030 ゲーム終了



「あっ……」


 瑠花の口から間の抜けた声が漏れた。

 トウヤとの戦いが長引いて、ほとんどエリア塗りをやっていない。

 エリア塗りはシトリーとフランメリーに、すっかり任せっきりになっていた。


「ごめんね、シトリーさん。私、あんまり塗りをやれなかった」


「気にしないでください。私たちがその分たくさん塗りましたから。

 そうですよね、フランメリー」


「ピィ!」


 シトリーの隣でフランメリーが鳴いて、自分たちは頑張ったよとアピールした。


「そう、ありがとう。ふたりとも。……だけど」


 瑠花は部屋全体を見渡す。

 ピンクとライムグリーンのまだらに塗られた部屋。

 比率はライムグリーンの方が多いように見える。

 瑠花チームはピンク。トウヤチームはライムグリーン。


 そこに白猫に乗ったトウヤと璃乃が姿を現した。

 ゲームが終了をしたので、もう武器は持っていない。


「なんで、こっちに来るのよ」


 瑠花は嫌そうな顔をして、あっちにいけと手を振る。

 勝負は目に見えて負けだと分かる。

 トウヤに自分の悔しがる顔を見られるのが嫌なのだ。


「そう邪険じゃけんにするなよ。ゲームは終わったんだから仲良くやろう」


 なだめるトウヤに、瑠花はふんっと顔を背けた。

 その横を璃乃は駆け足でフランメリーに近寄り、体を撫で始める。

 トウヤは肩をすくめて、シトリーに近づく。


「シトリー。ゲームはどうだった?」


「部屋を汚すのが最初は心苦しかったんですが、だんだんと楽しくなっていきました。

 なんだかみ付きになりそうです」


「そう、楽しめたならよかった」


 シトリーとトウヤの楽しげな会話を瑠花は、横目でチラチラと見ている。

 本当は会話に混ざりたいが、きっかけがなく手持ても無沙汰ぶさたにしていた。

 そんな様子をシトリーは察して、瑠花が会話に入れそうな話題に変える。


「銃の使い方が良く分からなかったんですが、瑠花さんが丁寧に教えてくれました」

「そっか。シトリーに優しくしてくれてありがとな、瑠花」

「べ、別に、同じチームなんだから、そんなの当然でしょ?」


 瑠花にとって、兄に御礼を言われることは、とても嬉しい。

 しかし素直に嬉しさを顔に出すのは照れくさくて、平静をよそおった。


「当然と思って、優しくできるのが瑠花の良い所だよな」

「なによ急に。敗者への慰めってこと? そういうのやめてよ」


 トウヤの言葉が勝者の余裕からくるものに感じて、瑠花は急に反感を覚えた。


「敗者? ああ、もしかして瑠花は、自分たちが負けたと思ってるのか?」

「どう見てもピンクチームの負けでしょ」

「いや、ピンクチーム、瑠花たちの勝ちだ。シトリーもそう思うだろ?」


 トウヤの問いにシトリーは、はいと答える。

 二人そろってピンクチームの勝ちだと思っている。

 瑠花は自分の見間違いかと思い直し、部屋を見渡す。

 壁と床を合わせても、ライムグリーンの方が優勢だ。


「どういうこと?」

「瑠花さん、上を見てください」

「え? 上? あっ!」


 瑠花はシトリーにうながされて天井を見上げた。

 そこでようやく気付く。

 床と壁はライムグリーンの方が優勢。

 しかし天井はピンク一色。

 部屋全体で見れば、ピンクチームの割合の方が多かった。


「璃乃たちは地上でただ暴れてたが、シトリーたちはきっちり天井を塗りつぶした。

 それが勝負の決め手だ」


「ねぇゆにちゃん。私、シトちゃんたちを狙わないって決めたんだよ」


 グリフォンを撫でていた璃乃が手を止めて、トウヤに近づく。

 そして、偉いでしょ褒めて、という視線を向けた。


「そうか、初心者のシトリーを狙わないって決めてたのか。

 璃乃は優しいんだな」


 そう言ってトウヤは璃乃の頭を撫でた。

 璃乃は、えへへと嬉しそうに笑った。

 そこで、ようやく集計が完了しドラムロールが鳴り響いた。

 派手な演出後『ピンクチーム・WIN』と表示された。


「やりましたね、瑠花さん」


 シトリーが瑠花に笑顔を向けた。

 その後ろではフランメリーが翼を広げて喜びを表現している。

 だが、瑠花は勝利したのにもかかわらず浮かない顔だ。


「う、うん。でも勝てたのはシトリーさんたちのおかげね。私は何もしてない」


「いえ、そんなことはありません。トウヤさんを足止めしてくれました。

 トウヤさんを自由にしていたら、きっと勝てませんでした。

 それは瑠花さんにしか出来ないことだと思います。

 私だったら絶対無理です」


 きっぱりと言い切るシトリーに瑠花は少し驚く。

 瑠花はAIに心が無いと思っている。

 そして目の前のシトリーはNPCであり、中身はAI。

 それなのに自分を励ますような優しい言葉をくれる。

 まるで人間ように……。


 悠斗はVAMのNPCたちには心があると言った。

 シトリーと会話をしていると、それが本当のように感じる。

 今までVAMは第1世界のMR世界ぐらいしか使ってなかったけど今度、冒険してみようかなと、瑠花は思い始めていた。


「そうだよね。シトリーさんたちが塗って、私がトウヤを足止めした。

 きっちり役割を果たせたから、勝てた」


「はい、私たちさんにんの、みんなの勝利です」

「ピィ!」


 フランメリーの鳴き声に合わせて、ようやく瑠花は笑顔を見せた。

 そんな、さんにんの様子をトウヤは優しい顔で静かに見ていた。


「よし、ゲームは瑠花の勝ち。

 だから璃乃は俺じゃなくて、瑠花と風呂に入るんだぞ」


「えー、ゆにちゃんと入りたいー!」

「璃乃、約束したよな? 璃乃は約束を破る悪い子なのか?」

「……ううん、違う。私は悪い子じゃない」

「だったら、約束は守らないとな」

「うん、分かった。るねちゃんと入る」

「よし、璃乃は約束を守れる良い子だな」


 トウヤと璃乃の会話を見守っていた瑠花が会話を引き継ぐ。


「それじゃ璃乃。さっさと起きてお風呂、行くわよ」

「うん」

「シトリーさん。ありがとう、それじゃまた」

「はい、また一緒に遊びましょう、瑠花さん」


 シトリーの言葉に頷くと、瑠花と璃乃の仮想体は消えた。

 ベットで寝ていた璃乃の本体が、目覚める。

 そして悠斗の体を転がるように乗り越えて、ベットから立ち上がった。

 璃乃はベットの上の小さなトウヤたちを覗き込むように身をかがめる。


「それじゃあ、私お風呂に行くね」

「ああ、ちゃんと肩まで浸かって、100をかぞえるんだぞ」

「100じゃなくて、101まで数える」

「そっか。璃乃は偉いな」

「えへへ、そうでしょ。それじゃシトちゃん、フラちゃん。ばいばい」


 そう言うと璃乃はパタパタと早足で部屋を出て行った。


「ファムも、これで失礼しますニャン」


 二本のしっぽを揺らしながら白猫はベットからぴょんと飛びおりて、そのまま扉を透過して出て行った。

 部屋に残されたのはトウヤ、シトリー、フランメリーの三名。

 人数がいきなり半分に減り、部屋は静けさを取り戻した。


「可愛らしい、妹さんたちですね」

「騒がしい奴らだけど、仲良くしてやってくれ」

「もちろんです」

「ありがとう。それじゃ家に戻ろうか」


 トウヤの言葉にシトリーが頷く。

 そして二人はグリフォンの背に乗って机の上の家に戻っていった。




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