032 PKの正体は?
悠斗は教室に入り、窓際の自分の席に座った。
隣の席の月島春奈が、他の女子との会話を中断して、あいさつをしてくる。
「おはよう、八神くん。昨日は途中で抜けてごめんね」
春奈は両手をあわせて、少しだけ小首をかしげた。
「おはよう月島。別に、気にしてないから」
悠斗はあいさつを返しつつ、春奈とさっきまで会話していた女子の顔をちらりと見た。
春奈とよく一緒にいる女生徒。春奈と同じくらい美人だが、近寄りがたい雰囲気を放っている。
女子に対しては普通なのだが、男子には当たりが強い。
特に春奈に近づいてくる男子には、その態度が
今もメガネの奥の瞳が、悠斗を鋭く射抜いている。
――私の春奈に近づくと、殺す。
と、そんな風に言われているような気が、悠斗はひしひしと感じた。
春奈はそのことを知ってか知らずか、悠斗に話を振る。
「それで、あの後どうなった? ゴブリンたちは助けたの?」
春奈はゴブリンたちを助けるかどうかの話し合いの最中に、ログアウトしていった。
だから、グリフォンや
悠斗は春奈と、別れた後のことをざっくりと話した。
話を聞きえた春奈が感想を漏らす。
「そんなことが……。それにしてもPKか。どうして狙われたんだろうね」
「PKの口ぶりは、最初から俺たちを殺すのが目的だった。
俺か滝川のどちらかにリアルで不満を持った奴が、仕向けたと思う」
「リアル? それって、犯人がこの教室にいるかもしれないってこと?」
春奈は教室を見回した。
「まあ、その可能性は高いな。
一つ聞きたいんだが、月島は先生に呼び出されたって言ったよな。
なんの用だったんだ?」
「ポスターの貼り替え。
応募期限が過ぎた絵画コンクールを新しい奴に貼り替えて回った。
怜ひとりじゃ大変だから、一緒に手伝ってやってくれって。
そうだよね?」
「そうね」
春奈が同意を求めると、鳴海は小さく頷いた。
「もしかして八神くん、……私のこと疑ってる?
私がPKを仕向けたって。
PKが来るって分かってたから、先にログアウトして逃げた」
「俺たちがあの森に入ったことを知ってる人間は少ない。
PKと入れ替わるように去った月島は一番怪しいだろう」
悠斗は春奈をまっすぐに見つめた。
「うーん。たしかにそうだね。でも私じゃないよ。
たぶん冒険者組合で私たちが話しているのを、聞いてたんだと思う」
春奈は悠斗を見つめ返して答えた。
「その可能性もある。あと今は月島が犯人じゃないって思ってるよ」
悠斗はPKであるナルメアが、春奈の本アカだと疑っていた。
悠斗が
しかし、春奈はポスターの貼り替えをしていたので、その仮説は否定された。
鳴海という証人もいるので、間違いない。
それと春奈がわざわざPKを雇って、遠まわしに悠斗の実力を探るとは考えにくい。
自分で直接、確かめた方が早いし確実だ。
「そっか、良かった」
自分への疑いが晴れた春奈は、笑みを浮かべた。
そこへ今まで会話に入らず聞き役に徹していた鳴海が口を開く。
「PKってかなり強いですよね。そんな人をどうやって倒したんですか?」
「そうそう。PKやるぐらいだからレベルも高いだろうし、ヘタしたら100以上あったんじゃない?
私たちじゃ手も足もでないと思う。どんな手品を使ったの?」
春奈がにやにや顔で、鳴海の質問に乗ってきた。
春奈はトウヤがサブアカだと気づいている。
おそらく悠斗が本アカに変わったと思っているのだろう。
「あれ? 俺、PKを倒したって言ってないよね? 襲われたとは言ったけど。
滝川が殺されて、その隙にシトリーと逃げたんだよ」
トウヤはレベル11。まだまだ初心者だ。
PKをやるぐらいの上級者を倒せるはずがない。
悠斗は話の整合性を保つために、倒したとは一言も発していなかった。
それなのになぜ、鳴海は倒したと断言するようなことを言ったのか、悠斗は不思議に思った。
「あ、たしかに倒したって言ってないね。
怜はどうして倒したって、思ったの?」
「それは……」
春奈と悠斗に見つめられ、鳴海の目が泳いだ。
いつも
その時、首のデバイスから窓の外にいる何かの音を拾った。
巨大な何かが、翼をはためかせているような風の音だ。
悠斗が窓の外に視線を向けると、そこにはフランメリーとその背に乗ったシトリーがこっちを見て、手を振っていた。
手を振るジェスチャーをすることで、一時的に物体を透過できるように設定してある。
ふたりは窓をスルっと抜けて、教室に飛び込んできた。
「どうしたの八神くん?」
MR世界を見ていない春奈が、悠斗の異変に小首をかしげる。
一方の鳴海はMR世界を見ていたのか、突如表れたグリフォンと謎の少女に驚いていた。
「ああ、今シトリーがここに来たんだよ。第1世界にログインしてみて」
悠斗に言われて、春奈はVAMの第1世界ミラージュの視界を確保した。
「ああ! シトリーちゃんだ! ねえ、私のこと分かる?」
歓喜の声を上げて、春奈はシトリーの前に飛び出した。
フランメリーが春奈を警戒するが、それをシトリーがなだめる。
「もちろん分かります。ハルナさん、ですよね?」
「そう! 大正解! でも、どうしてシトリーちゃんがここにいるの?
たしか第1世界にNPCはこれないはずじゃ……」
「はい。だから、トウヤさんに連れてきてもらったんです」
「そうなんだ。また合えて嬉しい。
昨日は話し合いの最中に突然、帰ってごめんね」
「いえ、大丈夫です。気にして……」
シトリーの笑顔が
殺されたゴブリンたちのことを思い出したのだろう。
「あの後、色々と大変だったみたいだね」
春奈はシトリーに同調するように声のトーンを落とした。
暗い雰囲気になりかけたところで、悠斗が割って入る。
「とりあえず、ふたりは小さくなろうか」
シトリーたちは悠斗を上空から追いかけて、学校までやって来たのでサイズは通常のままだ。
人間サイズで設計された教室で、グリフォンは窮屈そうにしている。
シトリーとフランメリーは手乗りサイズになると、悠斗の机の上に飛び乗った。
「ここがトウヤさんの通う学校なんですね」
小さくなったシトリーが物珍しそうに教室内を見渡した。
「そうだよ。始めて出会ったあの草原。
あの時、俺はこの場所でトウヤを操作してたんだ」
「たしかあの時は、エーアールでトウヤさんの背中に箱がありましたね」
「カメラマーカーのことだな」
「あの時は、まさか自分が第1世界に来るなんて思ってませんでした」
「まあ、色々なことがあったからね」
悠斗とシトリーは昨日を思い出して、
そんな二人に春奈が笑いながらツッコミを入れる。
「ちょっとー、二人きりの世界に入らないでよ。私と怜もいるんだからね」
「ああ、ごめん。まだ紹介してなかったね。
シトリーとフランメリー。ふたりともVAMのNPCだ」
悠斗がシトリーたちを紹介すると、春奈と鳴海は名前を名乗った。
鳴海はシトリーが気になるのか、名前を小さく
そこに息を切らした滝川が教室に走りこんできて、そのまま倒れるように自分の席に座った。
悠斗たちは呆然として、その様子を見ていた。
少しだけ息が戻った滝川に、悠斗が代表として声をかける。
「おはよう、滝川。そんなに息を切らして、どうしたんだ?」
「ああ、ちょっと寝坊したから、走ってきたんだよ」
「滝川が寝坊するのは珍しいね」
「昨日、遅くまでVAMをやりすぎた」
「もしかして、PKにやられたのが悔しかったから、レベル上げでもしてた?」
「……別に、そんなじゃねーよ。……って、うわ!? なんでシトリーとフランメリーがちっさくなっているんだよ」
滝川はようやく机の上のふたりに気がついた。
「ええーと……」
「ピィ」
「ああ、シンキさん。良かった生きていたんですね。
さすがプレイヤーです」
シトリーはフランメリーに耳打ちされて、ようやく滝川がシンキだったことに気付いた。
「昨日は無様に殺されちまったが。次は返り討ちにしてやるぜ。
って、そっちこそ無事に逃げられて良かった。
ふたりは殺されたら、おしまいだからな」
「シンキの死は無駄じゃなかった。その隙に逃げられた、ありがとう」
「そう言ってもらえると、頑張って戦って良かったって思える。
死んだシンキも、報われる」
滝川が悠斗を見つめて、瞳をうるうるさせていた。
ナルメアと戦うとき、シンキは恐怖で震えていた。
その恐怖に打ち勝ち、負けると分かって戦いに挑んだその心意気は賞賛に値する。
そこに春奈が入ってくる。
「滝川くん、ありがとう。シトリーちゃんたちを守ってくれて。
私は先に帰っちゃって見てないけど、きっとカッコ良かったんだろうな」
「え? ああ、まあな。当たり前のことをしただけださ」
春奈に褒められて、滝川は嬉しそうにしていた。
そんな様子を鳴海は、冷たい視線で見ていた。
その視線に気付いているのは、悠斗以外にいなかった。
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