074 パーティー会場
正装をした4人が馬車から降りて、ゴルバンの屋敷に入っていく。
入り口の受付役にフェリスとステラがそれぞれ招待状を見せる。その後ろではトウヤとバエルがただ立って見守っていた。
受付役が招待状を見せないトウヤとバエルに視線で招待状を催促する。
トウヤとバエルは招待状を持っていないで、見せることはできない。
あらかじめ決めていた段取り通りに、フェリスが「二人はわたしたちの護衛です」と紹介すると、受付役は納得して、すんなりと通してもらうことができた。
並みの貴族ならば拒否されるか、身分証明書の提示ぐらいはさせられていただろう。それがノーチェック、名前すらも訊かれなかった。
王女とセブンスターズという階級上位者二人のお墨付きとあらば、確認など不要。
もし確認すれば、それは王女たちを疑うことになり不敬になる。
受付役も意外と大変だなと、トウヤはしみじみと思った。
フェリスとステラが並んで前を歩き、トウヤとバエルがその後ろを従者のように続く。
会場である大広間に入ると、参加者の視線が一斉に集まった。
王女とセブンスターズが一緒に登場すれば当然だ。
そして今は
どちらかといえばステラの方に視線が集まっている。いつも鎧を身にまとい勇ましい姿が、今はおしとやかに見えるため、物珍しいのだろう。
一方、トウヤとバエルには誰も注目をしてない。ステラたちの近くにいるから自然と視界には入っているが、壁のシミと同程度の認識しかされていない様子。
貴族の嗅覚というやつだろうか、自分にメリットのある人物か、そうでないかを瞬時に判別している。
本来なら反感を覚えなくはない事象だが、トウヤは逆だ。
認識されていなのであれば途中で会場を抜け出しても不審に思われにくいと、内心で好都合だと喜んだ。
次の瞬間、フェリスたちの前には、あっという間に人垣が出来上がった。
二人に挨拶をしたい者たちが周りを取り囲んだのだ。年齢はフェリスたちに近い若者が多い。
自主的なのか、それとも親から王女に取り入れと指示されているのか分からないが、圧が強い。
彼ら彼女らは口々に称賛の言葉を送る。ドレスが綺麗、髪飾りが素敵などなど……。
そんな賞賛の声を、二人はありがとうと笑顔で受け入れ続けた。
褒められ過ぎてステラの顔に疲れがにじみ出たころに、人垣が割れて一人の人物が現れた。
「ようこそフェリス様、ステラも。良く来てくれました。
いつもですが今日は一段と美しい。二人ともドレスが良くお似合いです」
笑顔で出迎えたのは金髪碧眼の好青年だった。
「アレスッ」
フェリスが跳ねるように、青年の名前を呼んだ。
アレス・シフ・ロン・アルバート――このパーティーの主賓であるゴルバンの息子だ。
貴族令嬢たちの目がキラキラと輝く。玉の輿を狙っている者が多いのだろう。
一方、貴族令息たちの瞳は曇る。この場の主役をアレスにとられて、自分たちは脇役に成り下がったのだから面白くないのも当然。
それぞれの思いが錯綜する中、アレスは気にするそぶりもせずに挨拶をする。
「お久しぶりですフェリス様。お元気そうでなによりです。
少し大人っぽくなられましたね」
「アレスは怪我とかしてないですか? 遠征は大変だったと聞いています」
フェリスが心配そうな瞳でアレスの全身を見る。しかし、どこも怪我をしている様子はない。
そもそもこの世界ではポーションや回復魔法が存在するため、回復が遅れるか、よほどの重症でもなければ、怪我や傷が残ることはない。
さらに、その傷も上級の回復魔法で治せる。
一般市民なら金銭的な事情で傷が残っているかもしれないが、貴族階級で傷を残すことは周りの貴族から笑われてしまうので、まず無い。
つまり、この場でアレスの怪我を視認しようとする行為が無意味であり。それを無意識に行なっているフェリスが、アレスを恋い慕っていることは一目瞭然だった。
「う、ううぅ……。傷が急に……」
突然、アレスが左手を押さえて、大げさに身を折った。
周りの貴族たちは驚いて固まる。そんな中でフェリスはすぐにアレスに駆け寄る。
「アレス! 大丈夫ですか? 見せてください。すぐに回復を、あ……」
フェリスが何かに気づき言葉を失った。
アレスの手のひらには、確かに大きな傷跡が残っている。
「アレスったら、もう……。イタズラはやめてください」
どこか嬉しそうにフェリスは笑う。
「あはは、久しぶりにフェリス様の驚いた顔を見たくなってしまい思わず。申し訳ありません」
アレスとフェリスが無邪気に笑いあう。
二人だけの空間が出来上がり、周りの者が訳が分からないと困惑している。
「なになに、どういうこと? その傷に何かあるの?」
外野を代表してステラが質問した。
「その傷は、小さい頃に私をかばって出来たものです。
私は治すようにと、ずっと言っているのですが、アレスは聞き入れてくれなくて……」
フェリスが困ったようにアレスの顔色を伺った。
「この傷は私にとっての勲章です。治すなんてとんでもない。
私が初めてフェリス様を守った証。そして、これからも守り続けるという誓いでもあります」
アレスが臆面もなく言い放つと、フェリスはほのかに顔を赤くした。
そんな二人を周りの貴族たちは、微笑ましそうに眺めていた。
一部、玉の輿を狙っていた者たちは、二人の絆をみせつけられて、これは付け入る隙はないと肩を落としていた。
「そういうわけで、この傷は先の戦いで出来たものではありません。
遠征は少し苦戦をしましたが、優秀な仲間たちのおかげで無事に成功しています。
この通り怪我も一切していません、安心してください」
アレスが両手を広げて、無事をアピールする。
すると、周りからは「さすがセブンスターズ、王国の誇り!」と賛辞が飛んだ。
「今の私があるのは皆様の応援あってのものです。決して私一人の力ではありません。
これからも王国のために精進してきますので、どうかご支援のほどよろしくお願いします」
アレスはさわやかに微笑むと、周りの貴族たちに頭を下げた。
その真面目で謙虚な姿勢に、貴族令嬢たちは瞳を輝かせた。
貴族令息たちも、アレスが下手にでたことで自尊心が保たれのか、笑顔が浮かんでいる。
「遠征って、何を倒してきたの?」
ステラが素朴な疑問を投げた。
「あなたにしてみれば、たいした魔物ではありませんよ」
「……フェリスは知ってる?」
アレスが答えないので、ステラは隣のフェリスに訊いた。
フェリスはアレスの顔色を伺っていたが、ステラにせがまれて仕方なく答える。
「討伐した魔物はグリフォンです」
「グリフォン……」
「街道の荷馬車が襲撃される事件が多発していました。
グリフォンは王国の象徴。グリフォン隊もあります。
グリフォン被害を放置すると王国の印象が悪くなってしまいます。
だから王国騎士団が討伐することに。それの助っ人としてアレスも同行したんです」
「……そう、なんだ」
ステラはどこか上の空で相槌を打った。
「あはは、やはりステラには面白くない話でしたね」
少し自虐的にアレスは笑った。
プレイヤーとNPCのレベル差を感じたのかもしれない。
「別につまらないとか思ってないからね。
ちょっと、他に気になることがあっただけだから。勘違いしないで」
ステラは慌てて弁解をする。
他の貴族がいる手前、アレスの顔をつぶすと反感を買ってしまいかねない。
貴族、
「…………」
ステラも大変だな、と人ごとのような感想を抱きながらトウヤは黙って話を聞いていた。
トウヤはステラとは違い、ギルドにも所属しておらず完全なフリー。集団のしがらみとは縁遠い立場にある。
しかし、完全に孤立をしているわけではない。現実世界では家族や友人とのつながりがあり。
仮想世界で知り合った仲間がいる。そして、その中にはグリフォンもいる。
誰とも視線を合わせないようにして気配を消していたトウヤだったが、気になる単語がでてきたため、ついアレスの顔をまじまじと見てしまった。
「おや、後ろの二人……。見ない顔ですね」
アレスはトウヤの視線に気付き、初めてトウヤとバエルを認識した。
「二人はステラの知り合いです。今日は護衛役として付いて来てもらいました。
こういう場にはあまり参加したことがないようで、無作法があってもご容赦ください」
「ステラの、ということは二人ともプレイヤーですか?」
アレスは見定めるように、トウヤとバエルを見た。
「黒髪の彼はプレイヤーのトウヤさん。そしてNPCのバエルさん」
ステラに紹介され、二人は軽く頭を下げた。
「NPC、ですか?」
アレスは少しだけ驚いた。
「どうしたの? なにかおかしい?」
「NPCだったことが少し以外に思いまして……」
ステラの問いに、正直に答えるアレス。
プレイヤーとNPCでは基本的にプレイヤーの方がレベル高く強い。
護衛役の中でレベル差があり過ぎると、連携が取り難く任務遂行が難しくなる。
よってNPCが護衛をしていることに驚いたようだ。
「ああ、そういうこと。彼はNPCだけど、プレイヤーに引けを取らない強さがあるから」
だから護衛でもおかしくはないと説明するステラ。
「ほう、それは興味深い。となると彼はこの世界の住人ではない、ですよね?」
第2世界の魔物は比較的レベルが低い。よってNPCがプレイヤーレベルまでの強さを獲得することは困難を極める。バエルが違う世界の住人だという推測は自然なこと。
「彼は色々な世界を旅してたから」
ステラは、どこの世界の住人かをはぐらかしつつ、バエルが強い理由を説明した。
バエルは魔人であり第99世界の住人だ。今は仮装の首飾りで人間に見せかけている。
正直に言うと色々と面倒なことになりかねないので誤魔化すのが無難と判断したようだ。
「なるほど、色々な世界を……。
ではその旅をしたなかで一番良かった、または一番好きな世界はどこですか?
……もし決めきれないというのなら、この第2世界と言ってくれても構いません」
アレスがバエルに問う。
周りの貴族たちもバエルがなんと答えるのか、興味深々に耳を傾けている。
無難に答えるなら『第2世界』が正解だろう。
どこの世界の住人も「自分の世界が一番良いはずだ」と思い込んでいる。
つまらない回答だが、貴族たちの自尊心が満たされ、この場を平穏に切り抜けられる。
これからのことを考えれば、下手に会話が盛り上がって、顔と名前を覚えられるのはあまりよろしくない。
「そんなのは決まっている」
バエルは言い切る。その潔さに貴族たちの期待が膨らむ。
「考えるまでもないといった様子ですね。では答えてもらいましょう。
どの世界が一番良い世界ですか?」
「――第99世界ニヴルヘイム」
バエルが答えた瞬間、時間が止まったように貴族たちが固まった。
この場での模範解答が『第2世界』なら、その正反対に位置する回答は『第99世界』だ。
貴族たちの自尊心を傷つけ、悪印象を抱かせ、悪目立ちをしてしまう最悪の回答。
フェリスもステラも眼を丸くして、バエルを見ていた。
「……ちなみに、どういったところが? 第99世界に人間はいるんですか?」
戸惑いつつもアレスは質問を続けた。
「人間種はいる。しかし数は少なく基本、穴蔵のようなところに隠れ住んでいる。
生息している魔物とのレベル差があるため、隠れ住む必要があるのだ。
魔物に見つかれば、即エサになるだけだからな。
この世界でいうところのゴブリンみたいな生活をしていると考えれば、分かりやすいだろう」
貴族たちはドン引きをしていた。
「…………」
アレスは周りの貴族たちの反応を察して、フォローしようとしているようだが言葉が浮かばないといった様子。
そんな彼らの反応を予想していたのか、バエルは自信ありげに話を続ける。
「野生の人間種は、お世辞にも良い生活をしているとは言えないだろう。
しかし、人間牧場に住む者は別だ。
野生の魔物から襲われないように、魔人が管理する柵の中で平和に暮らしている。
この街のように大きくなく発展もしていない質素な村だが。
牧場内では人間種と魔人種が憎みあうこともなく、とても友好な関係を築いている」
どうだ素晴らしいだろう、と言わんばかりにバエルは話した。
しかし、貴族たちの反応は良くない。
そもそも魔人への悪感情があり、さらに管理されていると言われて良いと思う者はいない。
特に貴族は管理されるのではなく、管理する立場にあるものが多いので、まったくといって共感は得られなかったようだ。
「……人間牧場って。家畜ってことだよね?」
「友好って洗脳されてるだけじゃないか?」
「最悪だな。まるで地獄のようだ」
「そんな場所で暮らすのなら死んだ方がマシよ」
貴族たちは小声で口々に悪態をついた。
アレスはそんな貴族たちを軽く咳払いをして
「ごほん。……第99世界の人間の扱いについては、少し引っかかるところもありますが。
人間と魔人が友好関係を築けているという部分は、素晴らしいと思います。
二度と創世戦争のような悲惨な争いは、するべきではありませんからね。
とても興味深い話をありがとうございました」
アレスが感謝の意を表すと、貴族たちはしぶしぶ口を閉ざした。
「私は他の皆様にもあいさつをしようと思います。これにて一旦失礼します」
アレスは一礼をすると、フェリスたちの元から離れていった。
周りを囲んでいた貴族たちも自然と他の場所へ散り散りになった。
「……ふう、ようやく開放されたぁ」
ステラは一仕事終えたように深い息を吐いた。
「おつかれさま。でもこれで終わりじゃないですからね」
フェリスは労いの言葉をかけつつも、ステラの気を引き締めなおした。
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