034 魔王の遺産
「八神、よく頑張った。良い戦いだったぞ」
レフリーの男子が満足そうな笑顔で、悠斗に声をかけた。
「ありがとう。最後は派手にやられたけど」
悠斗は
それからレフリーが他にやる奴はいるかと周りに呼びかけるが、誰も立候補するものは現れず、そのままバトルアリーナは終了になった。
端に退かされていた机を元に戻し、悠斗は自分の席に座った。
「お前も派手にやられたな。
やっぱリアルだと、思うように動けねーよな。
アバターになれば、あんな人形なんて楽勝なんだけど」
滝川はシュッシュと効果音を付けながら、シャドーボクシングをしていた。
「そうだね」
悠斗は、滝川の負け惜しみに同意した。
「二人共すごかったよ。カッコ良かった。
ねえ? 怜もそう思うよね?」
春奈が隣に立つ鳴海に同意を求めた。
「そう? 私はあんまり……。
ただ一方的に殴られてるだけったように見えたけど」
鳴海は春奈の問いに同意はしなかった。
「確かに殴られて負けちゃったけど、その殴られ方がすごかったんだよ。
……ねえ、そうだよね? 八神くん?」
春奈がいたずらな笑みを浮かべる。
春奈は悠斗の殴られ演技が完璧だったことを見抜いている。
だが、滝川と鳴海は気付いていない様子だ。
「さあ? 戦うのに夢中だったから分からないな」
悠斗が誤魔化すと、春奈は「ふーん」と気の抜けた相槌を打った。
目と目で通じ合う二人を見て、鳴海の目がすうっと細くなった。
そんな時、廊下の方で突然、女性の悲鳴が聞こえた。
クラスメイトたちが何事かと、教室をぞろぞろと出て行く。
「何かあったみたいだな。ちょっと見てくる」
滝川が野次馬根性を発揮して、様子を見に行った。
少しして、クラスメイトたちと滝川が教室に戻ってくる。
「何があったの?」
椅子に座った滝川に、春奈が訊ねた。
「いきなりモンスターが現れて、そいつにペットが殺されたらしい。
ペットっていっても、MR世界のVペットだから、殺されてもまた呼び出せばいい。
まあ、呼び出してた間の記憶データは、吹っ飛んじまうがな」
「Vペットの死亡事故は珍しくないと思うけど?」
悠斗が口を挟む。
Vペット――バーチャルペットは設定を少し間違えただけで、すぐに死ぬ。
小石や雨粒だって、体を貫く恐ろしい凶器に一瞬で変貌する。
そのため、Vペットが死ぬこと自体は珍しいことではない。
VペットがMR世界で死んだとしても、元データさえ残っていれば、何回でも呼び出しが可能。
しかし第2世界以降のNPCは例外で、コピーを取ることはできない。
シトリーやフランメリーが死んだら終わり。生き返らせることは不可能。
「ああ、その通りだ。第1世界でのVペットやNPCの死亡事故は珍しくない。
それこそ都市伝説が発生するぐらいにはな」
「都市伝説って?」
春奈は小首を傾げた。
すると滝川は待ってましたとばかりに語り出す。
「VAMには、こんな都市伝説が存在する。
どこかのプレイヤーが、第1世界に入れないNPCたちを可哀相だと思い、NPCたちを第1世界に連れていくという企画を立てた。
第1世界に行きたいNPCたちを集めて、みんなで第1世界に転移。
見たこともない景色に喜ぶNPCたち。
その様子を見てプレイヤーは連れてきて良かったと思った。
しかし、その日は天気が悪く、すぐに雨が降り出した。
次の瞬間、NPCたちは全身を雨粒に貫かれて、死亡。
干渉設定を間違えてたんだ。
雨粒の一粒一粒が強力な弾丸に変貌していた。
NPCたちは肉も骨も粉々にされてミンチになった。
こうして数十名のNPCが命を落とした。
雨の日の第1世界には、雨粒で死んだNPCの幽霊が徘徊しており、その幽霊が近くにいると雨が血の色になる。
これが『第1世界の赤い雨』と呼ばれる都市伝説」
滝川が語り終えると、全員が言葉を失った。
神妙な空気を打ち破るように滝川は再び話を始める。
「で、話を戻すが。Vペットがモンスターに殺された。問題はその後。
ペットを殺された生徒は、再びペットを呼び出そうとした。
だけど、呼び出せなかった」
「どうして?」
「データが消えた。Vペットのデータが完全デリートされちまったんだよ。
元データが無いんじゃ、呼び出せないってこった」
「まさか、仮想オブジェクトのリンクをたどって、元データを探し出して消したっていうのか?」
悠斗は驚愕する。
呼び出した仮想オブジェクトと元データは紐付いている。
理論上、第三者が元データを探し出すことは可能。
しかし、あくまで理論上であり、実際は幾重にもあるセキュリティを突破しなければならない。限りなく不可能に近い。
「誰かが意図的にやったと考えるより、ただのバグだと考える方が現実的だな。
もしくは誤操作で、本人が自分でデータを削除した」
悠斗は独り言のように呟いた。
「だよな? 元データを破壊するモンスターが現れたぞって騒ぎになってたけど、意外と真相はしょぼいんだ、こーゆーのはさ。
取り込み忘れた洗濯物を夜中に見て、オバケだーとか。
ゴミ捨て場に死体がある。ヘアマネキンでした、とかな。ははは」
悠斗の話に乗って、滝川が笑い話に変えた。
そこに鳴海が小さく呟く。
「……魔王なら」
「え? 怜なに?」
春奈が鳴海に聞き返した。
「私はあまり詳しくないけど、魔王ならそういうことも出来るんじゃないかなって」
「魔王って、第99世界の魔王ルフェルのこと?」
「そう。魔王は世界のルールを捻じ曲げるアイテムを持ってるって聞いたことがある。
それを使えば、出来るんじゃないかな」
「あー、それちょっと聞いたことある。
初代魔王が所有していたチートアイテムでしょ。
魔王の遺産とかサタン・アーティファクトって呼ばれているやつ。
でも、それってただの噂。本当にあるかも分からないよ」
「そうね。……でもシトリーさんなら、何か知ってるんじゃないですか?」
鳴海は突然、シトリーに話を振った。
机の上の小さなシトリーは慌てている。
「え? わ、私ですか? なんで私なんですか?」
「あなた、魔王と同じ名前よね。魔王シトリー・ルフェル」
「…………」
「自分と同じ名前を持つ魔王。少しは調べたこと、あるんじゃないですか?」
鳴海は探るような目をシトリーに向けた。
「え? 魔王の本名ってシトリー・ルフェルっていうの?
始めて知ったわー。みんな知ってた?」
「滝川さん、少し黙っていてください」
驚きの声を上げる滝川にぴしゃりと言い放つ鳴海。
「シトリーさん、あなたが魔王崇拝者だとか、そこまでは思わないけど、何か知っていたら教えてくれませんか?」
「……分かりました。私も少し噂を知っている程度ですが……。
初代魔王は特殊な力がある危険なアイテムたちを、城の
宝物庫は封印がされており、魔王以外が開くことは出来なかったようです。
魔王はそのアイテムたちを使う気はなかったようで、死ぬまで宝物庫が開かれることはありませんでした。
しかし魔王はプレイヤーに倒されます。
魔王を倒したプレイヤーには、褒賞品として宝物庫のアイテムがいくつか与えられました。
そして魔王が死んで世界再編がされる束の間、宝物庫に賊が侵入し、半数以上のアイテムが盗まれました。
賊はアイテムをどこかに隠しました。
しかし世界再編の際に、しっかりと管理していなかったアイテムは世界各地に散らばりました。
賊の元に残ったのはわずか数個。
失われた多くは、今も世界のどこかで眠っている、という話です」
シトリーは説明を終え、代わりに鳴海が口を開く。
「ありがとうシトリーさん。
NPCの彼女が言うんだから、魔王の遺産が存在することは間違いないと思います。
きっと、そのアイテムを使って、起こされている事件。
犯人は、魔王です」
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