033 バトルアリーナ -Battle Arena-



 昼休み。悠斗が食堂から戻ってくると教室が騒がしかった。

 クラスメイトたちが何かを囲んで「頑張れ」「責めろ」「そこだ!」などと声援を送っている。

 一部の机が端にどかされて、大きなスペースが確保されていた。


 その中央に二人が対峙している。

 一人は滝川、もう一人は木の人形。木人もくじん

 滝川はもちろん実体、だが木人の方は仮想体だ。

 その二人が、殴り合っていた。


 二人の頭上には、緑のHPバーが表示されている。

 HPバーは相手に殴られるたびに、短くなっていく。


「あれは何をやっているんですか?」


 悠斗の手のひらに乗ったシトリーが訊いてきた。


「あれはMRゲームの一つ。バトルアリーナ。

 実体で仮想体と戦う対戦ゲーム。

 お互いに殴り合って、相手のHPバーを先に無くした方が勝ち」


「シンキさんが殴られると、残像のようなものが見えますが……」


「あれは実体と仮想体がズレを起こしてるんだ。

 通常、実体と仮想体は、殴りあうことはできない。

 実体が一方的に殴って、仮想体は殴り返せないから、勝負にならない。

 だから、実体とまったく同じ姿形の仮想体を身にまとわせることで、擬似的に仮想体と戦うことを再現している。

 あくまで殴り合っているのは仮想体同士。

 実体の方は、ただ操作しているだけ。

 相手の攻撃を受けると、仮想体はのけぞる。だけど、実体の方は攻撃を受けないから、のけぞらない。

 そこで、ズレが起きて残像が見える。

 ズレが大きいほど、ダメージも大きくなるし。ズレを修正して戦闘復帰するまでの時間も掛かる。だから、攻撃を受けた時の演技力も重要になる」


「なんだか普通に戦うより、難しそうですね」


 シトリーが本質を突いたことをずばりと言う。


「VRで仮想体になれば、演技はいらない。

 でも、実体で戦うことに意味があるんだよ。

 仮想体はあくまで借り物。自分自身ではない。

 本当の自分、本当の体で戦って、本当の強さを確かめたいんだよ」


「……本当の自分」


 シトリーは、悠斗の言葉を聞いて小さく呟いた。

 会話の最中も、滝川と木人との殴り合いは続いている。

 最初は滝川が優勢だったが、徐々に立場が逆転していった。

 その原因は、滝川の体力が減って、攻撃を受けた際の演技が出来なくなった為だ。

 ズレ修正で、仮想体が無防備になり、そこに攻撃が連続で当たる。

 さらにズレがしょうじて、サンドバック状態になり、逆転負けをしてしまった。


「逆転負けかよ。カッコわりーぞ」

「へばってんじゃねーぞ」

「おしかったな。良く頑張った」


 なじる声や、ねぎらいの声が滝川に飛んだ。

 滝川は肩を落として、とぼとぼと円の外に出て行った。


「おい八神。お前もやってみろよ」


 ギャラリーの中の一人がそう言葉を発した。

 すると、周りはその言葉に同調し、悠斗に戦えと煽ってくる。


「月島もカッコイイところ見たいって言ってるぞ」

「そうだ。月島にカッコイイとこ見せてやれ!」

「何勝手に言ってるのよ。私はそんなこと言ってないから!」


 自分の名前を勝手に出されて、憤慨する春奈。

 ギャラリーの中に、春奈と鳴海の姿もあった。

 悠斗を煽ってくるのは、主に男子たちだ。

 言葉では、カッコイイ姿を見せろと言ってはいるが、実際は逆。

 女子の前で醜態しゅうたいを晒して、笑いものになることを期待している。


 おそらく昨日の出来事が原因だろうと、悠斗はすぐに気づいた。

 パイ投げをして春奈が転ぶのを抱きとめて、至近距離で見つめ合った。

 春奈を密かに想ってる連中には、面白くない光景だ。

 それが男子の中で、反感を買ってしまった。

 彼らの溜飲りゅういんを下げるには、彼らの望む道化どうけを演じる以外にない。

 この場合、木人に殴り負けて無様を晒すこと。


 ここで逃げたり、反対にカッコイイところを見せてしまったら、余計に男子たちの反感が増す。

 これからの学校生活を考えれば、無闇に敵を作るのはよろしくない。

 悠斗は道化になることを決めた。


「分かった。やるよ」


 悠斗がそう言うと、ギャラリーから歓声が沸いた。

 歓声にまじって小さな笑い声も微かに聞こえてくる。


「シトリーたちは、離れた場所で見ててくれ」


 悠斗は手のひらに乗ったシトリーとフランメリーに話しかけた。

 シトリーはフランメリーの背に乗って、パタパタと飛んでいく。

 悠斗は歩み出て、木人と向かい合う。

 ゲームを起動しているレフリー役の男子生徒が悠斗に確認を取る。


「よし、レベルは滝川と同じ設定だ。準備は良いか?」

「ああ、いつでも」


 悠斗が頷くと『Ready Go』と表示され、木人とのバトルが開始された。

 木人が左右の手で、細かいジャブを繰り出してくる。

 それを最小限の動きで回避し、さばく。

 そこで悠斗は異変に気付いた。


 レフリーは滝川と同じレベル設定だと言っていたが、明らかに木人の動きが良くなっている。

 一段階、いや二段階は上の設定に変更されている。

 悠斗に対する男子たちのヘイトは予想以上に高かったようだ。

 絶対に醜態をさらしてやるという強い執念を感じる。

 しかし、木人のレベルが上がったことは、悠斗にとって良い事だった。

 滝川と同じレベルでは木人が弱すぎて、逆に負けるのが難しいと思っていた。

 それが少し解消され、負ける演技がしやすくなって、悠斗は内心で安堵した。


 悠斗は数度の攻防で、木人の強さをほぼ把握した。

 あとは体力切れで、動きを鈍らせる演技をしつつ負ければ目的は果たされる。

 そんなことを考えていると、ギャラリーの一部が騒ぎ始めていた。

 予想以上に悠斗が木人と良い戦いをしているのに驚いている。

 クラスメイトたちは、悠斗がVR格ゲーの腕がプロ並みだとは知らないから当然だ。

 普通なら木人に瞬殺されるところを、互角に戦っている。

 悠斗の無様な姿を見ることが目的だったクラスメイトたちは、いつしか応援を始めていた。


 普通ならば応援は悠斗の力になる。しかし今回は逆だ。

 負けると決めている悠斗にとって、応援は負ける演技をしずらくさせる。

 応援してくれる人のためにも勝たなくてはと、ついそんなことが頭をよぎってしまう。


 木人に殴られる演技で、かぶりを振って、余計な考えを消し去る。

 悠斗はなんとなく懐かしい気持ちになっていた。

 今の状況は、VR格ゲーの決勝戦に似ている。

 あの時も、たくさんの応援を受けながら、負ける演技をした。

 観客席から「お兄ちゃん負けないで!」と妹の声が聞こえるたびに、勝ちたくなる気持ちを必死に抑えた。


 瑠花は応援していると、一度も悠斗に言ったことはない。

 しかし「お兄ちゃん」と呼ぶのは妹しかいないので、悠斗は瑠花が応援に来ていることを分かっていた。

 妹が応援しているにも関わらず、悠斗は負けるという選択をした。


 悠斗が一位になることを嫌がるのには理由がある。

 小さい頃、悠斗は足が速かった。

 体育の授業や運動会で、何度も一位を取ったことがある。

 ある時、クラスで人気のある女子が、友達に誰が好きか質問された。

 その女子は、足が速い人が好きと答えた。

 それからクラスの男子たちからの悠斗に対する嫌がらせが始まった。

 悠斗は、一位になったから目立ったのが良くなかったと思った。

 それ以来、一位になることは、メリットよりデメリットの方が大きいと考えるようになり避けるようになっていった。



 悠斗は木人に殴られる。

 体力がなくなった振りをして、ボコボコに殴られる演技をする。

 そこで一部のギャラリーが、ようやく異変に気付く。

 それは木人に殴られているにも掛からず、仮想体と実体のズレがまったく起きていない。

 さらに対戦開始から悠斗は、一度もズレを起こしていなかった。

 木人に殴られて、仮想体がどれくらい仰け反るか、それを計算し実際に行動に移す。

 まさに神業ともいえることを悠斗はやっていた。


 悠斗が木人に殴られて、無様な姿を見せているにも関わらず、一部のギャラリーからは「すごい」という感嘆かんたんの声が漏れた。

 悠斗はようやく自分のミスに気付く。

 格下の相手だったので、余裕がありすぎた。

 その分、やられの演技が完璧になってしまっていたのだ。

 これがもっと実力がある相手ならば余裕がなくなり、自然とズレが起こったが、不運にも木人が予想以上に弱すぎた。

 滝川を倒したレベルの二段階上でも、悠斗の相手には力不足だった。


 幸いなことに悠斗の神業に気付いているギャラリーは少ない。

 気付いたとしても、ゲームのエラーだと思っている者も多いはず。

 最後に派手にやられて負けた印象を強くすれば、まだ誤魔化せる。

 悠斗は自分のミスを挽回するために、大振りの攻撃をしかけ、木人のカウンターを受けた。

 バタンっと悠斗は教室の床へ派手に倒れ、木人に勝ちを譲った。


 一瞬の静寂の後、ギャラリーから拍手が起こった。

 その拍手にこめられた想いは様々だ。

 無様な姿を見れて喜ぶ者。善戦して頑張ったと思う者。

 何かすごいことが起きていたような気がするが、それが何か分からない者。

 そして、悠斗が只者ただものではないと気付いた者。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る