075 捜索
パーティーが始まってしばらく経つと、トウヤとバエルは壁際に立っていた。
二人に一切の会話はなく動きもない。まるでマネキンのように見える。
最初の頃は、フェリスたちの後ろに付きしたがっていたが、邪魔になるということで壁際に移動して、そのまま壁のシミとなった。
一方のフェリスたちは自由に動き回って、参加者たちと楽しく談笑をしている。
ちょうど、このパーティーの主催者であるゴルバンに話しかけたところだった。
ゴルバンはいかにも武人然とした大男で、白髪の頭髪に髭を貯えている。
隣にいるアレスとは、まるで似ていない。
瞳の色も二人は違う。アレスは青色でゴルバンは茶色。
「……そろそろか?」
トウヤは、遠くで談笑するフェリスたちに視線を向けたまま、隣のバエルに訊いた。
バエルは視線だけを動かして窓の外を見る。
夕方から始まったパーティ。外は完全に日が落ちて暗闇に支配されている。
一方、室内は魔石を使った照明装置が壁一面に設置されており、昼と変わらない明るさがあった。
「頃合だろう」
バエルが返事をすると、二人は無言のままに揃って部屋を出た。
廊下に出て誰もいないことを確認すると、トウヤはバエルに合図をする。
「それじゃ、頼む」
「……
バエルがしぶしぶ魔法を発動させると、トウヤの姿が一瞬で消えた。
「……どう?」
何もない空間からトウヤの声だけが聞こえた。
「問題ない。ちゃんと姿は見えなくなっている」
バエルが使った魔法は、光を
バエルは自分にも同じ魔法を掛けて姿を透明にする。
姿を見えなくした二人は廊下を静かに歩き始めた。
「なぜ私が貴様に魔法をかけてやらねばならんのだ?」
バエルが不満を漏らした。
「悪いな。俺のレベルが低すぎて、まだ
トウヤは悪びれた様子も無く、事務的に返答した。
お互いに姿は見えていないはずだが、二人は問題なく会話を続ける。
「貴様のような低レベルの雑魚に負けたことが、今でも信じられん」
「普通に戦えば、俺はバエルに勝てない。でもそれはバエルも同じ。
普通に戦えば、魔王には勝てない。だから特殊な条件の場をもうけた。
その結果、負けた。それだけだろ」
「それは分かっている。
私が言いたいのは、貴様がなぜ本当の力を隠しているかだ。
今のその姿はかりそめ。本当の姿はもっとレベルが高いのだろう?」
「…………」
メイドが近くを通ったので、自然とトウヤは黙った。
その後、メイドは過ぎていったが、二人の会話が再開することはなかった。
二人の会話は、お互いに姿の見えない相手との距離を自然に測るために行なっていたもの。慣れればその必要は無くなる。
静かな廊下に、かすかな足音と息遣いだけが移動する。
執事やメイドとすれ違うときは、息を殺して壁際でやりすごした。
そして無事に、二人は二階の隅にあるゴルバンの執務室に入った。
「……
バエルが魔法を解除すると、二人の姿が現れた。
「さて、探しますか」
トウヤは気合を入れるように呟くと、部屋の物色を開始する。
一目で分かる場所には、虚無の燭台はない。
机の中や棚、本の後ろを探す。
「おい、これを見ろ」
本棚を探していたバエルがトウヤに声を掛けた。
「どうした?」
トウヤが近寄り、バエルの目線の先を見る。
本を取り出した本棚の奥に、レバースイッチらしきものがあった。
「……なにかのスイッチか。かなり怪しいな」
「切り替えるぞ。いいな?」
バエルの確認に無言で頷くトウヤ。
バエルがゆっくりとレバースイッチを引く。
すると本棚がスライドして、下への階段が現れた。
「隠し部屋か。これは当たりかもな」
トウヤの顔に笑みが浮かんだ。
「暗いな。
バエルが魔法を唱えると、手のひらサイズの光の玉が二つ浮かび上がった。
光の玉はバエルの周囲を付かず離れず、ふわふわと空中を漂い暗闇を照らす。
そのひとつをトウヤに近づけると、バエルから離れてトウヤの周囲を漂い始めた。
「助かる」
トウヤが短くお礼を言うと、二人は傾斜のきつい階段を下り始めた。
階段を下りた先には扉があった。扉を開けて二人は部屋の中に入る。
「……これは」
部屋の壁一面には棚が備え付けられていた。
そして虚無の燭台がずらりと棚一面に置かれている。その数は数十個以上ある。
「俺は証拠映像を撮っておくから、バエルはオリジナルを探してくれ」
「分かった」
バエルはトウヤの指示に従いオリジナルの魔王の遺産を探し始める。
オリジナルとコピーの見た目は同じなので、見ただけでは判断できない。
判別方法は傷をつけること。
コピーは傷をつけることができるが、オリジナルは破壊どころか傷さえも付かない。
バエルはナイフを取り出すと、ギリリッとひとつずつ切り傷をつけて判別している。
一方、トウヤはカード状の魔法道具を取り出す。
真ん中に大きなガラス板があり、映像を記録できる。いわゆるビデオカメラだ。
トウヤが倉庫内の映像をすべて録画し終えても、バエルはまだオリジナルを探していた。
「こっちは終わったけど。オリジナルはありそう?」
トウヤが進捗をバエルに訊いた。
「まだ半分も確認していないが、おそらくここにオリジナルはないかもしれない」
バエルは半ば諦め気味に答えた。
「木を隠すなら森の中。オリジナルを隠すならコピーの中かと思ったけど……違ったか。
そもそもここは隠し倉庫。ここが発見されて国に全回収されたら意味がない。
オリジナルだけ別で保管してる可能性が高いか。
……どうする? このまま全部調べる?
それとも一旦、引く?」
トウヤはバエルに意見を求めた。
バエルはしばらく考えた後、答える。
「……引こう」
「だな。証拠は掴んだ。
俺たちがちまちま探すよりも、あとは王国の力を使って屋敷全体を捜索した方がいいだろう」
二人は階段を登り、隠し倉庫を後にした。
そして、再び姿を消して部屋を出る。
――パタン。
扉を閉めた音が小さく鳴ると、廊下の奥を歩いていた人物がピタリと足を止めた。
振り返り扉を見つめた人物は、アレスだった。
トウヤとバエルは微動だにせず、アレスの様子を伺う。
アレスの
やがてゆっくりと扉に向けてアレスが歩き始める。
アレスの足音にまぎれるように、二人は廊下の隅に体を移動させた。
「…………」
アレスは扉を見つめたまま立ち尽くす。
遠くではパーティー会場の声や、メイドたちがせわしなく働いてる音が聞こえる。
無音ではないが、今動けば気づかれてしまうため、二人は動けない。
アレスは扉を見つめたまま、静かな声で警告する。
「……いつまで隠れているつもりだ? 居るのは分かっている。
三つ数えるまでに姿を現せ。でなければ、こちらから仕掛ける」
アレスは手にナイフを持つと、腰を落として戦闘態勢をとった。
そして、ゆっくりと数を数え始める。
「……いち、……に、……さ――」
「――参りました。こちらに戦闘の意志はありません。バエル」
トウヤは降参とばかりに声を発し、バエルに透明化を解除するよう伝えた。
「……
バエルが魔法を解除すると、廊下の端に隠れていたトウヤたちが姿を現した。
トウヤは両手を軽く挙げて戦闘の意志がないことを伝える。
バエルは少しだけ不服そうに両腕を組んでいる。
「君たちはフェリス様の護衛だったな。なぜ護衛が泥棒の真似事をしている?」
「立派な屋敷を見ていたら冒険心がくすぐられまして、つい出来心で。
それと何も盗ってないので、泥棒ではありません。安心してください」
アレスの質問に、平然と答えるトウヤ。
バエルはこの場を任せるといった様子で何も言葉を発しない。
「父上の部屋で何をしていた? このことはフェリス様も承知の上か?」
アレスは納得していない様子で追及をしてくる。
「フェリスからは『好きにして良い』と言われています」
トウヤは鋭い追及をそよ風のごとく受け流した。
「……なるほど、説明する気は無し。あくまでもとぼけるつもりか。
このまま無意味な問答を続けても、時間の無駄だな。ならば賭けをしないか?
賭けに勝った側は相手に一つ質問をする。
負けた側はその質問に嘘偽りなく正直に答える。とぼけるのは無し。
君たちは何かを探っているようだし、私に訊きたいこともあるだろう。
これならばそちらにも利点はある。どうかな?」
アレスは一方的に責めるのをやめて、妥協案を出してきた。
妥協案はトウヤたちにとって都合が良い。むしろ良すぎるぐらいだ。
トウヤは注意深く話を進める。
「賭けの内容は?」
「一対一での決闘。どちらかが代表して私と戦う。
先に相手へ一撃を与えた方の勝ちとする。
場所は中庭。観客はあり。
折角なのでパーティーを盛り上げるための余興にする」
「…………」
トウヤは無言でバエルの顔色を伺う。
バエルは特に反応を示さない、トウヤにすべて任せるといった態度。
トラブルには極力関わりたくないのだろう。
普通の戦闘ならば、バエルが戦う方が良い。
バエルのレベルは200前後。アレスはおそらく100前後。トウヤは20台。
バエルなら圧倒的なレベル差で勝利できる。
しかし、勝利条件が「先に相手へ一撃を与える」となると話は違ってくる。
相手を倒す必要がないのなら、レベルが低いトウヤでも勝利条件を得ることができる。
バエルはNPCだということが知られており、アレスに勝利するとさらに注目を浴びることになる。
質問攻めをされて魔人だと露見すれば、ややこしいことになりかねない。
だがトウヤはプレイヤーなので、NPCのアレスに勝っても、バエルより目立つことはない。
セブンスターズよりも強い無名のプレイヤーは珍しくない。
それにアレスに負けたとしても、ゴルバンの部屋で何をしていたかを聞かれるだけ。
すでに証拠の映像は手に入れてある。いまさらとぼけることは不可能。
もしアレスがゴルバンと共謀していて、その情報を流したとしても逃げられない。
下手に手助けすれば、共謀として一緒に捕まえるだけ。
わざとアレスに情報を流して、様子を伺うのもアリだろう。
――この決闘。勝っても負けても、どちらでも良い。
トウヤは、そう結論付けた。
「分かりました。その賭けに乗ります」
トウヤが答えると、満足そうにアレスは笑む。
「では、どちらが私と戦う?」
「俺がやります」
トウヤは、アレスの青い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
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