007 ヴァルキュリー・ファンタジア -Valkyrie Fantasia-



 XRMMO『ヴァルキュリー・アルカディア・ミラージュ』には前作が存在する。

 それがVRMMO『ヴァルキュリー・ファンタジア』、通称ファンタジア。


 世界設定は従来から良くある剣と魔法のファンタジー世界。

 MMOには基本的にラスボスは存在しない。

 だがファンタジアには珍しくラスボスの魔王が設定されていた。


 キャッチコピーは〝成長する魔王、変貌する世界〟。


 魔王には学習型人工知能が組み込まれており、プレイヤーと同じように知識を得て、レベルアップするようになっていた。

 魔王が成長し世界を滅ぼすのが先か、プレイヤーが魔王を倒すのが先か。

 魔王軍と人間軍の領土の取り合い。シーソーゲームが繰り広げられると思われた。


 プレイヤーの開始レベルが1に対して、魔王軍の兵士は最初からそれなりのレベルがあった。

 レベル差に開きがあったので、魔王軍の猛攻を耐える形でゲームが始まった。

 プレイヤーのレベルが上がり、魔王軍と戦力が拮抗するまで数ヶ月の時間を要した。


 初期の猛攻が収まり、プレイヤーたちは一息つき始める。

 一部のプレイヤーはラスボスの設定を不安に思っていた。

 すぐにラスボスが倒されてしまうのではないかと。

 しかし、それは杞憂だったと思い直した。

 魔王軍を押し返して、魔王の元にたどり着くことは、そう簡単ではないことが身に染みて分かったのだ。


 魔王が倒されるのは数年後になるだろうと誰もが予想した。

 プレイヤーの間では5年から10年ぐらいで倒されると、もっとも多く予想された。

 10年以上経ってしまうと、他のMMOがでてきてプレイヤーが離れてしまう。

 そうなったら魔王は永遠に倒せなくなるという予想もされた。



 ――そんなプレイヤーたちの予想は見事に裏切られる。



 ある日、唐突に運営から全プレイヤーにメッセージが送られた。

 内容は魔王がプレイヤーに倒されたというものだ。

 メッセージを読んだプレイヤーのほとんどは、首を傾げた。

 現状ではまだまだ魔王軍の方が優勢だ。

 魔王が倒される要素が一つもない。


 プレイヤーのレベルキャップが100なのに対して、魔王軍は100以上の魔物が存在した。

 一般的にプレイヤーレベルが100以下の場合、敵とのレベル差は次のように認識されていた。


 レベル差10。頑張れば倒せる。

 レベル差20。装備と相性と運が良ければ倒せる。

 レベル差30。99%倒せない。

 

 レベルが低い時ほど、レベル差は戦力の差に直結する。

 この認識は一対一で戦った場合のもの。多対一になれば認識は変わる。

 そしてレベルが100以上になると、見た目の数字よりも知識や操作技術の方が重要になってくる。


 運営としても魔王がすぐに倒されることを危惧していた。

 プレイヤーにレベルキャップを設定して、毎年キャップ上限をあげていく算段だった。

 つまり最初の一年では、どう頑張っても魔王が倒されることはない。

 メッセージはイタズラか、運営の手違いだろうと、魔王討伐はプレイヤーたちには受け入れられなかった。


 メッセージには魔王討伐の知らせ以外に、もう一つ情報が記載されていた。

 それは一ヶ月後に、ゲームが停止するというものだ。


 魔王討伐を受け入れないのだから、そこに併記してあったゲーム停止ももちろん受け入れるわけがない。

 運営から「間違いでした」のメッセージを待ちつつ、プレイヤーたちはいつもどおりにゲームを遊び続けた。


 そして一ヵ月後。

 VRMMORPG『ヴァルキュリー・ファンタジア』はゲーム開始から一年と経たずに終了した。


 プレイヤーたちは何が起きたのか理解できないでいた。

 サーバーにトラブルでも起きてるのか? ぐらいの認識だった。

 一日も経てばすぐに復活するだろうと、軽く考えていた。

 しかし二日、三日経ってもゲームは復活することはなかった。


 ――そして気付く。

 魔王討伐は本当だったのだと。


 だが、魔王をどうやったら倒せるのか?

 プレイヤーたちはネット掲示板で語り合った。

 おそらく上位ギルドのどこかだろうと、当たりをつけ魔王を倒したプレイヤーを探した。


 上位ギルドの面々は「自分たちではない。絶対無理」と口々に否定した。

 そして、ある一つの結論にたどり着く。


 それは「魔王殺しはチーター」である。


 上位ギルドが討伐は不可能だと言っている。ならばチーター以外には考えられない。

 レベルを999にしたのか、伝説級の装備を偽造したのか。

 何かしらのズル・・をして魔王を倒した。


 魔王殺しのチーターのせいで、ゲームが終了した。

 多くのプレイヤーは魔王殺しを恨んだ。もっとゲームを遊びたかったと。

 怨嗟えんさの声が次々に掲示板へ書かれた。

 しかし、その声を受け止める者はおらず虚空こくうへ消えていった。


 汚い言葉が掲示板を埋め尽くした後、プレイヤーたちはすっきりしたのか冷静を取り戻した。そして掲示板は落ち着き始める。

 ゲームは終了したし、いつまでも掲示板を覗いていてもしょうがないと、元プレイヤーたちは少しずつ去っていた。


 そんな時「魔王殺しは私です」というスレッドが立った。


 魔王殺しの登場に、掲示板は大盛りあがりを見せる。

 去っていった元プレイヤーたちも戻ってきて、次々に質問をぶつけた。

 魔王殺しは質問に対して、丁寧に返答した。

 だが肝心な部分はうまく誤魔化していた。


「何か変?」と思い始めた頃「魔王殺しは嘘です」と、釣りスレだとネタばらしをした。

 スレ主は、掲示板から人が去るのが寂しくて、ついやってしまったと語った。

 元プレイヤーたちは、スレ主の想いに共感した。


 ゲームが終了したのに掲示板にいるのは、このゲームが好きだからだ。

 運営が覗いていて、もしかしたらゲームが復活するのではと、淡い期待をどこかで抱いている。


 それからは「魔王殺しは私です」というスレッドが立ち並んだ。

 釣りスレだと分かった上で、元プレイヤーたちは掲示板を盛りあげた。

 最初の頃は、クオリティが高い嘘の魔王殺しが登場したが、だんだんと質は低下していった。


 魔王殺しを演じれる人材がいなくなり、やがて魔王殺しをお題にした大喜利大会に移行していった。

 大喜利大会という最後の盛り上がりをみせたあと、掲示板からはほぼ人がいなくなっていた。


 時間ときは流れ、もうすぐゲーム開始から一年になる。

 本来なら記念すべき一周年で、掲示板はお祝いムードになるはずだったが、ゲームは数ヶ月前に終了している。

 掲示板を覗く者は数人いたが、書き込む者はゼロで、何日も更新されていない。


『ヴァルキュリー・ファンタジア』というゲームは完全に過去のものになっていた。

 さらに一年が経ち、一つの情報が再び掲示板に、大勢の人を戻すことになる。

 2052年、XR・・MMO『ヴァルキュリー・アルカディア・ミラージュ』の電撃発表。


『ヴァルキュリー・ファンタジア』はVRだったが、『ヴァルキュリー・アルカディア・ミラージュ』はVRとAR。さらにMRにも対応したバージョンアップ版。


 前作はフルダイブをしなければ、ゲームを遊ぶことができなかった。

 ゲームを積極的にプレイするコアゲーマー向けだったと言える。

 だが今作はAR、MRにも対応したことにより、日常生活を送りながら、ゲームを遊ぶことができる。

 これにより多くのライトゲーマーの取り込みに成功する。


 ゲームがAR対応になることで一つの問題点が浮上した。

 多くのARプレイヤーは生活圏がほぼ固定化している。

 家と学校。家と仕事場など決まった移動しかせず、他県まで移動することは稀。

 長期休暇の旅行ぐらいでしか、遠出しない。

 そのため一つのマップで世界を完結させようとすると不都合が生じてしまうのだ。


 例えば、東京都に魔王城があるとする。

 当然、魔王城の周りの魔物はレベルが高い。

 すると東京都のARプレイヤーはいきなり高レベルの魔物と対峙することになる。

 弱い魔物を倒してレベルを上げるということが出来ず、実質プレイ不可の状態になってしまう。


 日本には47の都道府県があり、全国のARプレイヤーが平等に遊べる環境の構築。

 そこで考え出されたのが並行異世界だ。

 ARプレイヤーの現実の場所が変わるのではなく、世界の方が変われば良い。

 東京都に魔王城がある世界ではなく、ない・・世界で遊べば問題はない。


『ヴァルキュリー・アルカディア・ミラージュ』には99の世界があり、その全てが現実の日本に重なり合う形になっている。

 全てが平原の世界、森林の世界、灼熱の世界、極寒の世界。

 プレイヤーは99の世界を、好きに選択して好きに遊ぶことができる。


 ゲームのキャッチコピーは〝あなたはどの世界を選択する?〟。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る