043 本物と偽物



 鳴海なるみは悠斗の説明を鼻で笑う。


「ポルノプロテクト?

 そんなもの高校生にもなって使ってる人はいません。特に男子は。

 あなたはどこの小学生ですか?」


 鳴海の嫌味に悠斗は苦笑いを浮かべる。


「ポルノとゴアは一応、未成年者推奨なんだけどな……。

 たしかに高校生で使ってる奴は少数だろう。

 だけど、俺は使ってる。

 たまに妹の風呂に間違って入っちゃうんだよ。

 だから、妹からゴアは良いけど、ポルノだけは適応してね。ってキツく言われてる。

 そういうわけだ」


「しっかり者の妹さんがいるんですね。

 分かりました。プロテクトを使っていたことを信じます。

 それと殴りかかって、ごめんなさい」


「いや、俺も悪かったよ。

 プロテクトを使ってるかどうかは、本人以外は分からない。

 だから、もっと気を使うべきだった。

 ごめん、月島」


 悠斗は、鳴海の後ろに身を隠す春奈に謝罪した。


「大丈夫、私ぜんぜん気にしてないから。

 それと助けてもらったのに、謝られるとなんか気まずい。

 この話題はおしまいにしよ?」


 ほんのりと頬を赤く染めた春奈が二人に提案した。


「分かった。春奈が良いなら、私もそれに従うわ」


 鳴海はいつもの冷静さを取り戻していた。

 話が一段落したところで、悠斗は部屋の様子を見回しながら素朴な疑問を口にする。


「それにしてもリアルでヌードデッサンなんかしてるんだな。

 ヌードフィルターじゃダメなのか?」


 鳴海は大きなため息を吐いて、悠斗に鋭い視線を向ける。


「はあ……。あんな下品なまがい物、描く価値もありません。目が腐ります。

 私たちは本物・・を描きたいんです。

 あなたには、到底理解できないでしょうけど」


「本物が目に見える現実だけにあるとは限らないんじゃないか?

 むしろ、本質は目に見えないことの方が多い気がする」


「あなたの妄言もうげんに付き合う気はありません。時間の無駄です。

 ただでさえ、意味不明な骸骨たちに、時間を奪われたというのに……。

 これ以上、偽物には関わりたくないです。

 偽物に関わっても、ろくなことにはなりませんから……」


 そう言って鳴海は、涙を流す女生徒に冷ややかな目を向けた。

 その女生徒はスケルトンに自キャラを殺されて、データを消去されてしまった被害者。

 数名の生徒が彼女に寄り添い慰めている。


「偽物の世界なんて……」


 鳴海の言葉が途切れた。

 その視線の先には、室内に入ってきたシトリーとフランメリーがいた。


「トウヤさん、そろそろ他の場所にいきませんか?」

「ピィー! ピィー!」


 待ちくたびれたふたりは、悠斗に提案をした。

 それに悠斗が答えようとするが、その前に春奈が口を開く。


「あー! ふたりともおっきくなってる。

 もしかして、これからスケルトン退治にいくの?」


「はい。そうですよ。

 スケルトン退治と、特殊なエリアになってしまった原因を調べています」


「やっぱりそうなんだ。私も一緒に行きたいなー。……ダメかな?」


 春奈はチラリと鳴海に視線を向けた。

 鳴海はため息を吐いて、ピシャリと言い放つ。


「ダメよ。あなたモデルなんだから」


「あはは、やっぱりダメだよね。残念。

 それでこのエリア。虚無への誘いだっけ?

 これが例のVペット殺しの原因なんだよね?」


 春奈は悠斗に確認をする。


「おそらく。このエリア内で仮想体が死ぬと、元データが消去される。

 それと仮想体はレベル1に強制変換される。

 レベル差があるから楽勝だと思って戦うと、痛い目を見る」


「いつもの調子でオート戦闘すると返り討ちにあう。

 私とあの子みたいに……。

 だから、八神くんは自キャラを呼び出してないんだ」


「ああ、そうだ。

 それとリアルアバターならいくらデータを消去されても、また一から作成ができる。

 リスクゼロってのも理由」


「なるほどね。

 私もリアルアバターで一緒に戦いたかったけど、ダメって言われちゃったからなー。

 本当は暴れ回りたかったけど、仕方ないからまた石像のように固まることにするよ。

 八神くん、シトリーちゃん。あとフランちゃん。原因究明がんばってね!」


 春奈に応援をされて、悠斗たちは美術部を後にした。

 廊下に出たところでシトリーが思いつめた様子でぽつりと口を開く。


「トウヤさん。私や私が住む世界は偽物なんでしょうか?

 本物はトウヤさんたちが住む世界で、私やフランメリーのいる世界は、まがいもの。虚構の世界」


「……ああ、鳴海がそんなことを言ってたね。

 あくまで鳴海個人の意見だから、気にすることないよ」


「トウヤさんは、どう思っているのですか?」


 シトリーの瞳は真剣だ。

 それに応えるために、悠斗はシトリーに向き直る。


「俺たちプレイヤーからすれば、シトリーたちは実体のない仮想の存在。

 コンピュータ上で作られた虚構世界の住人だ。

 機械を通さなければ、見ることも話すことも出来ない。

 でも、俺とシトリーは今、こうして話をしている。

 それが俺にとって一番重要なことなんだ」


「……重要なこと?」


「俺の世界には、たくさんの人間がいる。

 そして、そのほとんどの人間と俺は話をしたことがない。

 現実にいる話をしたことのない人間と、虚構でも話したことのある人間。

 俺にとって大切なのは、後者。話したことのある人間だ。

 そこに現実も虚構も、本物も偽物も関係ない。

 俺にっては、俺とどれだけ関わりがあるかが問題。

 見知らぬ誰かが死んでも俺は悲しいとは思わない。

 けれど、シトリー。君が死んだら、俺は悲しいと思う。

 ……これが答え、でいいかな?」


「…………」


 悠斗の答えをシトリーは黙って受け止めていた。

 そこにフランメリーが鳴き声をあげる。


「ピィ! ピィ?」

「え? ああ、フランメリーが死んでも同じだよ。俺は悲しい」

「ピィ! ピィ! ピィ!」

「俺が死んだら悲しいって? そう言ってるのか?」

「ピィィィィ! ピィィィィ!」


 フランメリーは、悲しげな鳴き声をあげる。


「大丈夫。俺が急死した場合、所有権が瑠花に移るようになってるから心配要らない」

「ピピィ、ピピィ」

「え? 違う、そうじゃない? 他に心配するようなことあったかなー」


 フランメリーが否定していることは分かるが、何を否定しているのか悠斗には分からなかった。

 考え込む悠斗に、シトリーが優しく説明する。


「トウヤさん。

 フランメリーは、トウヤさんが死んだ時のことを考えたくないんです。

 もっと、ずっと一緒にいたい、そう言っています」


「ピィー」


 シトリーに体を撫でられて、フランメリーは落ち着いた鳴き声をあげた。


「なるほど、例えが悪かったんだな。

 大丈夫。そう簡単に俺が死ぬことはない。

 だから、好きなだけ一緒にいれば良いさ」


 悠斗の言葉に、フランメリーは満足げに「ピィ」と鳴いて返事をした。

 そんなふたりを見て、シトリーはやわらかな笑みを浮かべる。


「トウヤさんのさっきの言葉の意味。分かったような気がします。

 大切なのは他人の評価ではなく、自分の気持ち」


「気持ちや心なんてものは、目に見えないし、さわれもしない。

 だから、ないがしろにしがちだけど、本当は一番大切なこと。

 俺はそう思ってる」


「はい! その通りだと私も思います!

 今、私はトウヤさんと会話をして、嬉しい楽しいと感じている。

 この気持ちが大切なんですね!」


 シトリーは、胸に手をあて晴れやかな笑顔を浮かべた。

 悠斗は真っ直ぐにシトリーを見つめながら、静かに答える。


「たとえ世界が偽物だとしても、自分の心だけは本物だと信じた方が良い。

 もし疑うのならば、それこそ全てが無意味になってしまう」


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