042 ARフィルター -AR Filter-
悠斗は部屋の中に飛び込み、射線を確保する。
そして仮想の弓を呼び出して、一瞬の内に三本の矢を連続で放った。
本来なら、矢を連続で放つことは難しい。
弓の弦に矢を宛がう動作に、数秒の時間を要する。
そのわずかな手間を省くことで、悠斗は連射を可能にした。
弓の弦を引くと、自動的に矢が
矢の装填をオートマチックにするという仮想オブジェクトだから出来る裏技。
放たれた矢が、スケルトンナイトの腕に当たり、持っていた剣を吹き飛ばす。
ハルナは危機一髪で、凶刃を回避した。
突然の攻撃を受けて、
それとは反対にハルナは、素早く体勢を立て直す。
床に落ちた剣を拾い上げ、スケルトンナイトに猛攻をしかけた。
激しく打ち合わさる剣と盾。
剣を失ったスケルトンナイトは防御に徹しており、守りは堅い。
ハルナは、なかなかスケルトンナイトの防御を崩せない。
再び三本の矢が飛翔する。
二本は鎧に弾かれる。
だが一本は鎧の隙間を抜けて、むき出しの足骨に当たる。
その瞬間、スケルトンナイトは大きく体勢を崩した。
「今っ!」
春奈が叫ぶ。それに呼応してハルナは剣を振るう。
――
ハルナの剣が、スケルトンナイトの首を両断する。
頭部を失ったスケルトンナイトは、積み木が崩れるように、ガラガラと音を立てて床に散らばった。
春奈は緊張の糸が切れたように、大きく息を吐く。
そして、矢で援護をしてくれた人物へと振り返った。
春奈は裸足をペタペタと鳴らして、悠斗の元に駆け寄る。
「八神くん! ありがとう!」
「危ないところだったね」
「うん、
……そうか、剣じゃなくて、弓なら良かったんだね。盲点だったー」
春奈は悠斗の持つ弓に視線を向けて、何かに納得している様子。
「たぶん勘違いしてると思うから言うけど。
スケルトンに攻撃が効かないのは、剣とか弓。武器の問題じゃないよ。
実体と仮想体の問題。
俺は今、リアルアバターをウェア操作してる。実質、仮想体でもある。
だから、弓の攻撃が効いたんだ」
悠斗は、リアルアバターの位置をズラしてみせる。
実体と仮想体、二人の悠斗が横に並んだ。
「ああ、なるほど! そういうことね!」
春奈はポンッと手を打って納得する。
すると、体に巻きつけていた白い布がほどけて、ハラリと落ちた。
春奈の
女性特有のやわらかい曲線と、ほどよく引き締まった筋肉。
誰が見ても美しいと思えるほど、バランスの取れた体型。
美術部が絵のモデルを頼むのも無理はないと思えるほどの裸体が、そこにはあった。
「…………」
「…………」
全裸のまま固まる春奈と、平然とリアルアバターをウェア操作に戻す悠斗。
室内の生徒たちが、そんな二人を見て、息を呑む。
悠斗以外、この場にいるのは、全員女子。
シトリーとフランメリーは廊下から、ひょっこりと中を覗いている。
悠斗の元へ荒々しい足取りで近づく女生徒が一人。
その人は、
鳴海は背後から近づくと、悠斗の横顔をめがけて思いっきり平手を放った。
普通の人間ならば、後ろからの攻撃は避けようがない。
背中に目がないのだから、当然だ。
しかし悠斗は、鳴海の平手をひょいっと回避した。
悠斗は首のウェアブルデバイスのカメラにより、常に360度の視界があるため、鳴海の行動を見ていた。
「いきなり殴りかかってくるとは、
「殴られて当然だと思います。春奈をマジマジと見て、いやらしい。
……ほら、早く拾って」
鳴海は裸の春奈の前に立って、悠斗の視線を遮る。
春奈は床に落ちた白い布をそそくさと拾い上げ、体に巻きつける。その顔は少し赤くなっていた。
「もしかして、俺が月島の裸を見たと思って、怒ってるのか?」
「そうです!
普通なら気を使って、視線をそらすのに、あなたはマジマジと見た。
そんなことをして、恥ずかしくないんですか?」
「ああ、それなら大丈夫。見てないから」
「しっかりと見てたじゃないですか!
まさか目をつぶっていたとでも、言うんですか!
そんな見え透いた嘘は通用しませんよ!」
鳴海は悠斗に怒鳴る。
悠斗は肩をすくめて、説明を口にする。
「ポルノプロテクトのARフィルターをかけてるから、大事な部分は見えてない。
ちゃんとモザイク処理されてたから」
ARフィルターとは、あらかじめ指定しておいた属性のモノがカメラに捉えられた時、別のモノに置換したり、画像処理を行なう技術のこと。
未成年者は、性的表現にモザイクをかけるポルノプロテクトと、血や内臓などの残酷表現にモザイクをかけるゴアプロテクトの使用が推奨されている。
モザイク部分は、白塗り、黒塗り、謎の光、好きな画像など、自分好みのカスタマイズが可能。
しかし、両プロテクトを律儀に使用している未成年者はごく少数。
むしろ正反対のARフィルターをかけていたりすることの方が多い。
ヌードフィルター。服が画像処理で取り除かれて裸に見える。
異性の裸が気になる年頃になれば、男女問わず一度は使用する定番のフィルター。
筋肉フィルター。骨格フィルター。ゾンビフィルター。アニメフィルター。獣化フィルター。幼児フィルター。
性別反転フィルター。ロボ化フィルター。など様々なフィルターが存在し、個々人が別々の世界を見ることができる。
これまで挙げたフィルターは、プライベートフィルターといい、使用者が能動的にフィルターを取得し使用するプル型。
それとは違うプッシュ型のパブリックフィルターが存在する。
パブリックフィルターは、公共のフィルターで自分の容姿に関するデータを自分以外に提供し、適応してもらうものである。
簡単に言えば、
目の大きさ、肌の色艶、髪色、香水などをカスタマイズして、理想の容姿のデータを作成。
このデータを『パブコス』と呼ぶ。
パブリックコスメ、パブリックコスチューム、二つの意味が含まれている。
衣服に関しては、色や柄の変更。小さなアクセサリーの追加が可能。
大幅な改変は推奨されていない。
本来の姿ではなく、理想の姿の自分をみんなに見てもらうのが、パブリックフィルターの役目である。
理想の姿といっても限度があり、あまりに本人からかけ離れたパブコスは、みんなからNGをもらい適応から除外される。
パブリックフィルターはほんの少し修正する
パブリックフィルターの出現で、女性が実際に化粧をすることは少なくなった。
そのため化粧品会社は大幅な規模縮小を余儀なくされた。
化粧をするのは世界規模で活躍する政治家や大企業の役員など、ごく一部。
国内だけで活動する人ならば、化粧をする必要はほぼない。
高校生にもなれば、女子たちは自分のパブコスをいじり始める。
友達と騒ぎながら、パブコスをいじるのが休み時間の定番だ。
対して男子はパブコスに興味はない。ヒゲやスネ毛の無駄毛処理、ニキビ跡の消去をする程度。
しかし彼女が出来ると、彼女が彼氏のパブコスをいじる。
すると、周りの男子たちが変化に気付き、彼女が出来たことを察する。
野暮ったいパブコスをしていると、彼女がいない奴とバカにされるので、それを気にしていじり始めたりする。
反対にキメキメのパブコスをしている男子は、彼女持ちだと思われて、女子たちに敬遠される。
なので、合コンなどでは、わざと野暮ったいパブコスにするなど、場面場面で切り替える男子もいる。
悠斗はというと、パブコスに興味はない。
だが、妹の
一度、瑠花に見せたことがあるが、バケモノと悲鳴をあげられた。
でも、璃乃はその変顔をカッコイイと評する。
なので、たまに璃乃だけに見せて喜ばせている。
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