010 フォリアの街
二人は第3世界グラスランドから、人の多く住む第2世界ミッドガルドに転移した。
ここは草原世界より草木の数が少ない。
人が多く住んでいるため、交通に邪魔な草木たちは刈り取られて整備されている。
しかし、コンクリートでしっかり道があるということはない。
土がむき出しの獣道を、少しマシにした程度の道があるだけだ。
「それじゃ、近くの街まで行こうか」
トウヤの言葉にシトリーが頷き、二人は近くの街に向かって歩き出す。
近くの街〝フォリア〟は、現実では学校の最寄り駅の場所と重なる。
現実世界でもあまり都会ではないので、仮想世界でもあまり大きな街ではない。
第2世界は現実の日本とほぼ地形が同じなので、仮想世界でも人が多く集まる場所、少ない場所は似た感じになっていた。
街に入り待ち合わせをしている滝川と春奈を探す。
待ち合わせ場所は冒険者組合の前。
冒険者組合は、様々なクエストを紹介してくれる場所だ。
VR初心者は、とりあえず冒険者組合で簡単なクエストを受けて、レベル上げと資金を貯めることから始まる。
資金がたまったら装備を強化して、より難度の高いクエストを受けてもいいし。
生産系の
『ヴァルキュリー・アルカディア・ミラージュ』には多種多様な楽しみ方が存在する。
しばらく歩くと、道の真ん中に一組の男女の姿を見つける。滝川と春奈だ。
二人共現実の顔にかなり寄せているので、分かりやすい。
中には全然違う容姿にしたり、性別を変えたりしてロールプレイを楽しむプレイヤーもいる。
「やあ、お待たせ。滝川と月島だよな?」
トウヤは二人に声を掛けて確認する。
「ああ、そうだ。だがゲーム内では、リアル名を呼ぶなよ。
俺の名前はシンキ。
鉄の鎧に身を包んだ滝川ことシンキが名乗った。
トウヤよりも、レベルが高いこともあり一回り良い装備をしている。
「私はハルナ。
ほぼ初期装備の春奈が名乗る。
顔はリアルと似ているが、髪色がかなり明るい色になっていた。
「俺はトウヤ。同じく
二人にならって、トウヤも名乗った。
現実世界ではレベルを言っていたが、ゲーム内では、おいそれと自分のレベルを言わないのが暗黙の了解だ。
レベルは言わば、階級や資産のようなもの。
現実世界でも、あいさつでいきなり自分の貯金額を言わない。
もし言うとしたら、相手を見下して優位を取りたい時ぐらいだろう。
それと防犯の側面もある。
「…………」
「…………」
シンキとハルナが無言で、トウヤの隣にいる少女を見つめていた。
それに気付き、トウヤはシトリーのことを説明する。
「ああ、この子は第3世界で知り合ったんだけど。
虹の欠片の予備を持ってなかったから、俺が一緒にここまで連れてきたNPCの子だ」
「はじめまして、プレイヤーのみなさん。私はシトリーです。よろしくお願いします」
シトリーが丁寧にあいさつをした。
その所作には気品があり、ただの街娘でないことをはっきりと感じた。
「……おお」
「……か、かわいい」
シンキとハルナが、少女の笑顔に心を奪われていた。
プレイヤーはキャラクリエイトで美男美女が多い。
しかし、中身は所詮ただの一般人なので、所作に気品はまったくない。
本物を前にして、二人が心を奪われるのは自然なことだった。
「あいさつをしたところで悪いが、ここでシトリーとはお別れ」
トウヤがシトリーに確認の視線を送った。
「え? そうなの?」
ハルナの残念そうな声が割って入った。
女子一人だけよりも、二人の方が嬉しいのだろう。
「だって、俺達はこれからクエストをやるんだろ?
シトリーを連れてはいけない。シトリーはNPC。危険な目には合わせられない」
「……それもそうね」
しぶしぶハルナは納得する。
プレイヤーならば、死んでもまた復活できる。だがNPCは死んだら終わりだ。
プレイヤーとNPCでは死のリスクがまったく違う。
「あの、私もクエスト? 一緒に行きたいです!」
「…………」
話がまとまったところに、元気良く自分の意見を主張するシトリー。
トウヤは目を丸くする。
まさか付いて来たいと言い出すとは、思ってもいなかった。
「ダメですか?」
「私からもお願い。シトリーちゃんを一緒に連れて行ってあげよう。
簡単なクエストなら大丈夫だよ」
トウヤに上目遣いで、お願いするシトリー。
それにハルナも便乗する。その切り替わりの速さにトウヤとシンキは言葉を呑む。
美女二人にお願いされて、断れる男はそうそういない。
トウヤとしても願いを叶えてやりたいとは思う。
しかし、そう簡単に了承できることではなかった。
前作ファンタジアをプレイしている悠斗は、NPCの死を数多く経験している。
プレイヤーにとってはただのゲームだが、NPC達にとってはこの世界はゲームではないのだ。
NPC達の死をただのゲームだと悠斗は切捨てられない。
レベルが低い今の自分では、シトリーを守りきる自信がなかった。
「……シンキはどうだ? リーダーが連れて行くか、行かないか。判断してくれ」
トウヤはシンキに意見を訊ねる。
シトリーと最初に知り合ったのはトウヤだが、この場の決定権はシンキにあると判断した。
「お、俺がリーダーなのか?」
シンキはいきなり話を振られて驚いていた。
「レベルが一番高いんだから、当然だろ。それでどうする?」
「……うーん」
思い悩むシンキ。
それにシトリーとハルナが悲願の瞳を向けていた。
「連れて行こう!」
鼻の下が伸びたシンキが決定を告げた。
美少女二人にお願いされて、ダメといえるほどシンキの精神は強くなかった。
「やったね、シトリーちゃん」
「はい、ありがとうございますハルナさん」
二人は抱き合って、喜び合っていた。
「…………」
やっぱり、こうなったかと心の中で嘆息するトウヤ。
本当はシトリーを一緒に連れて行きたくはなかった。
だが、同行が決まってしまったのだから、彼女を守るしかない。
なるべく簡単なクエストにして、危険を減らそう。
それでも、もし彼女の命が危なくなれば、奥の手を使う。
そう静かに決意するトウヤだった。
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