025 小さな家



 二人はミニチュアの家に入っていく。

 構造は至ってシンプル。

 入ってすぐに大部屋があり、その部屋を囲むように台所、風呂、トイレなどが設置されている。

 部屋の奥にあるベットで横になっていたシトリーたちとすぐに遭遇した。

 フランメリーはベットの横で静かに座っている。

 ふたりともリラックスしており、この家を気に入ったようだ。


「シトちゃん来たよ!」


 璃乃はシトリーに走り寄った。


「え? リノさん? それにトウヤさんも」


 シトリーは驚きの声をあげるとベットから立ち上がる。

 まさか小さくなってくるとは、思っていなかったようだ。


「璃乃が家に入りたいっていうから、俺もついでに。

 それで、どうかな? この家は」


「はい、とっても素敵です」

「使い方は分かる?」

「いえ……」

「そう、じゃあ、一通り使い方を教えるよ」


 そう言って、トウヤは部屋にある色々なものの操作方法を教えた。

 部屋の電気や、風呂、トイレなど。


「よし、一通り終えたな、あとはこのレンジだけだ」

「ゆにちゃん、レンジがあっても食べ物が何もないよ」


 璃乃の言うとおり、部屋には冷蔵庫などはない。

 飲み物も食べ物も一切ない。

 あるのは蛇口からでる水ぐらいだ。

 ただし設定を変えれば、蛇口からジュースや味噌汁を出すことは可能。


「これはレンジの形をしているが、レンジじゃない。

 オブジェクト呼び出し装置になっているんだ。

 このボタンを押すと、料理のリストが表示される。

 食べたい料理を押して、決定をする。

 すると、ご覧の通り」


 トウヤは、電子レンジのふたを開ける。

 すると、電子レンジから出来上がった料理が出てきた。

 出てきた料理はカツカレー。それを手にトウヤは告げる。


「有名店の味を再現しているらしいから、味はお墨付きだ。

 それじゃあ、シトリーたちの夕飯にしようか。

 食べたいものを好きなだけ食べていいよ」


「あのあの、トウヤさんの料理はなんですか?

 私も同じものが食べたいです」


 シトリーがトウヤの持つカツカレーに興味を示した。


「これはカツカレーだよ。

 ごはんとトンカツの上に、カレーがかかってる。

 カレーっていうのは、とろみのある茶色のタレ。

 この中にいろんな香辛料が混ざってる。

 これは中辛だからシトリーは甘口がいいかもしれない」


「私はそれにします」

「了解。それじゃあレンジから出してみよう」


 トウヤは電子レンジの使い方を口にする。

 シトリーはそれを聞きながら電子レンジを操作した。

 無事に操作を終え、シトリーの手には甘口のカツカレーがもたらされた。

 そして次はフランメリーの番になった。


「フランメリー、あなたはどうします? 私が操作してあげますよ」

「ピピィ!」

「え? 自分で操作するんですか?」

「ピィー」


 フランメリーはシトリーの申し出を断り、自分で電子レンジを操作するようだ。

 前足を器用に持ち上げ、電子レンジを操作する。

 シトリーの操作を横から見ていたせいか、かなり慣れている感じだ。

 表示される料理を次々に変えて、目的の料理を表示させる。

 そして電子レンジから出てきたのは、巨大ハンバーガーだった。

 大皿に、ドンッと一つのハンバーガーが盛り付けられている。

 普通なら、もっと小さいのだが、設定をいじって最大まで大きくしたらしい。

 トウヤが教えていない機能をみつけて、もう使いこなしていた。


「ボールみたいな料理ですね」


「これはハンバーガーっていうんだよ。

 肉や野菜をパンで挟んである。

 普通ならこんな大きいものはないけどね」


「ピィピィ」

「わかりました。取り出しますね」


 フランメリーに代わって、シトリーが巨大ハンバーガーを取り出す。

 そしてテーブルの上ではなく、その横の床に皿ごと置いた。

 フランメリーはそれを前にお座りしている。

 みんなの準備が整うの待つようだ。


「ゆにちゃん、私も食べていいの?」


「ああ、いいぞ。リアルの夕食を取ったばかりだから。

 いつもより、たくさん食べていいからな」


「やったー。私ジャンボパフェ食べるね」


 璃乃は電子レンジを操作してジャンボパフェを取り出した。



 仮想空間で食事をいくら取ろうが、実際の体が太ることはない。

 だからと言って、暴飲暴食を続けると実際の体に影響が出てくる。

 脳が物を食べたと認識しているのに、その栄養が体に吸収されないと、体は栄養を溜め込むように変化する。

 結果、太りやすい体質になり病気のリスクが高まる。

 脳と体のギャップは、空腹時が特に大きく、満腹時は小さい。

 そのため、仮想空間での飲食は、満腹時が最適とされている。

 この現象を幻食現象げんしょくげんしょうと呼び。

 その症状が悪化すると幻食症げんしょくしょうになる。


 VRが出始めた頃、まだ幻食現象は発見されていなかった。

 現実でダイエットをしている人がVRで暴飲暴食をして、体調を崩す人が続出した。

 その原因を調査して、ようやく発見された。

 VR時代の新たな現代病である。


 幻食症は別の言い方をされる場合もある。

 それは『仙人病せんにんびょう』だ。

 仙人はかすみを食べていると言われていることから、仮想空間の食べ物を霞に例えて、そう呼ばれるようになった。



 全員の食事が用意され、夕食が始まった。

 有名店の味が再現されてるだけあって、全員が満足げな表情を浮かべて料理を頬張っている。

 その中でもフランメリーは特に気に入ったようでハンバーガーをあっという間に食べ終えた。

 そしてすぐさま二個、三個と電子レンジから呼び出しておかわりをしている。

 シトリーも璃乃のジャンボパフェを一口分けてもらったりと、ミニチュアの家の中で楽しい夕食が繰り広げられていた。




 一方その外では、悠斗の部屋を訪れた人物がいた。

 扉をノックして部屋に入ってきたのは、悠斗の上のいもうと

 八神瑠花やがみるか、中学3年生。

 しかし、ミニチュアの家で楽しい夕食をしている悠斗は瑠花の入室に気付いていなかった。


「ゆにくん? 璃乃いる?」


 扉を開けて、瑠花はゆっくりと部屋に足を踏み入れる。

 机の上のミニチュアの家から楽しげな声が聞こえるが、一瞥いちべつしただけ特に興味を引かれなかった。

 悠斗が自分で組んだAIプログラムを人形に組み込んで、動作確認でもしているのだろうと、そんな風に思ったのだ。

 まさかそこに悠斗たちが小さくなっているとは、夢にも思わなかった。

 瑠花の目は、ベットで並んで横になっている悠斗と璃乃に注がれている。


「……二人でVRしてるの?」


 小声で瑠花は二人に声をかける。もちろん反応はない。

 今二人の意識はVR世界に旅立っている。だが仮想体はすぐ近くの机の上にいるので、もう少し大きな声で話しかけていれば、二人は気付いたかもしれない。

 足音を殺して、ゆっくりと瑠花はベットに近づく。

 そしてベットの端に静かに腰を下ろした。


「…………」


 ヘッドギアで顔の半分が隠れた悠斗の顔を覗き込む。

 露出している頬に、そっと自分の手を添える。

 頬を撫でる指がそのまま移動し、唇に触れた。

 その時、ぴょこっと悠斗の体の上に白猫が舞い降りた。


「ルカさま。ユウトさまとリノさまは机の上にいますニャン」

「…………。そう、ありがとファム」


 瑠花は淡白たんぱくに答えると、ベットから離れた。

 ファムは二本のしっぽをゆらゆらさせながら、その背中を静かに見つめた。


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