006 黒衣の少女
食堂で昼食を済ませた悠斗は、自分の席に座っていた。
適当にニュースサイトを見て回った後、VAMを立ち上げる。
悠斗の目にマップ画面が表示された。
マップ中央にトウヤの青い三角形が映っている。
悠斗は電車で学校まで来たが、トウヤは徒歩で狩りをしながらの移動なので、昼ぐらいに遅れて到着する。
マップには高さの概念がないので、悠斗とトウヤの位置が重なって見える。
だが実際は高度に差があった。
悠斗の学校は丘の上に立っている。
さらに今は校舎の二階の教室にいるので、だいぶトウヤよりも上の場所にいる。
仮想世界が日本に重なっているといっても、それは
地形が違う世界はたくさん存在する。
ARプレイヤーの場所が地面の中ということも十分にありえる。
マップを良く見ると、トウヤのすぐ近くに、もう一つ記号が表示されていた。
白い三角形。
敵対でも友好でもない中立の記号。
視点をマップモードから、カメラモードに切り替える。
――そこには少女がいた。
トウヤを日陰にして、猫のように丸まって眠る少女。
少女の肌は雪のように白く、長い銀髪に黒のシンプルなワンピースを着ていた。
気持ちよさそうな寝息を立ており、小さな胸が呼吸に合わせて上下している。
日差しも調度良く、昼寝には持って来いの天気だ。
だが、なぜこんなところに少女がいるのか?
少女はこの場所には異質過ぎた。
一面の草原世界に、少女はあまりに似つかわしくない。
どこか別の世界から迷い込んできたみたいに……。
「……なんだ?」
悠斗は小さく呟いた。
学校にはVAMをプレイしている生徒は大勢いる。
何回か草原世界で他の生徒のプレイヤーキャラに合ったことはある。
では少女がプレイヤーキャラかと言えば、可能性は低い。
なぜならプレイヤーキャラは基本的に眠らない。
それは仮想世界での睡眠が無意味だからだ。
一見、眠っているように見えてもフルダイブ中の脳には絶えず電気信号が送受信されており、現実世界の脳は一切、休めていない。
外見や装備、言動から判断することになる。
例外はARプレイヤーだ。
ARプレイヤーはマーカーが表示されるので一目で分かる。
だが少女の近くにカメラマーカーはない。頭上にもマップマーカーは見当たらない。
VRプレイヤーがNPCのフリをしていないかぎり、少女はNPCで間違いない。
しかし、草原世界のこの辺りに人間の村や町はない。あったとしても亜人種のもの。
おそらく別の世界から転移してきたのだろう。
第2世界ミッドガルドの可能性が高い。
ミッドガルドは人間が一番多く住んでいる。
プレイヤーは最初から転移魔法を習得している。
だがNPCは自力で転移魔法を習得するか、転移道具を使用しなければならない。
世界転移魔法
人間のNPCが高レベルに達することは、ほとんどない。
少女は転移道具〝虹の
虹の欠片は、高額で一般市民ではおいそれと購入できるものではない。
おそらく少女はどこかの貴族。戦闘さえしたことがない。
間違ってホーンラビットと遭遇したら危険だ。
「ねえ君、起きて」
悠斗はチャット入力で、トウヤに言葉を話させる。
そしてトウヤに眠る少女を揺り起こさせた。
「……うーん。ん? え? 今、しゃべりました?」
少女は目を開けると、驚いて体を起こした。
銀色の瞳がトウヤを見据える。
「ああ、しゃべったけど? それが?」
「もう! なんでしゃべれるのです! あんなに話しかけたのに! ずっと無視してたのに! なんでなんです!」
少女は怒りながら草をむしって、トウヤに投げつけた。
どうやら棒立ちしているトウヤに、少女は一生懸命に話しかけていたらしい。
それで疲れて、その場で眠ってしまったのだろう。
「ごめん、画面を閉じて音声も切ってたから、気付かなかった」
「……画面を閉じて?」
「ああ、俺はプレイヤーなんだよ。この体は借り物で、本体は遠いところにある。
無視してたのは、魂が抜けてたからって感じだな」
「……プレイヤー」
少女は言葉をかみしめる。
プレイヤーの存在はNPC達に広まっているが、小さい街では知られていなかったりする。
「プレイヤーのことは知ってるか?」
「はい知ってます。無限の命を持つもの、です」
NPCは死んだら消滅する。
しかしプレイヤーは死んでも、経験値が減るだけでまた復活する。
ただし、死んだ世界には99時間の転移制限が付く。
「……そうだな」
「あなたの後方に四角い物体が浮いてますけど、あれは?」
「カメラマーカーだ。俺は今、その場所から君を見ている。プレイヤーの視点がそこにあると思ってくれれば良い」
「……プレイヤーの魂のようなものですか?」
「あながち間違いじゃないが、カメラマーカーを表示していないプレイヤーもいる」
NPCにVRプレイとARプレイの違いを説明するのは大変なので、適当に流す。
「……なるほど、プレイヤーとは不思議な存在なのですね」
「君たちにとってはそうだろうね。それで俺になにか用?」
「その前に、あなたの名前を教えて欲しいです」
少女は立ち上がり、トウヤを見つめた。
「俺の名前はトウヤ」
「……トウヤ、さん」
「君の名前は?」
「私はシトリーです」
シトリーは名乗ると、優しく微笑んだ。
「それでシトリー。聞きたいことは?」
「私は、ある人を探しています」
「ある人?」
「100年前に魔王を殺したプレイヤーです」
「……魔王殺し、か」
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