015 説得



 トウヤたちは、ゴブリンの元の住処に居座る魔物を追い払うことを決めた。

 そのことをゴブリンたちに伝えて、案内してくれるようお願いした。


「オレ、オマエラ、案内する」


 リーダー格のゴブリンが案内役を名乗り出た。


「遠い、場所。ウォーグ、乗る」


 そう言ってゴブリンは二匹のウォーグを連れてきた。

 ウォーグは、オオカミを大きくしたような魔物だ。

 ゴブリンが乗り物として、良く一緒に暮らしている。


「これに乗るのか、よろしくなワンコ。……うわっ」


 シンキが頭を撫でようとすると、ウォーグは牙を剥いてうなり声を上げた。

 驚いたシンキは、後退あとずさった。


「ウォーグさん、よろしくお願いしますね」


 シトリーがウォーグの頭を撫でると、子犬のようにクーンと可愛らしい声を上げた。


「俺の時と、全然ちげーじゃねーか」

「シトリーは魔物と仲良くなる才能があるからな」

「そういうお前はどうなんだよ? 撫でてみろよ」


 他人事のトウヤに、シンキは催促する。

 トウヤは仕方なくウォーグを撫でる。

 シンキは自分と同じように、威嚇されることを期待した顔で見つめていた。


「…………」


 ウォーグは特に反応を示さなかった。

 目をつぶってトウヤの手を受け入れていた。


「は? つまんねー。なんで俺だけ威嚇されんだよ」


 シンキはウォーグの態度が違うことに不満を漏らした。


「オレ、オマエ、こっち。二人、そっち。ウォーグ、好き、前」


 ウォーグには二人一組で乗るようで、ゴブリンがそれぞれを振り分けた。

 ゴブリンとシンキ。トウヤとシトリーの二人組みだ。

 トウヤではなく、ウォーグに気に入られたシトリーが手綱を握る役を務める。


 ゴブリンとシトリーがそれぞれ手綱を握り、ウォーグの背に乗る。

 その後ろにシンキとトウヤが、抱きつく形になった。


「オレタチ、元、家、行く」

「はい、行きましょう」


 ゴブリンの言葉にシトリが返事をして、ウォーグは走り出した。

 二匹のウォーグは森の中を高速で駆けて行く。




 ほどなくして、トウヤたちは目的地に到着した。

 その場所は森が開けており、空から光が差していた。

 奥には切り立った岩壁が、そびえ立っている。

 岩壁の一部に穴が開いており、洞窟どうくつになっているようだ。

 しかし、洞窟の入り口は魔物によって塞がれている。

 わしの翼と上半身、ライオンの下半身を持つ魔物。

 そこにはグリフォンが居座っていた。

 少し離れた場所でウォーグから降りて、四人はグリフォンの様子を伺う。


「まさかグリフォンだったとは……」

「何か問題があるのですか?」


 頭を悩ますトウヤに、シトリーは質問する。


「俺たちのレベルだと、戦ってもまず負ける」


 グリフォンの平均レベルは60。

 一方、シンキのレベルが22。トウヤは11。


「なら、戦わなければ、いいんじゃないですか?」

「……それが出来たら苦労はしないんだが」

「ここは私に任せてください。グリフォンさんと話をしてみます」


「……そうだな、それしか方法はなさそうだ。

 ゴブリンとウォーグは離れた場所で見ててくれ。

 俺たち三人でグリフォンの説得に向かう」


 そう言ってトウヤ、シンキ、シトリーの三人はグリフォンの元に近づいていった。


 ――ピクッ。


 横になって眠るグリフォンのしっぽが、わずかに動く。

 トウヤたちの気配に気付き、頭を持ち上げて視線を向けた。


「こんにちはグリフォンさん。お話いいですか?」


 シトリーは優しく声を掛けならが、一歩づつ近づき。その後ろにトウヤとシンキが続く。

 グリフォンはだんだんと警戒心を高め、ついには腰を持ち上げる。


「大丈夫です。危害を加えるつもりはありません」

「…………」

「どうして、グリフォンさんはここにいるのですか?」

「…………」


 グリフォンは、翼を大きくはためかせて、激しい風を巻き起こした。

 これ以上、近づいてくるなという意思表示。

 話し合いをする気はないようだ。

 強風で三人の足が一時的に止まる。

 しかしシトリーは諦めない。さらに一歩を踏み出した。

 それが、戦闘開始の引き金だった。


「ピィィィィィ!!」


 グリフォンはかん高い鳴き声を上げると、前足の鋭い爪をシトリーに振りかぶった。


「――危ない!」


 トウヤは、するりとシトリーの前に飛び出して、爪を剣で受け止めた。

 グリフォンは飛び退き、そのまま空中に飛び上がった。


「……グリフォンさん、やめてください。あなたと戦いたくありません!」

「シトリー、一旦さがるんだ。話し合いは無理だ」

「そんなことはありません。私の言葉は届いていました」

「いい加減にしろ! 死にたいのか!」

「…………」


 トウヤの一喝に、シトリーは唖然とする。


「草原世界で俺は言ったはずだ。レベルが高い魔物とは仲良くなれないって」

「……でも。あっ!」


 言い争いをするトウヤとシトリー。

 そんな二人なんてお構いなしにグリフォンは急降下して、飛び掛る。


「くっ!!」


 鋭い爪の攻撃をトウヤが剣で受ける。

 体重の乗った攻撃を受け止めるだけで、体力がグッと削られた。

 もし攻撃をまともに食らえば、一溜ひとたまりもない。


「うおりゃー!!」


 シンキがグリフォンの側面へ剣で切りつける。

 だが、直前で飛び上がって空へと逃げていった。


「シンキ、助かった」

「そんなことより、どうするんだ? 逃げるのか? 戦うのか? どっちなの?」


 シンキが今後の行動指針を二人に訊ねる。

 トウヤは、視線でシトリーに決定権をゆだねた。


「このまま私たちが帰ったら、ゴブリンさんたちは元の家に戻れないままです。

 そうしたら冒険者さんがやってきて、ゴブリンさんたちは殺されてしまいます。

 そうですよね?」


「ああ、そうなる」

「でも、ゴブリンさんたちが元の家に戻れば、助かりますよね?」

「森の奥で静かに暮らすなら、討伐クエストは依頼されないと思う」

「私は……、私はゴブリンさんを助けたいです! グリフォンさんを説得します!」


 シトリーは、トウヤの目を正面から見据えて宣言した。

 その瞳に宿る意思は強い。

 グリフォンは空中から三人の様子を伺っている。

 三人が一箇所にまとまっているので、警戒して攻撃をしかけてこないようだ。


「……わかった。説得するで決まりだ」

「トウヤさん、ありがとうございます」

「御礼を言うのはまだ早い。説得が成功してからにしてくれ」

「そうですね」

「説得するにしても、まずはどうにかしてグリフォンを大人しくさせないと」

「……グリフォンさん、なんだか私たちのことを怖がっている気がします」

「怖がっている?」


 シトリーの言葉を聞いて、トウヤは思考する。

 グリフォンの方が、トウヤたちよりも圧倒的にレベルが高い。

 本来なら格下に、恐怖することはない。

 だが、グリフォンはトウヤたちのレベルが分からない。

 反対に自分よりも、レベルが高い人間だと思い込んでいる。

 それなら、怖がっている理由に納得が行く。


 グリフォンがゴブリンの住処にやってきた理由。

 ゴブリンたちと同じように住処に強者がやってきて、追い出される形になった。

 おそらくレベルの高い人間にグリフォンは襲われた。


「……なるほど」

「何か、分かりましたか?」


「あくまで仮説だが。あのグリフォンはおそらく人間に住処を襲撃された。

 それでここまで逃げてきたんだ。

 だから、俺たち人間を怖がっている」


「ああ、だから矢が刺さってたのか」

「それは本当か? どこに矢が刺さってるんだ?」


 シンキの何気ない一言に、トウヤは目を見開いた。

 グリフォンを注視するが、どこにも矢が刺さっているようには見えない。


「横から攻撃したとき、翼の根元付近に刺さってたぞ。正面からだと影になって見えないけど」

出来でかしたぞシンキ!」

「お、おう」


 トウヤの喜びように、戸惑うシンキ。

 なぜ褒められたのか良く分かっていない。


「グリフォンに刺さっている矢を抜けば、大人しくなるかもしれない。

 そうすれば、説得できる可能性がある。

 シンキは奴の注意を引き付けてくれ。

 俺が奴に飛びついて矢を引き抜く。

 シトリーは自分の安全を第一に、出来る範囲でシンキのフォローを頼む」


「わかりました」

「おう、んじゃ。いっちょやりますか!」


 トウヤの指示に、二人は力強く頷く。

 不可能と思われたグリフォンの説得に一筋の光明が差して、三人の士気は高まった。


「トウヤさん、これを使ってください」


 何もない空間からシトリーが複数の精霊草を取り出した。

 シトリーが道具箱アイテムボックスを使ったことに、トウヤは驚いていた。

 プレイヤーならば初期から使用できる。だがNPCが使用するとなるとレベルを上げて習得しなければならない。

 しかしNPCでも、稀に生まれたときから使用できる者も存在する。

 シトリーは調教師テイマー道具箱アイテムボックスとかなり多彩な才能の持ち主のようだ。


「……ああ、助かる。じゃあこれを」


 トウヤはシトリーから使えそうな精霊草を分けてもらった。

 そして三人は行動を開始する。



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