064 黄金の林檎



「よし、これで準備万端だな。黄金の林檎りんごの捜索を再開だ」


 全員がスパイクの装着を終えると、シンキは気合いを入れ直した。

 三人は再び、森の中を歩き始める。

 シンキの足取りは今までとは違い、安定していた。


 三人がこの第4世界を冒険している理由は、黄金の林檎を手に入れるためにあった。

 黄金の林檎は、第4世界でのみ手に入れることが出来るレアアイテム。

 効果は、食べてから99時間の間、死んだときに一度だけ生き返る――蘇生。


 第4世界では、数ヶ月に一度、黄金の林檎が世界中のどこかに、一定の間隔を置いてランダムで実る。

 一度に実る数は99個。

 一見して多く思える数だが世界の広さは日本列島と同じ。

 日本には47の都道府県がある。

 とすると各県で手に入れられる数は、だいたい2個となってしまう。

 数が限られたアイテムなので、高額で取引がされている。

 もし手に入れることができれば、大金を得ることができる。


 三人はネットの掲示板に黄金の林檎が実ったという書き込みを見て、宝探し感覚で冒険しようと話になり、現在に至る。


「黄金の林檎、見つかるかな?」


 ハルナが周囲を見回しながら呟いた。


「この辺りでの発見報告は、まだないから残ってると思う。

 でも、見つかるかは運次第だね」


 トウヤは目の端にスクリーンを表示させ、ネット掲示板の情報をチェックしていた。

 掲示板には黄金の林檎がいつどこで発見されたか、という情報がまとめられている。

 全体の発見率は一割程度。まだまだ未発見が多い。

 未発見が多いうちに入手しないと、低レベルプレイヤーはどんどん不利な状況になる。


 それは時間が経ち未発見の数が減ってくると、プレイヤーが一つの場所に集まりだしてくるからだ。

 そうなるとプレイヤー間でのいざこざが発生し、低レベルプレイヤーは蚊帳かやの外に追いやられてしまう。

 トウヤたちのような低レベルプレイヤーにもチャンスがある時間は、思った以上に限られている。



「おい、あっち。なんか黄色く光ってないか?」


 シンキが何かを発見し、不意に声をあげた。


「それって、フラワータートルじゃないよな?」


 トウヤは、以前の出来事をあげて軽口を叩く。


「バッカ。前は地面の花だったが、今度のは木の上だっつーの。

 木の上にフラワータートルは隠れらんねぇだろ?

 でっけぇ図体ずうたいだったしよぉ」


「そう、なら良いんだけど」


 トウヤは頷くと視線を上げた。

 シンキの言うとおり、木の上がほのかに光っている。


「とにかく、近くに行って確かめるぞ」


 何が光っているのかを確認するために、三人は光の発生源に近づいた。

 そして、三人は光る果実を見上げる。


「……黄金の林檎だ」

「……黄金の林檎だね」


 シンキとハルナが、ぼそりと呟いた。

 二人とも呆然としている。

 それもそのはず、まさかこんなにも簡単に見つかるなんて誰も思ってもいなかった。

 驚きのあまり固まっている。


「…………」


 たしかに林檎が黄色く光を放っている。

 トウヤはスクリーンに表示させた掲示板に目を落とし、ざっと情報を見る。

 そこである一つのワードに目が留まった。


『フルーツリザードには注意』


 フルーツリザード。平均レベル20。

 外見は巨大なトカゲ。場所により皮膚の色は変化する。

 尾の先から、毒や爆発などの罠が仕掛けられた偽の果実を作り出し、それを木の枝に仕掛ける。

 本体は獲物が罠に掛かるのを隠れて待つ。



「よっしゃ。ついてるぜ。まさか、こんなにあっさり見つかるとはな!

 これも日ごろの行いってやつか? あははっ」


「やったー。ねえ、はやく取ろう。はやく取ろう!」


 シンキとハルナが夢から覚めたように、無邪気にはしゃぎ出した。

 そこに水を差すようにトウヤが言葉を発する。


「ちょっと待って。罠の可能性がある」


「はあ? 罠? フラワータートルは木の上には、いないつったろ?」


「フラワータートルじゃなくて、フルーツリザード。

 偽の果実を木に仕掛ける魔物だよ」


「あれが罠だって言うのか?」


 シンキは黄金の林檎を見上げながら問う。


「その可能性が高いと思う」


 トウヤはうなずく。

 シンキは神妙な顔つきになり腕組みをする。


「……お前の話は分かった。でもあれが本物の可能性もゼロじゃねえ。

 このまま取らずに、スルーはありえねーだろ?

 もしも本物だったら、俺たちは馬鹿を見る。

 なんのために、この世界を冒険してるんだって話だ。

 見す見す、せっかくのチャンスを無駄にする気か?」


「別に、取ることには反対しない。

 注意するべきだって、言いたかっただけ」


 トウヤがそう言うと、シンキは再び笑顔を浮かべた。


「おう、そうか。なら良いんだ。

 んじゃ、注意しながら取るってことで決まりだ。

 俺が取るから、二人は周りを警戒しといてくれ」


「まさか木をよじ登るのか?

 弓矢で打ち落とした方が……」


「それだと矢が林檎に当たるかもしんねぇだろ。

 なるべく傷つけずにとらねえと。もし本物だったら取り返しがつかないことになる。

 だから、俺が手で取る。まあ見とけって!」


 シンキは自信満々に精霊草を取り出し、剣に付与した。

 そして、足元に剣を当てて魔法を発動させる。


石柱ストーンピラー!」


 シンキの足元から石柱が生え、そのまま体を乗せて上昇を始めた。

 見る見るうちにシンキは黄金の林檎の元へ近づく。

 そして、手を伸ばせば届く位置まで到達した。


「どうだ? 周りに魔物はいるか?」


 シンキが石柱の上から、トウヤとハルナに呼びかける。

 トウヤとハルナは注意深く周囲を見回すが、魔物らしき姿は見当たらない。


「大丈夫そうだよ! ……ん?」


 ハルナが下から返事をすると同時に、脇を小さな影が駆けていった。


「そうか。じゃあ、取るからな。……ってあれ?」


 そう言ってシンキが振り返ると、黄金の林檎が忽然こつぜんと消えていた。

 目の端に黄色い光が見えたので、視線をそちらに向ける。

 そこには黄金の林檎を抱きかかえる、服を着た猿のような生き物がいた。


「なんだ? さ、猿?」

「獣人、猿人マイムーの子供だ」


 下からトウヤが謎の生物の正体を明かした。

 魔物ではないと分かると、シンキは一安心する。


「ああ、猿人マイムーか。なら言葉は通じるな。

 おい、その林檎は俺たちが先に見つけたんだ。

 横取りは良くないって、ママに教わっただろ?

 さあ、俺にそいつを渡せ」


 シンキは猿人マイムーへ手を伸ばす。

 それに比例するように距離を取る猿人マイムーの子供。


「ヤダ」


 短く言うと、猿人マイムーの子供は、一目散いちもくさんに逃げ出した。


「おい、てめえ、ふざけんな! 待ちやがれ!」


 シンキが小さな背中に罵倒を投げつける。

 猿人マイムーはその声を無視し、軽やかな身のこなしで、木の上をどんどん進んでいく。


「えいっ!」


 遠ざかっていく小さな背中に、ハルナが何かを投げつける。

 豆粒ほどの小さな何かが背中に引っ付くが、猿人マイムーは気付かずに、木の奥へと姿を消した。


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