031 ハードアバター -Hard Avatar-



 瑠花と璃乃が部屋を出て少しすると、扉がノックされた。


「悠斗、入るよ」


 悠斗の返事を待たずに扉は開かれ、一人の女性が部屋に入ってきた。

 年齢は20歳前後、すらりと伸びた手足、モデルのように完璧な体型。

 顔はもちろん超絶美人。並みの男なら一目ぼれ間違いなしの美形。

 左手首には白色のリングがはめらている。

 そのリングには三角形が描かれており、青く光っていた。


「なんだ、VRでおでかけしてるのか」


 女性はベットで横になる悠斗を見て呟いた。

 ミニチュアの家で、のんびりしていたトウヤは来訪者に気付いて、慌てて外に飛び出した。


「母さん、何か用?」

「あんたこそ、ちっさくなって何してるのよ?」

「VAMの知り合いが、遊びに来てるんだよ」

「ああ、それで騒がしかったんだね」


 悠斗の母はぽんっと手を打って納得する。

 そこへシトリーとフランメリーが家から出て、姿を現した。


「はじめまして、私はシトリーと言います。こちらはフランメリーです」


「おお、こりゃ礼儀正しいね。私は悠斗の母、あおいです。

 息子と仲良くしてくれて、ありがとね」


「いえ、トウ……ユウトさんには、お世話になりっぱなしで……。

 こちらこそ仲良くしていただいています」


「そう、それは良かった。悠斗は可愛い女の子にだけは優しいからね」

「母さん、余計なことは言わなくていいから」


 悠斗はすかさず言葉を挟む。


「はいはい、分かりました。それでシトリーちゃんはどこに住んでるの?

 東京? それとも北海道? もし近いようなら実体でも遊びにおいで。

 実体が男でも歓迎するよ。その場合、妹たちと仲良くしてね。

 あの子たち、兄が好きすぎて困ってるのよ。

 少しは他の男になれさせないと」


「シトリーはVAMの住人。NPC。実体はないよ」


「あら、そうなの? なら男の可能性はないか。

 今日は、その小さい家にお泊りしていくの?」


「そうだよ。

 もしかしたら今日だけじゃなくて、しばらくいるかもしれない」


「そう。別にずっといても、構わないよ。

 この家はMRとの親和性が高いから、仮想体でも過ごしやすいだろうし」


「ありがとうござます。お母様」


 シトリーは、葵に頭を下げた。


「本当に礼儀正しいのね。

 シトリーちゃんが近くにいれば、娘たちも少しは礼儀作法を身につけられるかもしれない。良いお手本になるわ。

 ……それにしてもシトリー、ちゃんか」


 葵は何かを思案する。

 悠斗はその様子をいぶかしむ。


「どうしたの?」


「うーん、シトリーって名前をどこかで聞いた気がしてね。

 VAMの中で、どこかの世界の王様もたしかシトリーって名前だった気がする。

 どこだったかな?」


 葵の発言にシトリーは身を強張こわばらせていた。

 そんなシトリーを横目に悠斗は言葉を挟む。


「別に珍しい名前じゃないし、偶然同じってこともあるでしょ」


「そうね。シトリーちゃんが礼儀正しいから、気品とか威厳みたいなものを感じて、ついそんなことを思っちゃった。

 関係ない話をしてごめんなさい。

 それで私、今から工場に行くから。ラインの調子が悪いみたいなの」


「そう、気をつけてね」


 悠斗の言葉に頷くと、葵はいそいそと部屋を後にした。


「トウヤさんのお母様は、とても若々わかわかしいですね」

「外見設定が20歳だからね。あれは母さんじゃないよ」

「え? そうなのですか?」


 トウヤの発言に驚くシトリー。


「中身は本物だけど、外側は機械。ハードHardアバターAvatar

 人間そっくりな機械に、意識だけが乗り移っていたんだよ。

 手首に白いリングをはめてたでしょ?

 あれはハードアバター専用のアクセサリー、アバタータグ。

 実在の生物とそっくりなハードアバターはあれを見える位置に装着する決まり。

 腕輪だったり、イヤリングだったり色々と種類がある。

 共通しているのは白地に三角が描かれていること。

 三角形には『友情、信頼、希望』の意味が込められている」


 トウヤの説明に、シトリーは黙って耳を傾ける。


「その三角形の色で、中身を区別するようになってる。

 青は人間が直接操作。

 緑は人間の意識コピー。

 黄色はAI。

 赤はエラー。

 黒は停止中」


「葵さんのリングは確か、青く光ってました」


「そう、だから今の俺と同じように本体は別にいて、遠隔操作してたんだ。

 ちなみに俺みたいな仮想体のことをソフトSoftアバターAvatarって呼ぶこともある」


「なるほど」


「母さんは、ハードアバターの設計の仕事をしてて。

 その工場で今、トラブルが起こったから、出かけるよって知らせに来たんだね」


「大変な、お仕事なんですね」


 しみじみとシトリーは言った。


「そうだね。でも、本人は楽しそうにしてるよ。

 小さい頃から、ぬいぐるみとか人形を作るのが好きだったみたいで、その延長で今の仕事についたようだし」


「トウヤさんも将来は、そういった仕事に就こうと思っているんですか?」

「俺はハードじゃなくて、ソフトの方かな。体じゃなくて、心」

「それはどういうことですか?」


 シトリーの質問に少しだけ逡巡しゅんじゅんしたのち、トウヤは説明する。


「シトリー。今の君を君たらしめているものだよ。

 君の思考は人工知能によるものだ。

 自然発生したものではなく。俺たち人間いわゆるプレイヤー。

 君たちにとっては、神のような存在が人工的に作り出したAI。

 アーティフィシャルArtificialインテリIntelliジェンスgence

 その上に経験が加わって、今の君の思考が出来上がっている」


「…………」


「100年前、創世戦争そうせいせんそうがあったね。

 俺にとっては、約一年前の出来事だけど。

 魔王がプレイヤーに殺されて、終わった戦争だ。

 あの戦争の目的は、汎用人工知能AGIの完成にあった。

 魔王に組み込まれた汎用人工知能はんようじんこうちのうの最終チェックのために、用意された箱庭。

 あの戦争は、5年間続けさせる予定だった。

 でもイレギュラーが発生して、1年未満で終結した。

 本来なら世界をリセットして、もう一度再開するはずだった。

 だけど思いのほか汎用人工知能の出来が良かったので、次の段階に進んだ。

 完成した汎用人工知能をすべてのNPCに組み込み、99の世界を再構築。

 それが今の『ヴァルキュリー・アルカディア・ミラージュ』の世界なんだ」


「…………」


「ある意味、VAMのすべての生物は、魔王の子供たちと言えるかもしれないね。

 心を作る根本の部分は同じ」


「……魔王の子供たち」

「ごめん。気に触ったかな?」


 トウヤはシトリーの表情を伺う。

 そんなシトリーは、嬉しそうな表情を浮かべることを必死に我慢している様子だ。


「いや、そんなことは……。だけど、どうしてトウヤさんはそのことを知っているんですか?」


「魔王の汎用人工知能を作ったのが、俺の父さんなんだ。

 八神誠一やがみせいいち、AI研究の第一人者。

 だから、少しだけ内部事情を知ってたってわけ」


「……八神誠一」


 シトリーはかみ締めるように、その名を呟いた。


「今、お父様は、ここに?」

「いや、ここにはいない。東京にいるから」


「そうですか。……実は、トウヤさんに黙っていたことがあるんです。

 あの実は私――」


 シトリーは何かを決意したように、その瞳をトウヤに向けた。

 しかし、部屋に飛び込んできた璃乃によって、最後まで言うことは出来なかった。


「――ゆにちゃん。お風呂空いたよー! あと101まで数えたよ」


 濡れた髪から、雫が舞って机に小さな水溜りを作った。


「璃乃、髪がびしょびしょじゃないか。ちゃんと乾かしてこい。

 風邪を引くから」


 覗き込む大きな璃乃の顔に、トウヤは言葉を投げた。

 廊下からは瑠花が、璃乃を呼ぶ声が小さく聞こえてくる。


「璃乃ー! 髪乾かすから、こっちきてー」

「はーい!」


 璃乃は、大きな返事をすると、ドタバダと部屋を出て行った。


「それじゃあ、俺はお風呂に行くよ。シトリーたちはゆっくりしてて。

 なんならお風呂に入ってもいいからね」


「……わかりました」


 シトリーが頷くのを確認すると、トウヤは本体に戻り部屋を出て行った。

 その背中を見送った後、シトリーはフランメリーを抱きしめるように身を預けた。


「さっきの話、フランメリーも聞いていましたよね」

「ピィ」


「私たちの中には、先代魔王様と同じ心の核が入ってる。

 ああ、なんて素敵なんでしょう。

 あなたもそう思うでしょう?」


「ピィ?」


「え? あなたには分からないんですか。

 ああ、今も胸の高鳴りが収まりません。

 そして先代魔王様をおつくりになったのが、八神誠一様。

 その息子がトウヤさん。

 私たちの出会いはまさに運命、そうは思いませんか?」


「ピィピィ」


「……はあ。あなたは本当にハンバーガーが好きですね。

 私も興奮したら、無性にお肉が食べたくなりました。

 何かおいしい人肉料理がないか探してみましょう」


 シトリーとフランメリーはミニチュアの家に戻っていった。



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