011 クエスト選択


「よし、一緒に行くことで決定だ。なるべく簡単なクエストを受けよう」


 そう言ってトウヤたち四人は冒険者組合の建物に入った。

 入ってすぐの壁に様々なクエスト依頼が張り出されている。


「これなんか、どうだ?」


 トウヤは簡単そうなクエストを指差した。

 クエスト内容は、迷子の猫探しだ。


「……え、猫探し?」


 ハルナは、複雑な表情を浮かべた。


 冒険者組合の依頼クエストは魔物退治以外にも様々ある。

 依頼者のほとんどはNPCなので、生活に根ざした雑用的なものが多い。

 そういった命の危険がない依頼は、NPCの冒険者が好んで請け負う。

 一方、プレイヤーは死んでも平気なので、危険な依頼を好む。


「おいおい、そりゃねーわ。猫探しとか、ゲーム内でやることかよ」


 やれやれとシンキは、ハルナの気持ちを汲み取って代弁する。

 ハルナやシンキの嫌がる気持ちは、もちろんトウヤも理解している。

 しかし、それ以上にシトリーを危険な目に合わせたくないと思っていた。


「そ、そうか、ならこれはどうだ? 荷馬車の護衛」

「…………」


 トウヤの提案に再びハルナは苦い顔を作る。

 荷馬車の護衛は基本的に退屈なクエストだ。ただ移動するだけと言ってもいい。

 盗賊や魔物に出会えば、話は変わってくるが、そうそう遭遇することもない。

 20回やって、1回遭遇するかしなかといった確立だろう。


 プレイヤーが荷馬車の護衛を請け負うことはあまりない。

 もしやるとしても、何かのついでに護衛をすることがほとんどだ。

 馬車の中で、学校のレポートをやったり、アイテム整理をしたり、アナログゲームをやったり、雑談をする方がメインになる。


 簡単なクエストでも経験値は入るが、やはり戦闘に比べれば微々たるもの。

 レベルを上げたいハルナ達は、やはり魔物と戦いたいと思っていた。


「護衛って、地味すぎだろ。それに無駄に時間が掛かるし。

 もっと派手なのが良いな。ハ、ハルナもそうだよな?」


 リアルの名前とキャラ名が同一なので、少しだけシンキは名前を呼ぶことを躊躇ちゅうちょした。


「うん、でもシトリーちゃんを危険なクエストには連れていけないから……」


 ハルナはトウヤの思惑を察して、しぶしぶ頷いた。


「私のことは気にしないでください。自分の身は自分で守ります。

 こう見えても私、結構強いですから」


 胸の前に握りこぶしを作り、力強く宣言するシトリー。

 残りの三人はその言葉をに受けて、それなら安心だとは思わなかった。

 むしろ自分の力を過信して、危なっかしいとさえ感じた。


「そ、そうか。ならこれはどうだ?」


 トウヤは、先ほどよりもクエストの難度を少し上げたものを指差した。


「ゴブリンの潜伏調査。北の森の入り口付近にゴブリンの出没が報告されており、集落が形成されている可能性がある。

 その有無と規模の確認報告。……私は良いと思う」


 ハルナがクエスト内容を読み上げ、賛成の意を示した。


「ま、妥当じゃないか。集落の確認だから戦闘は無いけど、道中で魔物と戦えそうだしな」


 シンキも同意し、隣のシトリーもうんうんと頷いていた。

 頷いているが、おそらく良く分かっていない。


「よし、決まりだ」


 トウヤはクエストの紙を、壁から剥がして受付に渡す。

 これでクエスト受諾が成立、あとは依頼をこなして報告すれば完了する。


 四人は冒険者組合を出て、北の森に転移した。

 プレイヤーは初期から転移ワープの魔法を使え、大まかな場所に瞬間移動することができる。




「よし、到着っと。んじゃ行きますか」


 森の入り口でシンキが宣言し、おのおの気を引き締めた。

 四人は森の中に入っていく。

 シンキとハルナが前を歩き、その後ろにトウヤとシトリーが続いている。

 辺りは木々が生い茂り、薄暗い。

 森の中は平面だけでなく、立体的に注意を払う必要がある。

 木の上はもちろん、地面の中に隠れている魔物も存在する。


「トウヤさん、訊いてもいいですか?」


 歩きながらシトリーが口を開いた。


「ああ、なんだ?」

「私たちの目的は、ゴブリンさんの集落があるかの確認ですよね?」


「そう。確認だけで討伐する必要はない。なるべく戦闘をせずにこっそり調べたいところだな。

 もし戦闘になったら、俺たちが全滅する可能性もある」


「ゴブリンさんは、そんなに強いのですか?」

「レベルは10から20ってところ。……ちなみに俺のレベルは11だ」

「……そう、なのですか」


 シトリーは意外そうな顔をする。

 おそらくプレイヤーは強い者だというイメージがあり、予想よりもレベルが低くて驚いているのだろう。

 そのイメージは間違いではないが、最初から強いプレイヤーなどいない。

 ただNPCよりも、危険なクエストを受けてレベルが上がりやすいというだけのもの。


「もしゴブリン達と戦闘になったら、シトリーは遠慮なく逃げてくれ。

 俺たち三人が時間稼ぎするから」


「……私一人だけ逃げるなんてできません」

「俺たち三人は死んでもまた復活できる。でもシトリーは――」

「――わかってます。でも嫌なんです」


 シトリーの言葉には、悲哀が含まれていた。


「……嫌か。それは特別扱いされるのが?」

「はい、私はプレイヤーのみなさんと対等になりたいのです」

「対等……」

「……無理なのでしょうか?」

「それは……」


 すがるような瞳のシトリーに、トウヤは言葉を詰まらせた。

 残酷な答えをシトリーに言うことを躊躇してしまった。


 仮想世界の人間と、現実世界の人間は対等になりえるのか?

 答えは〝否〟。


 仮想世界の人間、それこそ世界そのものを、現実世界の人間は消滅させることが出来る。

 言わば、神に等しいことを現実世界の人間は実行可能。

 相手の喉元にナイフを突きつけている神と、それをただ受け入れることしか出来ない人間が、対等な訳がない。


 もし対等になるとすれば、神がナイフを手放すか。

 人間がナイフを手に入れるか、どちらかしか道はない。



「……あっち。なんだか光ってない?」

「そうだな、行って見るか」


 トウヤとシトリーが会話している一方で、ハルナとシンキが光る何かを見つけていた。

 薄暗い森の中にうっすらと光が漏れている。

 光に誘われて、二人は道を外れていく。


「何か見つけたのか?」


 先に進んでいたシンキの背中にトウヤは声を掛けた。


「ああ、なんか光があるんだよ」

「……光?」


 トウヤは嫌な予感を覚えた。


「こっちに光る花が咲いてるよ。珍しい、なんて花だろ?」


 先行していたハルナの目の前には、光を発する綺麗な一輪の花が咲いていた。

 ハルナは腰を落として、花に手を伸ばす。


「――その花に触るな!」


 トウヤは叫ぶ。

 そしてシンキを押しのけてハルナの元に駆け出した。

 トウヤの慌てように、何が起こったのかわからず呆気に取られる三人。


 しかしトウヤの言葉は、ほんの少し遅く。

 ハルナは、光る花に触れてしまっていた。




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