014 交渉


「……マジかよ」

「うそ……」


 シンキもハルナも、シトリーの危機的状況に言葉を失った。

 だが、当の本人――シトリーはいつもどおりの微笑を浮かべている。

 まったく危機感を覚えていない。


 ゴブリンは一匹だけでなく、大勢がすでに周囲を取り囲んでいた。

 先の戦闘で派手に暴れてしまい、ゴブリンたちを呼び寄せてしまったようだ。

 そして勝利の美酒に酔い、油断して足をすくわれる形になった。


「おい、どうする? やるか?」


 小声でシンキがトウヤに訊ねた。


「それは最後の手段。人質を取っているということは、何か交渉したいんだと思う」

「……わかった。ひとまず様子見だな」


 小声で相談した後、トウヤはゴブリンに呼びかける。


「何が目的だ。どうすればその子を開放する?」

「ニンゲン、クリスタル、よこせ」


 シトリーに剣を突きつけているリーダー格のゴブリンが要求内容を口にした。


「わかった。このフラワータートルのクリスタルで良いんだな? ほら」


 トウヤはクリスタルをゴブリンに向かって、投げて渡した。


「…………」


 ゴブリンはクリスタルを受け取ると、それを不思議そうにまじまじと見つめた。

 周りのゴブリンたちも仲間同士で、顔を見合わせで驚いている。


「なんだ? 様子が変だな……」


 要求が叶って不思議がる様子のゴブリンたちに、トウヤは違和感を覚えた。


「トウヤさん、ごめんなさい」


 シトリーはゴブリンから開放されて、トウヤの前までやってきた。

 ゴブリンたちは相変わらず周囲を取り囲んでいる。

 だが殺気は、ほとんど感じられなくなっていた。

 なぜだか少しばかり友好的な雰囲気を感じる。


「あ、ああ。まあ無事でよかったよ」


 ゴブリンたちとの交渉がすんなり成功して、トウヤは驚いていた。

 クリスタルを渡しても、どうせシトリーを開放しないだろうと思っていた。

 そもそもゴブリンたちと話し合いや、交渉ができるのなら争う必要がない。

 話し合いが出来ないから、冒険者組合が討伐クエストを依頼するのだ。

 今回、交渉が成功したのは、例外中の例外だと思って間違いない。

 調教師テイマーの才能があるシトリーが影響しているのかもしれない。


「そうではなくて。嘘なんです」

「……え? 嘘?」


 シトリーの言葉の意味をトウヤは理解できない。

 もちろんシンキもハルナも頭に、はてなマークを浮かべている。


「私がゴブリンさんたちに捕まったのは嘘です。私がお願いしたことなんです」

「なんでそんなことを?」

「ゴブリンさんたちと交渉するためです」

「……交渉。いったい何の?」

「それは……」

「オマエ、言葉、本当。オレ、オマエ、信じる」


 シトリーが答えようとしたところで、リーダー格のゴブリンがやってきた。


「良かったですねゴブリンさん。そのクリスタルが手に入って」

「オレ、嬉しい。コイツ、仲間、たくさん、食った」


 ゴブリンはフラワータートルのクリスタルをにらみつけた。

 おそらくフラワータートルにたくさんのゴブリンが餌食になったのだろう。

 そのかたきのクリスタルを手に入れて、喜んでいる。


「約束通りに、クリスタルをゴブリンさんにプレゼントしました。

 次はゴブリンさんが約束を果たしてくださいね」


「ワカッタ。オレタチ、来た、ワケ、話す。オマエラ、家、連れてく」



 シトリーがゴブリンたちとした交渉とは、クリスタルを渡す代わりに、集落の場所と森の入り口にやってきた理由を教えてもらうというものだった。

 シトリーは、トウヤたちに相談もなしに、勝手にゴブリンと交渉したことを謝った。

 だが結果的に交渉が上手くいったので、三人はシトリーを責めることはなかった。

 むしろ助かったと御礼を言ったぐらいだ。

 ゴブリンたちと戦わずに、安全に集落の情報を手に入れることができたのだから、かなりのお手柄だ。

 もし交渉が成立していなかった場合、戦闘は避けられなかったし、集落の位置を確認することも難しかっただろう。



 トウヤたちはゴブリンの集落に案内された。

 大きな葉やツタを使ったテントのようなものが、いくつも建っている。

 そこで、ゴブリンが森の入り口までやってきた理由を教えられた。

 ゴブリンは、本来もっと森の深い場所に住んでいた。

 しかし住んでいる場所に、強い魔物がやってきて追い出されてしまった。

 元の住処に戻りたいが、その魔物がいるので戻れず、困っているようだ。


 ゴブリンから話を聞いた後、トウヤたちは四人だけで話し合っていた。

 その様子をゴブリンの子供が、興味深く遠くから眺めている。

 おそらく人間を見るのは、初めてなのだろう。

 シトリーはそんな子供ゴブリンに手を振る。

 すると、子供ゴブリンは蜘蛛くもの子を散らすように逃げていった。


「私たちで、その魔物を追い払ってあげましょう」


 パンッと手を叩いて、そう提案するシトリー。


「追い払うって、俺たちに出来るか? 無理じゃね?」


 シンキは乗り気ではない。


「俺たちの戦力と、ゴブリンの戦力に差はほとんどない。

 そんなゴブリンが怖気づいて、逃げるほどの魔物を倒せるとは思えない」


「私たちが、そこまでする必要あるのかな?

 今回のクエストはゴブリンの集落の有無と、規模の確認だよね?」


 トウヤの素直な意見に、ハルナも続いた。


「……でも、ゴブリンさんたちは困ってます。助けてあげたいです」


 三人から否定されて、うつむくシトリー。


「助けるって、シトリーちゃんは変わってるね。

 ゴブリンと人間は、敵同士なんだよ?

 私たちは、ゴブリンの情報を冒険者組合に報告する。

 それでクエスト完了。

 そうしたら、今度は討伐クエストが設定されて、他の冒険者がやってきて、集落ごとやっつける。

 今回、助けたとしてもまた同じことが起こるかもしれないし。

 助けても意味ないと思うな」


 ハルナの言葉は厳しいように感じる。

 だが、この世界ではそれが普通であり、常識なのだ。

 ゴブリンを助けるほうが、おかしい。

 前作ファンタジアをプレイしていたら、なおさらゴブリン達を助けようとは思わない。

 ゴブリン達によって人間の町が、いくつも蹂躙じゅうりんされたのだから。


「…………」


 シトリーは悲しそうな表情を浮かべる。

 クエストに同行するかしないかで、意見が割れたときにハルナは味方をしてくれたが、今回は違った。心のどこかで、味方してくれると期待していたのだろう。

 重い空気が漂い始めたところで、ハルナが突然、口を開く。


「……あ、ごめん。なんか先生が私を呼んでるみたい。

 私、落ちるね。ほんとごめん」


「わかった。戻ってくるのか?」

「うーん、たぶん戻ってこないと思う。それじゃバイバイ。また明日」


 そう言ってハルナは、ログアウトして姿を消した。

 あっという間の出来事に、シンキは呆然としていた。

 シンキの目的はハルナと距離を縮めることなので、その目的が果たせずガックリと肩を落とした。


「ご覧の通り、ハルナが急用でいなくなったわけだが、俺たちはどうする?」


 トウヤは改めて、シンキとシトリーに訊ねた。


「私は、ゴブリンさんたちを助けたいです」


 シトリーの意思は固い。

 二人が助けないと言っても、一人で助けに行きそうな雰囲気がある。

 シンキは気持ちを切り替えて、真面目な表情を作る。


「……俺さ、今までゴブリンって、単なる敵としか思ってなかったんだ。

 出会ったら、とにかく倒せば良いって思ってた。

 でも、こうして集落に案内されてみると、俺たち人間とあんまり変わんないんだよな。

 家族や仲間がいて、みんなで助け合って生活してる。

 仲間のかたきのクリスタルを手に入れて、喜んでる姿を見てると、なんかこっちまで嬉しくなっちまう。

 俺、変かな?」


 シンキが自分の思いを語った。

 敵であるゴブリンに、同情する気持ちが芽生えて戸惑っている。

 ハルナとは真っ向から対立してしまう意見だ。

 もしハルナがこの場に残っていたら、おそらく口にしなかったであろう。


「いや、変ではないと思う。俺も同じ気持ちだからな」


 ゴブリンを憎む気持ちをトウヤは持っている。

 だが、今この瞬間はシンキと同じことを感じていた。


「そっか、なら決まりだな。ゴブリンたちを助ける。元の住処に帰らせてやろうぜ」


 シンキがそう宣言すると、シトリーは驚いたように目を見開く。


「ほ、ほんとうですか?」


 シトリーの言葉に、トウヤが頷く。


「ああ、ゴブリン達を助ける。

 まあ、俺たちに手に負えない魔物だったら無理だけど。やるだけやってみるよ」


「ありがとうございます!」


 シトリーは嬉しそうに笑って、トウヤへ抱きついた。

 そんな二人を見てシンキは、俺には抱きつかないのかと、小声で愚痴っていた。


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