041 アバターの操作方法



 アバターの操作方法は、主に三種類ある。

 一人称操作、FPO(First Person Operation)、またはアクトAct操作。

 二人称操作、SPO(Second Person Operation)、またはミラーMirror操作。

 三人称操作、TPO(Third Person Operation)、またはコマンドCommand操作。


 一人称操作は主にVRで、アバターに自分の意識を憑依ひょういさせて操作する方法。

 三人称操作は主にARで、第三者視点から命令を与えて操作する方法。


 そして二人称操作は、一人称操作と三人称操作の中間的な存在。

 自分の動作をアバターに真似させて、操り人形のように操作する方法。

 三人称操作では難しい細かな作業をする時に、一時的に二人称操作に切り替える、といった使い方をする。


 この第1世界、MR世界では二人称操作を応用した特殊な操作方法が存在する。

 本来、二人称操作は、操縦者とアバターの位置は別々にある。

 その位置を同じにすることで、アバターを自分に被せ、擬似的な一人称操作にする。

 ウェア操作、着用操作、着ぐるみ操作などと、呼ばれている操作方法だ。



 悠斗はトウヤをウェア操作しようと考えた。だがすぐにその考えをやめた。

 もしこのエリア内でトウヤがやられたら、トウヤのデータが完全消去される。

 例えキャラのレベルが低くても、完全消去はリスクが高い。

 それならば消去されても問題ないものを使おうと考え、バトルアリーナで使用した自分の姿そのままのアバター――リアルアバターを呼び出した。


 リアルアバターならば、消去されても問題ない。

 自分の姿をカメラで映せば、またゼロから作成が可能。

 現実の自分が存在する限り、リスクはないと言える。


 悠斗はトウヤをログアウトさせてから、リアルアバターをウェア操作に切り替えた。

 現実の悠斗と、仮想の悠斗の体がひとつに重なる。

 これで悠斗は実体と仮想体、二つの属性を併せ持つ存在になった。


「これで一緒に戦えますね」

「ピィ!」


 シトリーとフランメリーが嬉しそうに言葉を掛ける。

 悠斗はふたりに返事をしようとするが、その前に異変を感じた。

 リアルアバターのウェア操作が上手く動作していない。


 腕を腰よりも高く上げれば、ちゃんと動作をする。

 だが、腰よりも下の位置では、実体とアバターにズレが起きている。

 なぜこんなことが起きているのか。それはカメラの問題だ。

 実体の動きとアバターを連動させるには、実体の動きをカメラで捉える必要がある。


 バトルアリーナで木人と戦った時は、多くのギャラリーが悠斗をカメラで捉えていたから、問題はなかった。

 しかしカメラは今、悠斗の首にあるウェアブルデバイスのみ。

 カメラの観測範囲外で、レイス状態の悠斗には、ウェア操作を上手く動作できない。


「……これは」

「あれ、おかしいですね? 足元の方がすごくズレています」


 シトリーが悠斗の足元を見て指摘する。

 アバターのズレは特に足元が大きくなっていた。

 これでは戦闘をするのは難しい。


「シトリーごめん。今の俺に、接近戦は無理みたいだ。

 だから弓で遠距離から援護するよ」


 接近戦では少しのズレが勝敗を大きく分ける。

 だが遠距離ならば、多少のズレは問題ないと、悠斗は判断した。


「分かりました。ここは私とフランメリーに任せてください。

 スケルトンなら、問題ありません。

 そうですよね?」


「ピィ!」


 フランメリーは元気良く返事をした。

 MR世界では実体を持った人間に歯が立たず、苦い経験をしたフランメリーだが、今回ばかりは活躍のチャンスがありそうだと、やる気は十分。


「よし。まずはこの廊下を片付けよう」


 悠斗の呼びかけに、シトリーとフランメリーが返事をして、スケルトンに向かっていく。

 ぼーっと歩いていたスケルトンがシトリーたちの接近に気付き、戦闘態勢をとった。


「――はっ!」


 黒衣の少女が銀棒を振るう。

 空中に銀の軌跡きせきが描かれる。

 それはまるで、銀色の三日月。

 一秒にも満たない刹那せつなのうちに、三日月は姿を消す。

 後に残ったのは骸骨の残骸のみ。


 あっと言う間に、シトリーはスケルトン一体を倒してしまった。

 これで廊下にいるスケルトンは、残り三体。


「ピィー!」


 自分にもやらせてくれと、雄叫びを上げるフランメリー。

 グリフォンの巨体がシトリーの脇をすり抜けて、奥にいるスケルトンたちに突進する。


 黄色の巨体が嵐のごとく荒れ狂い、骸骨たちを次々に飲み込んでいく。

 丸太のように太い前足で、頭蓋ずがいを砕き、肋骨ろっこつをへし折り、背骨を踏み潰す。

 大きなくちばしで噛み付き、壁や床、天井に叩きつける。

 叩きつけられるたびに、骸骨は骨片こっぺんを辺りに撒き散らした。

 嵐が去った後、骸骨たちは本来のあるべき姿、動かない屍へとかえっていた。


 三体のスケルトンはバラバラにされ、誰がどの骨なのか、もう判別はできない。

 一仕事終えたフランメリーは満足そうな表情を浮かべる。

 溜まっていたストレスを骸骨たちで、うまく発散させたようだ。


「この分だと、俺の出番はなさそうだな」


 悠斗は構えていた弓の仮想オブジェクトを消しつつ、ぽつりと呟いた。

 シトリーとフランメリーの戦闘を見た後だと、ふたりが負ける姿がまったく想像できない。

 廊下にいたスケルトンたちを片付け終えて、一息ついていると突然、女性の悲鳴が響く。


「――きゃああああっ!」


 悲鳴の発生源は美術部の中のようだ。

 発生の原因は、おそらくスケルトンの出現。

 普通ならば、スケルトンが現れたくらいで悲鳴を上げることはない。

 レベルの低い雑魚モンスターであるスケルトンは、オート戦闘で十分に倒せる。

 しかし、今は特殊なエリアルール内にあるため、レベル差がなくなっている。

 それに気付かずオート戦闘をして、運悪く返り討ちにでもあったのだろう。

 悠斗は、悲鳴の理由を考えつつ、美術部の扉を遠慮がちに開いた。


「あのー、どうかしましたか?」


 部屋の中には十人ほどの女子生徒たちがいた。

 椅子が円形に並べられており、誰かをモデルにしてデッサンの練習をしていた形跡がある。

 数名は椅子に座ったまま、残りは椅子から立ち上がり、壁際まで下がって、何かに怯えている様子。

 その二つのグループは、同じある一点を見つめている。

 視線の先では、スケルトンと人間が剣戟けんげきを繰り広げていた。

 人間側はVAMのプレイヤーキャラ。それは悠斗の良く知っている人物、ハルナだった。


 そのすぐ後ろには、女生徒が二人しゃがみ込んでいる。

 一人は力なく床にへたり込み「私のキャラが……」と呆然と呟いている。

 彼女のキャラがスケルトンにやられて、データを消されてしまったのだろう。

 そんな彼女を励ます形で、体に白い布を巻きつけた変な格好の人物がいる。


 その人物は月島春奈だ。

 巻きつけた布は薄く、肌色が透けて見える。

 春奈は手に仮想の剣を持っているが、それを振るおうとはしない。

 おそらく剣を振るった後で、スケルトンには効かないと分かったのだろう。

 自キャラであるハルナのオート戦闘を固唾を呑んで見守っている。


 ハルナとスケルトンが剣を打ち合う。

 両者の技量は、ほぼ同じ。だがスケルトン側の方が少しだけ優勢のように見えた。

 スケルトンを良く見ると、今まで戦った個体と少し違っていることに気付く。

 悠斗たちが今まで倒したスケルトンは、剣を一振り持っているだけだった。だが今、目の前にいる個体は、鎧を着て盾を持っている。

 ただのスケルトンではなく、その上位個体のスケルトンナイト。


 ハルナの剣を盾で防ぎ、スケルトンナイトは戦闘を有利に進めている。

 スケルトンナイトは、盾を構えたままハルナに突進をした。

 ハルナは弾き飛ばされて地面に倒れる。その衝撃で手にしていた剣を離してしまう。

 地面に倒れ防御が取れないハルナに、スケルトンナイトは剣を振り上げ、止めを刺そうとする。

 それを阻止するために、春奈が飛び出して仮想の剣を振るった。


 仮想の剣はスケルトンナイトの首元を捉えていた。

 間違いなく致命の一撃だ。

 しかし、春奈の剣はスケルトンナイトに当たると、ピタリと動きを止めた。

 春奈は、構わず腕を振り切る。

 だが剣は春奈の手に付いて来ない。

 剣の柄が透過して、春奈の手から零れ落ちた。

 スケルトンナイトにダメージは一切無い。

 春奈の顔に、絶望が浮かぶ。


 ――スケルトンナイトの凶刃きょうじんが無防備のハルナに迫る。


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