012 バトル開始



 ――ゴゴゴゴォォォォッ!!


 光る花を中心にして、地面に亀裂が走り隆起していく。

 マグマが噴火でもするかのように、大きく地面は膨れ上がった。

 地面の下から現れたのは、大きな亀だ。


 フラワータートル。平均レベル30。

 地面の下に隠れ、背中の甲羅に綺麗な花を咲かせる。

 甲羅の内側には無数の触手を持ち、先端からは粘性の強い液体を放出する。

 花に誘われて近づいた獲物を、触手を使って捕食する。


「きゃああああッ!?」


 触手に足を絡め捕らえれ、宙吊りにされるハルナ。

 フラワータートルは近づくトウヤに気付き、触手を振り回して捕まえようとする。


「……やっかいだな」


 トウヤは荒れ狂う触手を紙一重で回避し、距離をとった。

 触手を剣で断ち切ることは容易だ。

 しかし、触手を切れば、そこから粘液が噴水のごとくあふれ出す。

 そうなれば回避するのは難しい。


「今、助けるぞハルナ! 待ってろ!」

「待て、無闇に攻撃するな」


 トウヤの制止を無視して、シンキが突撃する。

 シンキは迫り来る触手をバッタバッタと、剣で切り伏せていく。

 だが、すぐに動きは止まった。

 粘液に足をとられ、その場に転び。

 起き上がることさえも出来なくなっていた。


「……トウヤ、助けてくれ」

「…………」


 シンキの間抜けな姿にトウヤは頭を抱えた。

 しかし、このまま助けないという選択肢はない。

 どうにかして、二人を助ける。

 それは確定事項だ。


「トウヤさん、これを使ってはどうでしょうか?」


 トウヤの背中に、シトリーが声を掛けた。


「これは?」

精霊草せいれいそう。その中の風雷草ふうらいそうです」


 精霊草。

 精霊の加護を内に秘めた魔法の草。

 剣や鎧などに使用することで、一時的に精霊の加護を付与することが出来る。

 いわゆる属性強化の魔法のアイテムだ。


 精霊の加護、属性は大きく分けて六種類あり、それぞれを司る大精霊が存在する。


 すいふうくうしき


 岩石草がんせきそう。地属性。地を司る大精霊ノーム。

 水氷草すいひょうそう。水属性。水を司る大精霊ウンディーネ。

 火炎草かえんそう。火属性。火を司る大精霊サラマンダー。

 風雷草ふうらいそう。風属性。風を司る大精霊シルフ。

 空時草くうじそう。空属性。空間と時間を司る大精霊クロノス。

 識意草しきいそう。識属性。感情を司る大精霊プシュケー。


 虹の橋ビフレスト転移ワープは空属性に分類される。

 RPGによくある光、闇魔法は感情のプラスマイナスの違いしかないので、識属性に分類される。



 トウヤはシトリーから風雷草を受け取った。


「なるほど、使えそうだ。ありがとうシトリー」

「それは良かったです」

「危ないから、シトリーは下がって」

「いえ、私も微力ながらお手伝いします」

「……なにを?」


 トウヤの疑問には答えず、シトリーは一本の小枝を構えた。

 その小枝に、もう一つの精霊草。水氷草をかざす。

 小枝に水の加護が宿った。


氷結波フロストウェーブ


 シトリーは呟きながら小枝を地面に軽く当てる。

 その瞬間、冷気が走り地面を凍らせた。


「これは……」


 トウヤは、近くに落ちていたフラワータートルの粘液を軽く踏む。

 粘液は氷漬けにされて、粘性を失っていた。


 フラワータートルの周囲には粘液がばら撒かれており、近づくのが困難だった。

 しかし冷気によって、その粘液の効力が無くなった。


「これで、近づけますよね?」


 後は任せたとばかりに、シトリーはトウヤの顔を見据えた。


「ああ、助かったよ。後は俺に任せてくれ」

「はい、お願いします」


 シトリーの言葉は、落ち着いていた。

 ハルナとシンキが行動不能になり、戦えるのはトウヤしか残っていない。

 もしトウヤが負けることになれば、シトリーは死ぬ可能性がある。

 NPCにとって絶体絶命の状況で、なぜ落ち着いていられるのか?

 トウヤの勝利を信じているのか、はたまた自分の強さを信じているのか。

 シトリーが何を考えているのか、トウヤには良く分からなかった。


「よし」


 トウヤは頭を軽く振って、気持ちを切り替えた。

 剣に風雷草をかざし、風の加護を付与する。


 トウヤは駆ける。


 粘液が無効化されているので、足場を気にする必要がない。

 一直線にフラワータートルに近づく。


 接近するトウヤに触手が襲い掛かる。

 もし触手に触れてしまえば、すぐに粘液塗れになり捕らえられてしまう。

 触手を切ったり、剣の腹で弾くことも出来ない。


「……風衣ウィンドヴェール


 触手が襲い掛かる瞬間、トウヤは呟いた。


 ――ふわり。


 トウヤは触手の軌道を剣で、軽く逸らす。

 付与した風の加護で風衣ウィンドヴェールを発動させていた。

 トウヤの剣には風の膜が形成されており、触れずに攻撃をいなすことが可能。


「お見事です」


 遠くからシトリーが、のん気に拍手を送っていた。

 フラワータートルは、それが気に触ったのか。シトリーに向けて粘液をブシュッと飛ばした。

 シトリーが粘液塗れになるかと思われた。

 次の瞬間、


火球ファイアボール


 シトリーの持つ小枝から火球が飛び出して粘液を焼き尽くした。

 小枝に火炎草を使ったのだ。

 シトリーは心配無用と、笑顔でトウヤに手を振っていた。


 トウヤはシトリーから視線を戻し、再びフラワータートルに向かう。

 触手攻撃を風の膜で優しくいなしながら、甲羅の上に駆け上がった。

 そこには、光る綺麗な花が咲いていた。


 フラワータートルの甲羅は硬く、並みの攻撃では歯が立たない。

 しかし花を咲かせている部分は、他の部分よりも甲羅が薄くなっている。


「はああああぁぁぁぁ!」


 トウヤは花の根元に自分の剣を突き刺した。

 そして、


「食らえ! 雷撃ライトニング!」


 剣に宿った風の加護は電撃に変わる。

 電撃は剣を伝い、そのままフラワータートルの体を駆け巡った。

 フラワータートルは電撃で麻痺し、荒れ狂う触手は地面にこうべをたれる。


「あ、痛っ」


 逆さ吊りにされていたハルナが、ドサリと地面に落ちた。


「よし」


 トウヤは攻撃が成功したことに喜び、剣を甲羅から引き抜く。

 まだフラワータートルは倒していない。ただしびれて一時的に麻痺しているだけ。


「これで終わりだ! はああああっ!」


 甲羅の上を駆け、そして飛ぶ。

 くるくると縦方向に三回転。トウヤの体が、ほのかに光を帯びる。


 VAMには戦技バトルスキルが存在する。

 使用することで攻撃力を上げたり、特殊な挙動を行うことができる。

 発動条件は二種類。


 一つは、モーショントレース型、または透写とうしゃ型。

 設定された動作をなぞることで発動。

 レベルやクラスに関係なく誰でも使用できる。


 二つ目は、習得型。

 レベルアップや特定の条件を満たすことで、習得する。

 あらかじめ習得していないと発動できない。



 トウヤが使用したのは、モーショントレース型。

 三回転縦切りヴァーティカルスピントリプル

 レベル11のトウヤが普通に攻撃しただけでは、レベル30のフラワータートルは倒せない。

 しかし・戦技バトルスキルを使用することで、レベル差を埋めることができる。


 一回転縦切りだけでも、発動難易度の高い戦技バトルスキル

 それの三回転バージョン。

 回転数に応じて、攻撃力が何十倍、何百倍にも増す。

 もし99回転できれば、魔王すら一撃で倒せるだろう。

 まさに一撃必殺の大技。


 だが二回転以上が存在することは、ほとんど知られていない。

 そもそも空中で縦回転といったアクバティックなことをするプレイヤーがまれ

 仮にいたとしても、案山子かかしにしか使えない実用性ゼロの技を覚えるより、さっさとレベルを上げた方が良いと、周りから笑われてしまうのがオチ。


 結果、二回転を挑戦する者はいなかった。

 トウヤ一人しか存在を知らない超レア戦技バトルスキルだ。



 ――ザシュンッ!!



 トウヤの振り下ろした剣が、フラワータートルの首を切り落とした。

 絶命したフラワータートルは、手のひらサイズの赤いクリスタルに変わり、ポトリと地面に落ちた。

 プレイヤーが魔物を倒すと、倒した魔物はクリスタルに変化する。

 基本的には、このクリスタルを街で買い取ってもらい、全世界共通の貨幣に変える。

 素材が欲しい場合は、復元魔法でクリスタルから元の死体に戻すこともできる。



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