039 エリアルール -Area Rule-
いわゆるスケルトンが突然、部屋の中に出現した。
本来ならモノをみることは出来ないが、魔物なので現実世界の常識は通用しない。
スケルトンはある一点をしっかりと見つめていた。
それはシトリーとフランメリーのふたり。
悠斗と千夜のことはまるで眼中にない様子。
どうやらスケルトンの目的は仮想世界の住人にあるようだ。
「――はっ!」
悠斗は立ち上がると、スケルトンの頭部に回し蹴りを放つ。
スケルトンは防御も避けることもせずに、ただその蹴りを受けた。
本来ならその衝撃で吹き飛ばされる。だがスケルトンは何事もなかったかのように立っていた。
悠斗の蹴りはスケルトンの体をすり抜けてしまっていた。
スケルトンはシトリーたちに向かって歩き始める。
それを止めようと悠斗は腕を掴んだり、体で壁になったりするのだが、スケルトンに影響を与えることはできなかった。
どうやら干渉設定の不干渉値が高く設定されているようだ。
スケルトンはシトリーたちの前にくると、手に持っていた剣を振り上げる。
千夜が恐怖に怯えながらも両手を広げて、シトリーたちをかばう。
しかし、現実世界の人間ではスケルトンの剣を防ぐことはできない。
剣は実体をすり抜けて、後ろにいるシトリーたちに容赦なく襲い掛かるだろう。
「――フランメリー!」
「ピィ!」
悠斗の声にフランメリーはすぐに反応し、空中へ飛び上がった。
そして右に三回転。
手のひらサイズのフランメリーが一瞬にして、元の大きさを取り戻した。
大きさの戻ったグリフォンの前足がスケルトンを力任せに叩き潰す。
――ガシャァァァァン!!
派手な音を立てて、スケルトンははじけ飛んでバラバラになった。
千夜は安心してふにゃりと、その場にへたり込んだ。
「フランメリーありがとう。おかげで助かったわ」
「ピィ!」
シトリーも体を元の大きさに戻して、フランメリーに抱きついた。
フランメリーは褒められたことが嬉しいようで、気持ちよさそうな声を漏らしている。
「先輩、ありがとうございます」
悠斗はへたり込んでいる千夜に手を差し伸べた。
千夜はその手を取らずに、悠斗をじっと見つめる。
「……君に、御礼を言われることなんてしてない」
「シトリーたちを、体を張って守ろうとしてくれました」
「守ろうとしたけど、意味はなかった。むしろ……」
「そうですね。
俺や先輩じゃ、スケルトンに触ることはできませんでした。
先輩の行動は逆にシトリーたちの視界を塞いで、危険に晒したと思います」
「……ごめん、なさい」
千夜は申し訳なさそうに視線を下げた。
「謝らないでください。
とっさの出来事だったので、誰でも間違いは
それよりもシトリーたちを守ろうとしてくれたこと。
その気持ちに、御礼を言わせてください」
「……うん」
悠斗に正面から見つめられて千夜は顔を赤くする。
そしてためいがちに、悠斗の手を取り千夜は立ち上がった。
そこにシトリーとフランメリーが心配そうに駆け寄る。
「チヤさん、どこか怪我はしてないですか?」
「ピィ?」
「だ、大丈夫。シトリーの方こそ、大丈夫?」
「私も平気です。それより、このスケルトンはいったい?
部屋も廃墟みたいに、なってしまいましたし何が起きたんでしょう?」
シトリーが全員の思っている疑問を口に出した。
しかし、答えを知っている者は、この中にはいない。
全員が押し黙り、しばしの沈黙が落ちる。
悠斗は少し考えた後、口を開く。
「もしかしたら今のこの状況が、例のVペット殺しの正体かもしれない」
「Vペット殺し? なんだそれは? 分かりやすく説明しろ八神」
千夜とロビンのために、悠斗は説明をする。
「今日の昼休み。モンスターにVペットを殺された生徒がいたんです。
普通なら元データが残っているので、またVペットを呼び出すことが出来ますよね。
でもなぜか元データが消されてしまって、二度と呼び出すことが出来なくなってしまったんです。
可能性としては、バグか本人の誤操作。
あとは魔王の遺産じゃないかって話になりました」
「なるほど、話は分かった。エリアルール、虚無への誘い。
このエリア内で破壊された仮想物は、元データごと消去される。
そういうことか?」
「はい、まだ確定はしてませんが、その可能性はあると思います」
「ふむ、虚無への誘いってネーミングを考えれば、妥当な推測だな。
それで、このうっとうしいエリアルールを強制発動させたチートアイテムが、魔王の遺産って奴なのか?」
「ガチのチートでなければ、おそらく」
悠斗とロビンの話に千夜たちは静かに耳を傾けている。
「この骸骨もか?」
「この骸骨とエリアルールは、別々のアイテムだと思います。
VAMには『聖者の
効果は一定範囲内にスケルトンをランダムに召喚するというもの。
おそらく、それが使われた」
「なるほど、合わせ技ってことか。
エリアルールさえなければ、いくらスケルトンが現れようが脅威にはならない。
少しやっかいなイタズラだと笑って済む。
しかし仮想体の元データが消去されるエリアルールが適応されている場合は、イタズラでは済まされない」
「シトリーとフランメリーはNPCなので、エリアルールがなくても脅威ですけどね」
「そうか、NPCはコピーが取れないんだったな。
まあ、肉体のコピーを取れないのは現実世界の人間も一緒だがな」
ロビンはシトリーたちに一瞬だけ同情しようとしたが、すぐに取りやめた。
そこに黙って話を聞いていたシトリーが言葉を挟む。
「ちょっと待ってください。
プレイヤーのみなさんは、私たちとは違って無限の命があるのではありませんか?」
「ん? 無限の命?」
ロビンには、シトリーの言いたいことがピンと来ないようだ。
悠斗が代わりに説明をする。
「第2世界以降にいるプレイヤーは全部アバター。仮の体。
だから、いくら死のうが元データさえあれば復元できる。
でもこの第1世界にいるのは、プレイヤーの本体。
本体が死んだら、NPCと同様に生き返らない」
「そうなのですか。私は本体にも無限の命があるものだと思っていました」
「シトリーたちから見れば、アバターと本体の違いは分かりづらいからね」
「思い違いが正されたようで良かった。
それは良いのだが、この分だと学校中がパニックになっているだろうな」
「そうですね。このまま放置すれば、結構な被害が出ると思います」
ロビンの意見に悠斗は同意を示した。
そこにシトリーが力強く言い放つ。
「私たちで解決しましょう!」
「……解決できるかは分からないけど、放ってはおけない。
スケルトンを退治しながら、調べてみようか?」
「はい!」
「ピィ!」
シトリーとフランメリーは大きく返事をした。
「そういうわけで、先輩。少し校内を回ってきます」
「うん、気をつけて。シトリーとフランメリーも」
「はい、行ってきます。チヤさん」
「ピィ!」
「マスター。私も行きます」
ロビンの申し出に千夜は頷く。
千夜を残して、悠斗たちは部室を後にした。
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