044 拡張された現実



 悠斗たちは階段を降りて、第二棟の二階にやってきた。

 三階と同様に、二階にもスケルトンたちが廊下を徘徊している。


「シトリー、フランメリー。廊下を片付けてくれるか?」

「はいっ。まかせてください」

「ピィ!」


 悠斗の言葉に、ふたりは元気良く返事をして廊下を駆けていく。

 そして、あっという間にスケルトンたちを一掃してしまった。

 その後、悲鳴が聞こえる部屋や、廊下からスケルトンが見えた部屋の手伝いをして回った。

 生徒がいる部屋は大抵、スケルトン退治に大騒ぎをしていた。

 だが、中には静かな部屋もあった。


 静かな部屋は大別して二種類に分けられる。

 一つ目は、スケルトンを自力で倒してしまった部屋。

 VAMプレイヤーが大勢いれば、数の力でスケルトンを圧倒できる。


 二つ目は、MRアプリを閉じて完全に無視している部屋。

 VAMをMRアプリとしてのみ使用している人は多くいる。

 そういう人はプレイヤーキャラを作成していないので、戦おうとはしない。

 異変を察知して、一時的にMR世界から退避するという方法を選択した。


 スケルトンが出現したといっても、それはMR世界での話。

 MRアプリを停止させれば、一瞬でスケルトンは目の前から消える。

 全員がその選択肢を取れれば、騒ぎはここまで大きくならなかっただろう。

 しかし、実際問題として、全員がMRアプリを停止させることは難しい。


 まずMRアプリとしての『ヴァルキュリー・アルカディア・ミラージュ』の国内シェアは一位。

 そのため多くの生徒たちが使用している。

 さらにMRアプリを常に起動し、生活の一部になっている人もいる。そういう人はMRアプリを停止するという考えにはならない。Vペットを飼っている人などは特に。


 VAMの第1世界ミラージュは、単なる仮想世界ではなく。

 多くの人にとっての現実。まさに拡張された現実なのだ。


 MR世界を一つの部屋に例えた場合、そこに現れたスケルトンはゴキブリのようなもの。見た目が悪く人間に不快感を与える。

 部屋にゴキブリが現れたら、ほとんどの人は退治しようとする。

 自分が部屋を出て行って、ゴキブリが消えるの待つ人はあまりいない。

 なぜならゴキブリが出て行ってくれるという保障はないからだ。自分で対処しない限り、ゴキブリが部屋に居続ける可能性は高い。


 自分が部屋を出て行くことは、言わばMRアプリを停止すること。

 そして、その選択をした部屋は少ない。

 学校のほぼ全ての部屋で、スケルトン退治の大騒ぎが繰り広げられていた。



 第二棟を一通り片付けた悠斗たちは、渡り廊下を通って第一棟に向かう。

 そんな背中に黄色い声援が掛けられた。


「シトリーちゃん! 頑張ってね」

「フランメリーちゃん、ありがとう!」


 二階のベランダから、女子たちが手を振っていた。

 女子たちがいる場所は、少し前に悠斗たちが助けに入った部屋の一つだ。

 第二棟の半数以上の部屋を悠斗たちが助けたため、一部で人気者になっていた。

 しかし、そこに悠斗は含まれない。

 シトリーとフランメリーがスケルトン退治のほとんどをやっており、悠斗は後ろでただ見ていただけ。

 そのため悠斗のことは単なるオマケとしか認識されていなかった。


「ありがとうございます! 頑張ります!」

「ピィ!」


 シトリーとフランメリーが声援に答えると、女子たちは歓声を上げた。

 華やかな声に送り出され、悠斗たちは第一棟に足を踏み入れた。

 第二棟と比べれば、こちらの騒ぎは小さい。それは単に教室に居残っていた生徒が少ないからという理由だ。

 それでもいくつかの教室で、戦闘をしているような音が聞こえてくる。


「まずは、二階の自分の教室を見に行っても良いかな?」


 悠斗はシトリーたちに訊ねた。

 校舎全体を調べるのなら、一階から順番に見て回った方が効率が良いことは、悠斗にも分かっている。

 だが、どうしても自分の教室の様子が気になってしまった。


「はい、もちろん良いですよ」

「ピィ」


 シトリーたちは悠斗の意見を快く承諾した。


 一階の廊下を見渡すと、一人の女生徒がスケルトンに仮想剣で切りかかっていた。

 しかし、スケルトンに攻撃が一切効いていない。

 剣を振るうたびに、手から剣がこぼれ落ちてしまっていた。


「この、この、なんで効かないのよ!」


 女生徒は涙目でスケルトンを倒そうとしている。

 一方の、スケルトンは女生徒を完全に無視。スケルトンは仮想体にしか反応しない。


「……トウヤさん」


 シトリーが女生徒を助けて良いかと、目で訴える。

 悠斗は首を振って、自らの手に仮想の弓矢を呼び出した。

 そして、スケルトンに向けて矢を三連射。

 頭蓋ずがいを破壊されたスケルトンはガラガラと崩れ落ちた。


「え? な、なに?」


 いくら攻撃をしても倒せなかったスケルトンが、いとも簡単に倒され、女生徒は呆然としている。

 鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、女生徒は悠斗たちに視線を向けた。

 悠斗は女生徒が三年生だと分かると、軽く会釈えしゃくをする。


「それじゃ、二階に行こう」


 悠斗はシトリーたちに声を掛け、階段に向かった。

 シトリーとフランメリーは呆然とする女生徒に手を振ると、悠斗の後に続いた。




 二階に上がり少し進むと、教室から滝川が飛び出してきた。

 滝川は勢い余って廊下の壁に背中を強打し、渋い顔を作る。

 老朽化した壁の表面がボロボロと落ちて、新しい壁の表面が現れたが、すぐに老朽化してくすんだ色に変わった。

 続けざまに滝川のキャラであるシンキも廊下に転がり出る。

 どうやら教室内にいるスケルトンに苦戦し、押し出されてしまったようだ。


「やあ滝川。頑張ってるみたいだね」


 悠斗は軽い感じで、横から声を掛けた。


「あ? 八神じゃねえか!?

 って、今それどころじゃねぇんだよ」


 滝川はシンキとスケルトンの戦いに集中しており、悠斗に構っている余裕はないようだ。

 悠斗は邪魔しないように、滝川の背中にそっと声を掛ける。


「そのスケルトンにやられると、データが消えるから気をつけてね」


「んなこと、分かってるんだよ!

 俺よりもレベルが高い奴がすでに何人もやられてる。

 このスケルトン、只者ただものじゃねえぞ」


「えーと、そのスケルトンは只者だと思う」


 悠斗は苦笑いを浮かべて、自分の意見を述べた。


「は? んなわけねーだろ!

 中級者の奴らが、やられてんだぞ?

 普通、ただのスケルトンに負けるわきゃねーんだよ。

 ――シンキ、距離をとれ!」


 滝川はシンキに命令を出す。

 やられた時のリスクを知ってるためか、かなり慎重な戦い方をしている。


「それはレベル差がなくなって、ゴリ押しが効かなくなってるからだよ」


「は? 何いってんだ?」


 滝川は悠斗の言わんとすることを分かっていない。

 気を抜いたところにスケルトンが攻撃をしかける。


「余所見をしてると危ないよ」


「って、――避けろ!」


 とっさに指示を出し、シンキはギリギリのところで、スケルトンの攻撃をかわした。

 滝川は、冷や汗をぬぐう。


「あぶねえ。……八神、もう話しかけるな。戦いに集中できねーから」


「分かった。でもその前に一つ質問。

 そのスケルトン。俺が倒しちゃっても良いかな?」


「……あはは、ナイスジョーク。

 俺よりレベルの低いお前が、オート戦闘で勝てるわけねーって。

 それに実体や仮想オブジェクトの攻撃は一切効かない。

 だからキャラで戦うしかない。

 どう考えても、お前には無理だろ?

 まあ、やりたきゃやってもいいけどよ。どうなっても俺はしらねえぞ」


「それじゃ、やらせてもらうよ」


「お、おう」


 滝川は戸惑いながらも頷く。

 悠斗は仮想の剣を呼び出し、手に持った。


「お前、俺の話聞いてた?

 仮想オブジェクトで殴っても、効かないんだって」


 呆れる滝川に、悠斗はただ笑顔を浮かべる。

 そして、剣を持ってスケルトンに走った。

 急接近した悠斗に、スケルトンが剣を振り下ろす。


「あれ?」


 スケルトンは実体に反応しない。なのに悠斗に攻撃した。

 何かが違うと気付いて、滝川は声を漏らした。


 悠斗は攻撃を剣で受け流しながら、スケルトンの横を通り過ぎる。

 鉄と鉄が擦れる音が廊下に響く。

 後ろに回った悠斗は体を回転させ、スケルトンが体勢を整える前に首を跳ね飛ばした。


「……マジかよ」


 滝川は、予想外の出来事にただ驚いていた。


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