちろん矢が当たったスケルトンは、何事もなかったように、ふらふらと彷徨っている。


「矢が当たったのに……」

「ピィ?」


 シトリーとフランメリーは、目の前の事象を不思議がっていた。

 一方の悠斗は無反応。たんたんと実験結果を受けとめている。


 そして、次はプレイヤーキャラのトウヤを呼び出した。

 悠斗とトウヤの外見は似ているため、双子のように見える。

 二人同時に見たことがないシトリーとフランメリーは、ものめずらしそうに見比べていた。


 再び仮想オブジェクトの弓矢を呼び出し、それをトウヤに渡す。

 悠斗がやったように、今度はトウヤが弓を引く。


 ――シュンッ! ――バンッ!!


 スケルトンに当たった矢が、その頭部を粉砕する。

 スケルトンは、人の形を維持できなくなりバラバラと床に散らばった。


「今度は効いた、どうして……」

「ピィ?」


 悠斗とトウヤが、まったく同じことをしたのにもかかわらず、結果が違っていたことに不思議がるふたり。


 悠斗が放った矢は無力化され、トウヤが放った矢は効力を発揮した。

 二人とも同じ仮想オブジェクトの矢を放った。

 二つの違いは、誰が・・矢を放ったかしかない。


 現実世界では不可思議な現象だが、ゲームの世界ならば、さして珍しいものではない。

 それはステータスの有無。

 ステータスとはキャラクターの各能力を数値化したもの。

 同じ弓矢でも射手しゃしゅの攻撃力が高ければ、威力は増し。

 反対に射手の攻撃力が低ければ、威力は減る。


 攻撃には、攻撃した者の攻撃力と、その攻撃を受けた者の防御力で、ダメージ計算が行なわれ、そのダメージ通りの物理現象が発生する。


 例えば、攻撃力ゼロの射手が弓を引いたら、その矢の威力がどんなに高くても、ダメージはゼロになる。

 どんな数字にゼロを掛けても、結果はゼロ。



「このエリアには、ステータスが存在する。

 そして仮想体以外の攻撃力はゼロに設定されている」


 悠斗は実験から結論を導き出した。


「あの、それは、どういうことでしょうか?」

「ピィ?」


 シトリーとフランメリーは、よく分かっていないようだ。

 悠斗は分かりやすく説明をする。



「まず基本的なことから。

 この第1世界は、レベルやステータスといった概念は、存在しない。

 全員が等しくレベルゼロ。

 攻撃力と防御力のダメージ計算をすることもない。

 物理現象は、物理法則にしたがって物理演算で、シミュレーションされる。


 そしてシトリー達がいた第2世界以降には、レベルやステータスといった概念が存在する。

 攻撃判定には、対象者同士の攻撃力と防御力でダメージ計算が行なわれ、その値の物理現象が発生する。

 もし攻撃力がゼロなら、ダメージはゼロになり、何も起こらない。

 実体の俺が放った矢が、効かなかったのはそのため。


 つまりこのエリアにはダメージ計算をするステータスルールが適応されている。

 実体である俺はレベルゼロで攻撃力ゼロの存在。

 でも仮想体であるトウヤはレベル1で攻撃力1。基本的な物理現象は引き起こせる。

 ここはゼロと1、実体と仮想体が分離された世界になっている」



 悠斗はトウヤのステータスを表示する。

 レベル1で全てのパラメーターが1になっていた。本来ならばレベル11。

 エリアルールで強制変換されている。

 それを見た悠斗は自分の推理に確信を持った。


「ええと、それはつまりユウトさんは戦えないということでしょうか?」


 悠斗の話を真剣に聞いていたシトリーが確認するように口を開いた。


「ああ、そうなる。でもトウヤでなら……」


 自分が何も出来ないことが分かり、悠斗の顔が少しだけ曇る。

 そしてトウヤを戦わせることに、一抹いちまつの不安を感じた。

 トウヤを戦わせるとは、つまりARモードでオート戦闘をさせるということ。

 オート戦闘でもある程度の戦いは出来る。


 自分よりもレベルが低いモンスターならば、なんら心配はいらない。

 ステータスに差があるため、多少の攻撃を受けてもゴリ押しで勝てる。

 だが、レベルが同等以上なら話は別だ。

 ステータスでのゴリ押しが出来ないため、純粋な戦闘技能で勝敗が付く。

 運の要素が大きくなり、オート戦闘ではかなり心もとない。


 このエリアは強制的にレベルが1にされる。

 レベル差が存在しない特殊なフィールド。

 オート戦闘とは、相性が最悪と言っても良い。

 スケルトンという雑魚モンスターでも、同レベルになれば、強敵に変わる。


「ピィピィピィ! ピィピィ?」


 不安げな表情の悠斗を見て、フランメリーが何かを訴え始めた。


「ふむふむ、なるほど。よく気が付きましたね」


 フランメリーの言葉はシトリーにしか分からないので、悠斗はふたりの会話を待つ。


「フランメリーはなんて?」

「ええと、木の人形と戦った時みたいに、仮想体を被せれば良いと言っています」


 フランメリーの提案が、シトリーに翻訳され、悠斗に伝えられた。

 グリフォンのくりっとした瞳が、どうかな? と悠斗の反応をうかがう。


「なるほど、それなら……」


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