013 嘘と罠と


 トウヤはクリスタルを拾ってから、ハルナの元に向かった。


「ハルナ、大丈夫か?」

「ええ、ダメージはほとんど受けてない。でも体中がベトベトして気持ち悪い」


 ハルナはトウヤに手を引かれて立ち上がった。

 フラワータートルはクリスタル化したが、放出した粘液はそのまま残っている。


「それは洗浄ウォッシュを使えば、綺麗になるよ。シンキを助けたら、三人で汚れを落とそう」


 そう言って、粘液塗れで倒れているシンキを二人で助け出した。

 三人はそれぞれ洗浄ウォッシュ巻物スクロール道具箱アイテムボックスから取り出して使用する。

 水流が体中を撫で回して、全身の汚れを落とした。


 巻物スクロールとは、魔法を封じ込めた巻物のこと。

 生活に便利な魔法から、攻撃魔法まで幅広く存在する。

 プレイヤーは基本的に風呂に入らないし、洗濯もしない。

 そのため洗浄ウォッシュ巻物スクロールで定期的に綺麗にする必要がある。

 ARプレイの場合、臭いの知覚をしていないことが多い。知らぬ間に体中から悪臭を放って、周りに迷惑をかけていることがあるので、より注意が必要。


 道具箱アイテムボックスとは、プレイヤーが初期から使える魔法の倉庫。

 倉庫内の物は、重さをゼロにできるので持ち運びにかなり便利だ。

 容量は99種類のモノを入れることができる。

 同種のモノは99個まで、一種類としてカウントされる。

 99×99=9801。

 最大で9801個のモノを格納できることになる。

 格納方法は〝手に持つ〟ことなので、自分が持ち上げられないモノは、格納することができない。



「それにしても、やるじぇねーかトウヤ! 俺が動けなくなったときは、こりゃ全滅するなって半分諦めてたぜ、ははは」


 シンキは嬉しそうにトウヤの肩に腕を回した。


「動けなくなったのは、闇雲に突撃するシンキのミスだけどね」

「いやー。ハルナが捕まったんで、助けないとって焦っちまった。すまんすまん」


 トウヤは素直に謝るシンキに悪い気はしなかった。

 好きな人を助けたいという思うこと自体は、別に悪いことではない。


「……止めを刺した最後の一撃」

「そうそう、最後凄かったな。くるくるって、サーカスかって思ったぜ」


 ぼそりと呟いたハルナの言葉を引き継ぐようにシンキが感想を述べた。


三回転縦切りヴァーティカルスピントリプル。隙が大きいから実戦ではほとんど使えないけど、今回はたまたま役に立ったね」

「……その技は、どこで知ったの?」

「もちろん攻略ウィキだよ」


 ハルナの問いに、トウヤはかまをかけた。

 攻略ウィキには三回転は載っていない。載っているのは一回転までの情報だ。


 悠斗は、春奈が本当は初心者ではないと疑っていた。

 もし春奈が初心者ならば、すんなりと信じる。

 だが、VAMをやり込んでいるプレイヤーならば、嘘に気付く。


「……へぇ、そうなんだ。やっぱりね、そうだと思った」


 一瞬の間の後、ハルナは何かに納得して、うんうんと一人で頷いていた。


「やっぱりって、何が?」


「それはもちろん! やっぱり攻略ウィキって便利だなって。

 だってあんな珍しい技も乗ってるんだから」


 ハルナの答えは、それっぽいが本心ではないことが明らかだった。

 初心者ならば、レアな技かそうでないかの判断は出来ない。

 しかし、ハルナの言動は三回転がレアな技だと、完全に理解しているものだ。


 悠斗には春奈が何に納得したのか、一つだけ心当たりがあった。

 それは悠斗がVAM初心者ではないと、気付いたのだ。

 春奈がVAM熟練者だった場合、悠斗の嘘に気付く。

 攻略ウィキに載っていない技を初心者が使えるわけがない。よって悠斗は初心者ではない。


 悠斗の鎌かけは、お互いの正体を暴露する諸刃もろはの剣だった。

 悠斗も春奈も、VAM熟練者。

 というよりも前作からのプレイヤー。ファンタジアプレイヤー

 そして今はサブアカウント。

 お互い言葉では、何に気付いたか言わない。だが態度がすべてを物語っていた。


「そうそう、攻略ウィキは便利だよな。なんでも載ってるしさ」


 何も知らないシンキが、無邪気に話に入ってくる。

 トウヤとハルナは、それに笑顔で相槌を打った。


「攻略ウィキも便利だが、今回一番役にたったのはシトリーだな」

「え? シトリーちゃん。まさか戦ってたの?」

「マジかよ?」


 トウヤの言葉にハルナとシンキは驚いていた。

 二人共、動きを封じられていたので、詳しい戦闘内容までは把握していないようだ。


「直接、戦ったわけじゃないが、俺に風雷草を渡してくれた。

 それに水氷草を使って、粘液を凍らせて足場の確保もしてくれた。

 シトリーがいなければ、倒すのにもっと苦労してたと思う」


「へえ、そんなことしてたんだ。シトリーちゃんって、すごいんだね」

「で、そのMVPのシトリーさんは、どこにいんだよ?」


 シンキの言葉に、二人は驚き周りを見渡す。だがシトリーの姿はない。

 三人は会話に夢中になっていたので、シトリーがいないことに気付くのが遅れた。


「シトリーどこだ!」

「シトリーちゃん! どこにいったの?」


 トウヤとハルナが、周囲に呼びかける。

 すると、シトリーが少し離れた木の陰から姿を現した。


「みなさん私はここですよー」

「そんなところで、なにを……」


 のん気な声のシトリーに、トウヤが言葉をかける。

 だが途中で異変に気付き、言葉を失った。


「ごめんなさい。つかまっちゃいました」


 そう言って謝るシトリーの首には、剣が突きつけられている。

 剣を持っているのはゴブリン。

 全身が緑の肌で、人型の魔物。


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